一夜2

「そこまでよー仔猫ちゃーん」


 すぱーん

 颯爽と現れた鬼島、勢いよく浴室の戸を開け、黒いTシャツ姿で仁王立ち。


「やってると思った」
「ちっ……監視カメラでも仕掛けてるの」
「勘ですぅ。あいにく、ナツくんに関してはどんな精密機器より正確なんだよね」
「気持ち悪い」


 未成年組が全力で遊んでいる間、加賀の出張土産の干物や漬物を開けてつまみにして、全国から有澤や鬼島、佐々木のもとに送られてきた酒を開けてだらだら飲んでいた成年組。どうやらひと段落つけたらしく、今はそこに立っている。


「俺もお風呂入ろうかな。まだまだ入れるね」
「入れますよー! でも、お酒飲んだあとは危ないんじゃ」
「大丈夫。俺はそんなに飲んでないから」


 しこたま飲んだらしい鬼島と有澤は、爽やかに微笑んでいる加賀をじっと見る。佐々木は読めない顔でしゃがんで浴室内を見つめていた。
 ナツは目を瞬かせ、首を傾げて大人たちを見つめる。


「……そんな黒いTシャツ、着てましたっけ……?」


 全員同じに見えるような、黒いTシャツ。確か水風船合戦を終えて座敷に上がったときは各々違う服を着ていたような気がする。すると鬼島が「さすがナツきゅん、鋭いねぇ」と言う。


「引き続き、談が作ったTシャツです。これで突然の雨に濡れても透けズミしない」
「すけずみ?」
「透け刺青」
「ああ……」


 そういえば、と、満和は思い出す。この前ナツと鬼島と有澤と四人で出かけたとき、突然の雨に降られた。偶然の豪雨、そして――


「あー……やっぱり白シャツなんか着てくるもんじゃないねえ」


 七部袖のVネックシャツを着ていた鬼島の背中も腕も、うっすらと。

 去年の夏に海へ行った際、意外と達筆な談の書いたTシャツが初登場した。
 そのときの文字は鬼島が『ナツバカ』佐々木が『若い子が好きすぎる』加賀は『一生噛まれます』右京は『世界で一番王子様』ナツは『KISIMAはTEGOMA』だった。有澤、満和、シノは不在だったので、ない。代わりに談が『いつもいつでも北川蓬莱ファン』というのを背負っていた。


「今年の文字はなんですか」
「鬼島さんは『なつに魂をかける男』」
「……前より強烈になってませんか」
「気持ちが強くなってるからね」


 見つめて、口元に笑みを浮かべた鬼島。すすとお湯の表面に目を逸らすナツ。その隣で満和は有澤を見上げた。


「有澤さんは?」
「えっと」


 背を向ける。広い背中のそこには縦書きで『可愛いあなたに恋してる』と書いてある。満和は、字がとっても上手ですね、と当たり前のような口調で言って、特別なコメントは無かった。自分のことだとはぴんときていないのかもしれない。


「おじちゃんも?」
「『どすけべ街道まっしぐら』談は俺にどんな印象持ってるんだろうね、一体」
「おじちゃんにぴったりだね!」


 シノのコメントに関して言いたいことは山ほどあるが、右京は加賀を見た。


「『噛み痕は愛の証』」
「……あんまり変わらない」
「変化のないふたりってことだね」
「ちょっと嬉しい」


 右京はあまり表情を変えないけれど、喜んでいる。それがわかる加賀は微笑んだ。


「もちろんナツくんたちのもあるからねー。明日着てみてね。生地もグレードアップしてとっても着やすいから」
「ありがとうございます」


 そんなやりとりもありつつ、結局茹で上がってしまいそうだったので、お風呂から出た。
 それから夕ご飯をわいわいにぎやかに食べ、まだお酒を飲むという大人たちに挨拶をして早々に寝る部屋へ。そしてトランプゲームに興じている、というわけである。


「あー、ぼくの負けー」


 満和が手にしたらしいジョーカー。丁寧にカードを集めてケースへ戻し、ごろりと離れたナツとシノの間に寝転がる。右京も同じようにして、布団の上で四人仲良く天井を見た。


「今日も楽しかったなぁー」
「そうだね」
「明日は何しようか」
「課題?」
「うっ、現実」
「なつのは、ぼくが手伝うからね」


 ごく自然に抱きついてきた右京。やっぱりふわふわいい匂いだ。


「じゃあ満和のはおれが手伝うね」


 ナツの言葉に、満和はうとうとしながら頷いた。シノがひょいと覗き込む。


「満和さん、おねむ?」
「んー……」
「今日はたくさん動いたからだね」


 シノがパステルブルーの柔らかなタオルケットを満和の身体にかける。しばらくもぞもぞしていたが、すぐにすやすやと眠りに入ったらしかった。その寝顔は可愛らしく、思わず三人で覗き込んでにやつく。


「満和さんかわいいー」
「純粋だよね。赤ちゃんみたいな目、してる」
「満和の寝顔見て、有澤さんもいつもにやにやしてるのかな」
「鬼島のおじちゃんは絶対してる」
「……確かにしてそう」
「おっさんは100パーセントしてるよ」
「佐々木さんは?」
「おじちゃんはにやにや、はしないかも。じっと見てるかもしれない」
「加賀さんは良く寝そうだよね」
「うん。ぼくが見るほう」


 やがて、三人も眠たくなってきて。
 電気を消すとすぐに右京がナツに寄り添ってきた。ふたりで一枚のタオルケットを使う。特別やらしい意図はないようだったので、そのままにして、寝付いた。


 静かに襖が開いた。


「寝てる」
「可愛い……天使が四人」
「トランプで盛り上がってたのも可愛かった」


 大人気ない成年組、実はこっそり、廊下から室内を伺っていた。七並べからダウト、大貧民をして、ババ抜き。シノの強さが半端じゃなかった。一喜一憂する姿をにへにへと見守っていたのである。


「写真撮っておこう」


 どこからともなく有澤がカメラを取り出す。暗がりながらその特徴的なフォルムに加賀が気付いた。


「有澤さん、まさか、そのカメラは」
「ええ、暗闇でもばっちり映ります」
「高いやつですね」
「天使を収めるためなら安いもんです」


 かかか、と連写する音が暗闇に鳴る。


「仔猫ちゃんめ……またナツくんにぴったりして」
「あったかいのかもしれません」
「確かにナツくんの体温は高いから」


 ひそひそ話す成年組。やがて四人、目を交し合うと何も言わずにするする部屋へ入っていって、各々の子の隣へそっと入り込む。いかにも愛しげに抱き寄せたのち、眠りについた。


 翌日、四人は同じ黒いTシャツを着てせっせと課題に励んでいた。
 ナツの背中には『ITOSHI NO ONI SAN』
 右京の背中には『はぐはぐがぶがぶ』
 満和の背中には『お触り禁止猛獣飛び出し注意』
 シノの背中には『お姫さまときどき王子さま』


「終ったら夜、花火しようって鬼島さんが」
「花火、久しぶり」
「木が燃えたりしない?」
「絶対おわらせるー!」

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