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 有澤と満和が七尾と名沖と別れたころ、先に赤ちゃんライオンとの触れ合い場所を出た佐々木とシノは、象のところにやってきた。大きな身体でのしのし歩き回る、灰色の巨体。鼻がみょんみょんとしていて、シノは口を開けて見上げていた。


「シノちゃん、口開いてる」
「おっきいんだもん」
「初めて?」
「ぞうさん、初めて見た。目がくりくりでかわいい。ゆっくりだし」
「象によって年間五百人以上が亡くなってるんだってね。踏み潰されたり襲われたり」
「……おそうの? 人を?」
「野生の象は怖いよ」
「……」
「シノちゃん、もういいの?」
「うん……次いこ……」


 シノに手を引かれ、佐々木も歩き出す。あちこち親子連れが多く、自分達もそう見えているのかもしれないな、と佐々木はぼんやり思っていた。ところが佐々木の外見は年齢不詳、むやみやたらに整った顔つきと雰囲気。白いタンクトップに灰色の薄手の羽織りもの、黒いシャープなパンツにサンダルを履いている。シノのほうは白いレースのホルターネックのキャミソールに灰色のミニワンピース、足元は白いサンダル。佐々木と同じ色合いでそろえている。それからつばの広い白い帽子をかぶっていた。


「おじちゃん、見て」
「んー?」
「おさるさんの赤ちゃんがいる」


 通りがかった猿山。親のお腹の毛をがっちり掴んで移動している小柄な猿がたくさんいた。


「小さいね」
「そうだねーかわいいっ」
「シノちゃんも抱っこしてあげようか」
「シノ、おじちゃんの子どもじゃないもん」


 ぷくぷく頬を膨らませるシノの頭を帽子の上から撫で、そうだね、と微笑んだ佐々木は身をかがめてシノの耳元で囁く。


「どっちかっていうと、俺の子を孕む側だもんね?」


 一瞬目をぱちくりさせたシノ。しかしその意味を理解して、丸い頬を真っ赤に染め上げた。


「おじちゃん!」
「違う?」


 飄々とした様子の佐々木は笑い、どんな子がいいかな、などと嘯く。シノは何か言いたそうにしていたが、結局唇を尖らせて何も言わずに猿山を見る。たまに親猿から離れてちょこちょこ歩き回る子猿を目で追い、その愛らしさにやがて唇が元に戻った。


「猿だな、直」
「猿だね」
「わらわらいるぞ」
「そうだね」


 赤っぽい茶色の髪をツーブロックにし、オレンジのオールインワンを身に着けた高校生くらいの男の子が、あまりいいとは言えない目で猿山を下から上へと眺める。ポケットに手を入れやや猫背、人間相手だったら睨みつけていると言われて怯えられるだろう様子。


「見分けがつかねーな」
「そうかな、結構個性的だと思うけど」


 男の子の言葉を穏やかに聞いているのは、灰色の髪の背の高い男性。柔らかな微笑を浮かべ、さりげなく高級ブランドの服を身につけている。細身だが痩せているというよりも、筋肉がついてほどよい体型のように思えた。魅力的な顔つきと声に、佐々木は思わずその男性を見ていたが、やがて何かを思い出したようにシノの手を引いてさりげなくそこから離れる。
 きょとんとシノが見上げると、佐々木は「あのおじさんは危ないから」と言葉少なに言うだけで、ほかに何も言わなかった。

 男性は佐々木たちが行った方向に目をやり、穏やかな表情は崩さないまま、目をほんの少し険しくした。


「直? 猿嫌いか」
「ううん。ただちょっと気になる人がいて」


 鈴彦は、ふん、と気に入らなさそうな顔をして猿山の前からすいっと離れる。緩いシルエットのオールインワンを着ていながら、見えている首や腰や足首の細さはなんとも魅力的だ。彼が怒ったのを感じて、慌ててその背中を追いかけた。


