右京ナツ、襲われる

 

『お友だち(偽)』のナツときどき鬼島
『拾った子の癖は』ウキョウ





 学校帰り、ナツはいつもと違う電車に乗った。あまり乗りなれない路線、違う風景。駅名表示を眺め、メッセージで昨日送られてきた駅名で降りた。

 改札を抜けた途端、がばりと横から抱きしめられた。


「なつ、なつー」
「おおおお、こんにちは、ウキョウくん」
「制服、制服可愛いね。はぁはぁ」


 かしゃーかしゃー
 抱きしめたり少し離れて写真を撮ったり、ウキョウは忙しい。そのシャッター音にぴんときて、形のいい手に収まっているスマホをよく見る。カメラ目線、と興奮するウキョウに、ナツが笑いかける。


「あ、やっぱり。この機種、鬼島さんとお揃いだ。音が一緒」


 鬼島、と聞いた瞬間、ウキョウのかっこいい顔がくしゃりと歪んだ。


「あのおっさん、おっさんのくせに最新機種使ってるんだ」


 ちなみにウキョウが愛してやまない大好きなだいすきなおじさんも同じ機種。苦笑いするナツを横に機種変しようかなと呟く。が、おじさんと同じであることを思い出し、牙を引っ込める。
 気が済んだらしいウキョウを改めて見た。


「ウキョウくん、今日はよろしくね」
「うん。かわいいなつのためだから全力で教える」


 そう、ナツはウキョウから勉強を教わりに来たのである。夏休みの海、旅館で真面目に夏休みの課題などやっていたナツの横から覗き込み、わからない問題をとてもわかりやすく解説してくれた。
 今回の試験は特待生継続がかかった大切なもの。なんとしてもいい成績でなければならない。そこでウキョウに連絡をした、という訳だ。
 有名進学校にて常に上位にいるウキョウ。ナツに頼まれ、自分の試験のときよりはるかに燃えている。見た目はそう見えないが。


「ところで、どこで勉強するの」


 歩き出してからナツが尋ねると、ウキョウはさらりと言った。


「おじさんち」
「ふぁっ!? 自宅!?」
「そうだよ。すぐ近くだから」
「あー、何も持たないで来ちゃった。ごめんね」
「いいよ。なつの身体だけでじゅうぶんだから」


 にっこり。
 かっこよく笑いかけられ、どきどきしてしまうが身体だけ、というのはどう意味だろうか。
 周りは人がたくさんいるのにごく自然に指が絡む。制服姿の男子二人が手を繋いでいるのは妖しげな雰囲気に満ちている。そして、その雰囲気は気付く人を引き寄せてしまうものだ。二人の行く手に、スーツ姿の男が現れた。いたって普通の外見。しかしその視線はナツとウキョウを舐めるように上下する。頭に? を浮かべるナツ、興ざめしたとでも言いたげに舌打ちするウキョウ。


「君たち、今からどこか行くの? 僕がお金あげようか」


 その代わり僕とも遊んでよ。たくさん出すよ。
 視線はナツの健康的な身体に定まった。どうやらこの男の狙いは。


「おっさんみたいなお金なさそうな人、全然興味ないんで余所行ってもらえないですかね」


 ナツを隠すように立ち塞がるウキョウ。目を細め、明らかに苛立った様子を見せる。が、男は笑った。


「気が強いところ、可愛いね。心配しなくても、意外とお金あるから大丈夫だよ」


 しつこそうな相手だ。
 無視するに限る。行こ、と短く声を掛け、歩き出す。しかし男はついてきた。
 家の方向がバレないように、渡らなければならない交差点を無視して全く違う方へ歩く。まだついてくる男。
 いっそ警察にでも行ってやろうか。
 そんな風に考え始めたウキョウ。戸惑うナツは少し離れて歩く男に気味の悪さを感じて怯えている。


「ウキョウくん、あの人変だよ、ずっといる」
「うん。でも平気だから、心配しないで」


 変な奴慣れしているウキョウは、ナツの手をより強く握りしめた。可愛いナツを守ってあげなくては。
 最寄りの交番には、この道が近い。
 そう思って公園に入った。人気のない遊具の間を通っていたら。


「ちょ、離してください! うわ、気持ち悪!」


 男が急にナツに抱きついた。
 勢いで手が離れる。
 はぁはぁしている男は意外と力強く抱きついて来て、制服の尻に硬いものを押し付けてきた。涙目で暴れるナツ。
 もう殴ろう。
 そう思ったウキョウの、横を、何かが飛んで見事に男の顔面を捉えた。痛そうな鈍い音。男は鼻血を流して、しかしナツから離れない。なんという執念。


「あらやだ、まだくっついちゃう? 利子が膨らむよ」


 ウキョウのすぐ後ろで低い声。
 見ると長い前髪、黒縁眼鏡、白い肌、白シャツに黒スーツのいつもの風体で鬼島が立っていた。
 たばこを銜えた口元だけは笑っているが、前髪の間から見える目は男を射殺すのも可能だと思えるほどに強い眼光を放っている。


