加賀に手を出す鬼島

 
加賀 陵司(かが りょうじ)
鬼島(きしま)


加賀の相手は右京じゃないとダメ
鬼島の相手はナツじゃないとダメ
攻め同士が絡むなんてぬるくてもダメ

上記の思想の方はどうぞお戻りを。





 意外な人物が意外な場所で話しかけてきた。隣に座られたのでわざとひとつ横にずれる。すると相手も一つずれてきて、あまつさえ「陵司くんの体温だ。あったかいねえ」などと言う。大声を出さなかったことを誰かに褒めてもらいたかった。


「……つけてきたんですか、鬼島さん」
「あらやだそんなわけないじゃない。そこまで暇じゃないよ。たまたまです。た、ま、た、ま」


 口元を微笑みの形にし、けれど前髪と眼鏡のレンズの向こうにある目はちっとも笑っていない。いつでも冷ややかで感情をほとんど映し出さない、恐ろしい目。言っていることが真実なのかそうでないのかも、その表情からはわからなかった。

 今いる店は、見た目も狭い店内も古びた居酒屋という様子でカウンター席のみ。正面の棚には所狭しとボトルが並べられており、その前にいつもいるむっつりとした親父が案外さまざまな酒を作ってくれる。いつでも人が少ないので落ち着いて飲めるが、まさか鬼島さんも来ているとは。


「ナツくんはいいんですか」
「今日は満和くんのとこにお泊りだよ。仔猫ちゃんは?」
「お友だちのところに泊りです」
「じゃあ、ゆっくりできるね」


 意味ありげに言って、さりげなく腰へ腕を回してきた。それを叩き落とすと今度は肩へ。しつこさが鬼島さんらしいなとため息をついて、させたいようにさせておく。酒の味が変わるわけでもない。身体を押し付けられると体温を感じていらっとするくらいで、実害があるわけでもない。
 横並びのまま無言で酒を味わうこと一刻。


「陵司くんの指はきれいだね」


 グラスに沿わせていた指に重なる、自分のものより無骨な手。すらりと指を撫でられ背筋がぶわりと寒くなる。顔が近くて横を向けない。


「……鬼島さん、なんか変じゃないですか」
「別に変じゃないけど。ただ関係を深めたいと思ってるだけで」
「深めたいって……」
「想像通りの意味だよ」


 耳元で、低い低い声が鳴る。前回旅館でもこんな状況になったような気がする。


「鬼島さんは、誰でもいいんですか」
「かわいいと思う子には手を出したくなるだけ」
「こんなおっさんがかわいいんですか。変わってますね」
「よく言われるー」


 のらりくらりとしたことば。その間も片手は手を、片手は尻のあたりを撫で回す。


「前回は確か、謎でいっぱいで気になるとか言われたような気がします」
「それも変わんないよ? あのときはキスが嫌って言ってたけど、今も嫌?」
「当たり前です」
「別に頭からぼりぼり食うわけじゃないんだし」
「頭からぼりぼりいかれたほうが遥かにいいんですけど」
「嫌われてるなあ、俺」


 今、嫌われてるなら何したっていいような気がしちゃうよね。
 そんな不穏なつぶやきが聞こえ、すぐに手首を掴まれる。角度、力の入れ方、指の入り方。どれをとってももっともダメージを与えてくるような。思わず唸り、そちらへ顔を向けてしまった。完全なミス。
 異なる酒の味が口にねじ込まれた。自分からは全く飲まないような、度数の強いウォッカの甘く辛い味。匂いだけでも酔いそうだ。遠慮なく潜り込まされた舌、手が、尻を揉んできた。


「……っ、鬼島さん」
「あーいいねえ、陵司くんのその目、大好き」


 尻をさわさわしていた手が俺のネクタイを緩める。全く隙のない動き。人のネクタイを解いて襟を勝手にくつろげ、そこにある噛み痕、吸い痕を指先で辿る。


「噛まれるのが好きなんだよね」
「別に好きじゃないですよ。右京がするからいいってだけで」
「ふうん。じゃあ俺が噛んだら怒るんだ」
「怒る」
「本気を感じた」


 ふふと笑った鬼島さん。俺の手を取り、指先に唇をつける。


「陵司くんは面白いなぁ。ナツくんの前に出会ってたら絶対好きになってたと思うよ」
「誰にでも言ってそうですね」
「そう思う?」
「はい」


 何が面白いのかさっぱりわからないけれど、鬼島さんは始終笑っていた。
 お酒を飲むどころではなくなってしまったので、ネクタイを直して店を出る。裏手の駐車場に停めた車に近づいたところで、後ろから思い切り身体を押されて車体に押し付けられた。


「……気配くらい出してもらえませんか」
「そしたら避けられちゃうじゃない」


 ついてきていたらしい鬼島さん。気付かなかったことに、今更驚いたりしない。


「言ったでしょ、陵司くんと関係を深めたいって。お店の中じゃあんまりいろいろできないからね。でもここなら割と」


 真っ暗な駐車場で、後ろ手に掴まれている左腕が外されそうで落ち着かない。先ほどと同じく空いている手が、今度は肩や腰を触るだけでなくジャケットの中に滑り込む。


「温泉でも思ったけど、陵司くんけっこうえっちな身体してるよね」
「は?」


 手が、胸のあたりを揉む。胸筋を柔らかく揉みしだかれ、非常に不愉快な気持ちになる。さらにはえっちな身体と。そんなこと言われたのは初めてだ。


「胸も揉みがいあるし、お尻も柔らかくて気持ちいいし、いい匂いだし、腰はもちもちだし肌はなんだろう、するっとしてて手になじむ」
「それだけでえっちな身体してるって言われても。そして胸を揉むのはやめてもらえませんかね」
「ぐへへ、そんなこと言って本当は好きなんだろ」
「右京にされるんだったらいいですけど」


 人の胸を揉み尻を揉み、腕が解放された。車に乗ってドアを閉めようとした手を掴まれ、何かと思えば、跪いて指先に再び唇をつけた。前髪の隙間から上目遣いに見上げてくる目。ナツくんだったら赤面するところなんだろう、たぶん。俺は冷ややかな眼差しを注いであげることしかできないけれど。


「その気になったら、いつでも連絡してね。ナツくんと仔猫ちゃんには内緒で」
「かわいげのない大人には何の興味もないです」


 手を振りほどき、肩をすくめて立ち上がった鬼島さんの目の前でドアを閉める。
 ハンドルを見つめ、溜息。いったい何が面白いのだろう。まったくわからない。そして鬼島さんの、深い深い黒のあの目が、なんだか怖かった。

 顔を上げるとすでにそこにいなくて、メモが挟んであった。飲酒運転禁止、と、意外ときれいな字で書いてある。確かに。しばらくそこにいて、店へ戻って店主に車を置いていく旨を伝えた。

 通りまで歩いて行ってタクシーを拾おうとして――目の前に停まった、真っ赤な車。後部座席のウインドウが開く。


「えっちな身体のお兄さん、乗っていかない?」


 実に、しつこい。

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