当日4

 そんなふたりの様子に気付かない有澤と満和は、満和が疲れたのではないかと会場の出入り口となっている扉付近で一休み。パーカーのジップを閉めて、膝には有澤が肩に掛けていた紫の羽織を掛けて温めて。


「有澤さんのかっこう、素敵です」


 改めて言われて大照れする有澤。


「疲れたなら、上に取った部屋に行こうか」


 包帯おばけの満和を上から下まで堪能したいと口に出すことなく、あくまでさりげなく誘う。満和は疲れたし、と、それに頷きかけたのだが、その目が有澤の更に後ろを見て、きらりと光った。


「あ……っ」


 嬉しそうに立ち上がり、羽織を手に持ってぱたぱた駆けて行く。その先にいたのは、なんと北山。


「お約束でしたから、一応顔だけは出そうと思いまして」


 律儀な男前、本日は満和が大好きな小説のキャラクター、墓守になってやってきた。普段は撫でつけている黒髪をアレンジしてワンサイドモヒカンにし、アイラインで普段より更に鋭さを増しているけれどやや垂れ目気味に仕上げられた目元、端正な彫りの深い顔はメイクでますます陰影がくっきりしている。そして唇には赤混じりの黒色、灰色のアスコットタイを黒いウィングカラーに合わせ、更に深い黒の燕尾服を着つけている。白い手袋をした手で、傍にやって来た満和の頭をそっと撫でた。
 まるで本からそのまま抜け出してきたような姿に、満和はうっとり。珍しく頬を赤らめてまで興奮している。


「いかがでしょうか。満足してもらえましたか」
「十分です……っ……ありがとうございます!」
「いえ、どういたしまして」


 なぜかそのまま、北山も含め三人で上の部屋に行くことになってしまった。有澤の目がぎらぎらと睨みつけてくる中、満和にべったりされた北山が帰る様子は微塵もなく。嬉しそうな子の顔を見てにこにこしながら片手でさりげなく携帯電話を操作し、有澤にメッセージを送る。
 着物の帯の中でぴろりんと音をたてたので確認してみると、目の前に座っている北山からだった。


「妬くなよ」


 と一言。その余裕がまた癪に障る。
 ベッドルームのテーブルに置かれたお菓子、満和といちゃいちゃしながら食べようと思っていたそれらの封が解かれたのは、それから二時間以上経ってからのことだった。







「談くん、狼さん? 似合うねえ」


 話しかけてきた蓬莱は、お医者さんのごとき白いシャツに爽やかブルーのネクタイ、嫌みなほど長い脚をグレーのスラックスに包んで、白衣に銀縁眼鏡。髪を後ろに流すだけで神経質そうにも見える顔になるのだから不思議だ。首にはステートを下げ、チェストピース部分を白衣の胸ポケット部分に収納している。そのポケットには本物さながらの名札まで。

 にやりと笑った談は、蓬莱の首に腕を回すと引き寄せて、きれいな耳の傍で密やかに囁いた。


「お医者さん、満月でもないのにむらむらするんだけど診てくれねぇ?」
「談くん!」
「嘘だよ。料理食ったか? うまいぞ」


 いたずら大好き狼男が弾むような足どりで先を行く。一瞬で熱を上げた顔を手のひらであおいで、そのあとに着いて行く。


「あとでお医者さんプレイしような。社長が部屋取ってくれたって言うから」
「お医者さんプレイ!」
「良かったよ、すけべナース持ってきて」
「すけべナース!」
「鼻血吹くなよ」
「ぎりぎりだったぁ……」
「べったべたなセリフ言ってやるから楽しみにしてろ」
「あっ、だめ出そう鼻があったかい」
「ちょっと我慢しろよ。汚れるから」


 ぎりぎり間に合った布のナフキンで鼻の辺りを押さえる蓬莱、その姿に談はいかにも楽しそうに笑った。


「そうだ、蓬莱」
「ん?」
「お菓子がいいか、いたずらがいいか」
「あー、迷いどころ……」
「じゃあお菓子って言ったら純粋ナース、いたずらって言ったら小悪魔ナースな」
「っ……ますますどっちも捨てがたい……」
「よくばりさんだな。どっちもやろうか」
「でも……ちょっと迷わせて!」
「はいはい」

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