「鬼島さんの前で、鬼島さんの大切なものに触ると後悔するよ?」


 その圧倒的な存在感。
 一歩、また一歩と近付いてくる。


「可哀想に、泣かせちゃって。利子上乗せ」


 理由のわからない恐怖に恐怖する男の目の前まで来た鬼島。ナツの手を掴んでいる男の手首を片手で握り、遠慮なくたばこの火を甲へ押し付ける。
 熱さに叫んで、ようやく離れた。
 ナツをウキョウのほうへ押しやり、男に向き合った鬼島は笑みを消した。手首を折りそうなほどに力強く握り締める。


「この前あの子にバスの中で痴漢した男。ちょっと触っただけだったけど、口聞けないようにしちゃった。大切なものに触られるのって、ほんと我慢ならないんだよね。あんたはちょっと触りすぎたから……どうしようかな?」


 低い声での囁き。眼鏡の奥の目は嘘をついていない。いや、何も見えない漆黒の眼差し。
 手が離され、男は駆け出した。
 公園を出る。しかしその先には明らかに不自然なワンボックスカー。方向転換してももう遅い。後ろにいた何者かに声も出せぬまま拘束された。


「さらば変態」


 呟き、鬼島は振り返った。
 可愛いナツが涙目。頭を撫でる。


「よしよし、怖かったね。鬼島さんがきっちりシメたからもう大丈夫だよ」


 今からもっとシメるけど。とは言わずに、優しく笑いかけた。へちゃりと、叱られた子犬のような顔でナツは鬼島に抱きつく。


「うう、鬼島さん」
「大丈夫だいじょうぶ」


 背中を擦る鬼島をウキョウは見ていたが、ふとその足元へ視線を落とした。なるほどあのおっさんに投げられたのは未開封の缶か。それにしても昼間から缶ビールとは、全く謎である。
 ナツを抱きしめながら鬼島はウキョウを見た。


「警察に行くんだったらこの公園入るより、一本前の角を曲がったほうが良かったね。人通りも色んな建物もあるから」
「……なんで警察行こうとしたってわかるの。ずっと見てたの?」
「いや、まさか。鬼島さんの休憩スポットにたまたま仔猫ちゃん二匹が血相変えて入ってきて後ろに狼がいて、って、そこからの予想」
「ふーん。まあいいけど」
「きみ、もうちょっと考えな? ひとりであんなおかしい奴に追いかけられてこんなとこ入ったら襲ってくれって言ってるみたいなもんだから。昔は知らないけど、今はきみに何かあればいけめんほわいとの加賀くんが悲しむよ」


 容赦ない言葉は、しかし真実だ。ウキョウは小さく頷いた。
 ナツは鬼島が連れて帰る、と言うので賛成した。


「なつ、今日は帰ったら? 勉強はまたちがうときに教えてあげるから。それまでにぼくもまとめとくし」


 ウキョウの言葉に、ナツが首を縦に振る。しょんぼりしてしまって可哀想なほど。


「ごめんね」
「いいよ。なつ、ゆっくり休んで」
「何見送る気でいるのよ。きみも送るから乗りな」


 後部座席にナツとウキョウ、助手席に鬼島、運転席には、きらきら金髪に派手な柄シャツを着た細身のお兄さん。


「災難でしたね」


 顔だけでなく声もいいお兄さんはそう言って、迷いもせずマンションの前へ車を停めた。道案内一切なし。謎が深まる。


「また連絡するね」


 そう言うナツに頷き、車を降りて見送った。だいすきなナツとふたりでお勉強、たのしいはずだったのに。
 改めてあの男に怒りを感じながら、マンションに入った。


「今日、変な人に会ったんだって?」


 いつものように夜遅く帰ってきたおじさんは開口一番、ウキョウに言った。仕事終わりにタイミングよく鬼島からメールを貰い、交通違反ぎりぎりアウトくらいのスピードで車を飛ばして帰ってきたという。


「大丈夫? 怖かったでしょ」


 心配するおじさんに抱きしめられ、自分よりナツが大変だったのだと話した。するとおじさんはますます心配そうに眉をひそめる。


「逃げちゃったなんて、ちょっと嫌だね。誰かがまた嫌な目に遭わなきゃいいけど」


 優しく撫でてくれるおじさんの腕の中でウキョウは思い出した。
 車を降りたとき、助手席から後部座席に乗り換えるべく自らも降りた鬼島は小さな声でウキョウに言った。


「あの下衆野郎、灰にするから心配しないでいいよ」


 あの目は、本当に灰にしそうな。
 いやまさか、そんなことがあるわけない。そう思いつつウキョウはまた違う心配を、ほんの少し、した。
 でも可愛いなつを泣かした男だからいっか。

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