「鈴彦くん、怒ってる?」
「別に。誰見ようと関係ねーし」
「鈴彦くん、違うよ。魅力的な人がいたわけじゃなくて」
「ふん」


 直は肩をすくめ、横に並んで手を握る。見上げてきた、不満そうな顔の鈴彦に微笑みかけ、歩調を合わせた。


「仕事関係でね、顔を見たことがあった人がいただけ」
「……ふーん」
「鈴彦くん以上に魅力的な人なんかいないよ」
「あっそ」


 ぷいと横を向いてしまった鈴彦だったが、耳が赤くなっていたので、こっそり笑った。



 たっぷりとライオンの赤ちゃんを堪能したナツと右京は、鬼島と加賀と四人で屋内に入ってシロクマを見ていた。真ん中に設えられた氷柱にぴったりくっつく大小さまざまな熊。其の中には子どももいて、愛らしさにまたナツと右京は釘付けである。


「ふわふわ」
「かわいい」


 鬼島と加賀は、かわいいかわいいと言っているナツと右京をほほえましく眺めている。二人にとっては、ナツと右京のほうがよほどかわいく見える。


「鬼島さん、シロクマかわいいです」
「そうだね。かわいいね」
「おじさん」
「かわいいかわいい」


 それから一通り見て回り、夕方になって有澤や佐々木へ連絡、園内の一番高い場所にある動物園を見渡せるレストランで食事をした。未成年組は動物のプレートを注文し、鬼島と佐々木はサラダを頼み、酒を注文。有澤と加賀はきちんと食べるものを食べ、しばし休憩。


「あ、これ、買ってきた」


 満和がかばんから取り出したのは、シロクマのぬいぐるみキーホルダー。シノにはピンクのりぼんがついているやつ、右京には眼鏡をかけているやつ、ナツには魚をくわえているやつ。自分には、医者の格好をしているやつを買った。


「ありがとうー。かわいいね」
「大切にするね。ありがと」
「柔らかいーありがとー満和さん」


 照れたような顔をする満和が愛らしくて、思わず笑顔になる。
 そんな未成年組を見て、成年組もいつになくほのぼの。


「ほら、むー、好き嫌いすんな。ちゃんと野菜食え」
「……おいしくないもん」
「だーめーだ。おっきくなれないぞ。うまいって」
「やだやだ」
「食わせてやるから食べろ」
「とうじが食べさせてくれるの? じゃあ食べる」


 銀のフォークに刺して差し出されたブロッコリーをぱくんと口に入れる、可愛らしい少年。それを向かいの有澤越しに見ていた佐々木は、あの子でひと稼ぎできそうだなどと余計なことを考えたりもした。


「今いやらしい目で俺の後ろ見てたろ」


 めざとく有澤に気付かれた。否定も肯定もしないでいたら有澤は溜息ひとつ。隣の鬼島は無表情でグラスワインを飲んでいて、その前に座っている加賀は苦笑い。


「帰りは、俺が運転しますね」
「大丈夫ですよ。自分が」
「いえ、させてください」


 最初から運転する気などかけらも無かった鬼島と佐々木はごくごく酒を飲んでいる。有澤は、駄目な奴らめ、と呟いた後、お願いします、と加賀へ頭を下げた。


「楽しかった?」
「うん! とっても楽しかったよ!」


 帰りの車内で、窓の外を見ている佐々木の肩にもたれてシノは熟睡。鬼島はナツの膝へ頭を置いて寝ていて、ナツは座ったまますうすうしている。満和は最後部座席で横になり、右京の膝を枕にすやすや。薬を飲み、よく眠っている。右京もうとうとしている。
 様子を見て、有澤は前を向いた。高速道路を順調に走っている車。


「加賀さん、疲れたら変わりますから」
「大丈夫ですよ。家に着くくらいまでだったら」
「……加賀さんは、あの」
「はい?」
「どんなお仕事に従事しているんでしょうか」
「普通ですよ」
「普通のお仕事をしている人が、国家から監視対象にされている東道会総長に覚えられているのも不思議な話ですね」
「シノちゃんがお話してるんでは?」
「……そう、かもしれませんが」


 夜道を走る車。
 有澤は助手席で首を傾げ、佐々木は後部座席で大きなあくび、加賀はふふっと笑って、安全運転で家を目指した。

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