当日3

満和を腕にくっつけて、会場へと足を踏み入れた右京は人の波の中に身を入れる。


「右京くん、なんか怖い」


 仮装とはいえかなり本格的な人もいる。薄暗さも相まって、まるで違う世界に来てしまったようだと怖くなった満和。心細そうな声を聞き、足を止めて右京は振り向いた。


「大丈夫。ひとりじゃないから」


 ね、と、珍しく優しげに微笑んだ右京。満和はきょろきょろしてから小さく頷き、右京に着いて行く。


「あれ、どこかで見たことがあるような気がするにゃん」


 ふわふわとした感触に急に後ろから抱き締められ、声も出せずに身体を硬直させた満和。満和が襲われたのかと振り返る右京。しかし、満和の後ろには背の高い猫の着ぐるみを着た垂れ目の男がいて、もふもふに覆われた手で満和の見えている腹部を撫で撫でする。


「あららぁ満和ちゃん、えっちなかっこうしてるにゃーん。かわいいっ」
「……せんぱい……」
「先輩? 知り合い?」
「うん」
「あにゃ、こっちの子もかわいいっ。おなまえは? お兄さんはゆきちゃんっていうんだけど、仲良くしてくれる?」


 いかにも軽い口ぶりで、満和の肩に顎を置いて手を伸ばしてくる。その柔らかそうな毛に思わず手を置いてしまう右京、ぎゅっと手を握られた。


「満和ちゃんとかわいこちゃん、二人だけじゃ危ないにゃー。変な人に変な事されちゃうかも」
「させないから安心しろ、ばけねこ」


 わっしり、ゆきちゃんの頭を掴んだ大きな手。
 低い低い声に満和の顔がぱっと輝いた。


「有澤さん」
「やっと見つけた。人が多いからな……高牧くん、よく似合っている。想像通りだ」
「……有澤さんですよね、これ」
「ああ。ネットで探しても理想の物が無かったから、自分で手縫いして下地作って、更に包帯を縫い付けた」


 満足げな有澤は、大柄な身体にゾンビ風の特殊メイクを施している。肌の色も悪く、あちこちから血や怪しげな液体が出ているメイクで、服にも緑や赤や青の液体が飛び散り、劣化したように加工された着物を着つけて首周りや胸周りにはぼろぼろの包帯をだらりと垂らしている。
 その目が上から下まで満和を見た。自分でサイズを測って切り出して縫い合わせた短いタンクトップのようなものに包帯を縫い付けて作ったトップはろっ骨の最後辺りまでを隠し、お腹が出過ぎないように右斜めが高くなるようにこちらも調節して作った包帯付きショートパンツ。足元は高さの違うソックスに、こちらもやはり包帯を縫い縫いしてある。足元も布の靴に包帯。最初は裸に直接包帯を巻き付けてもいいと思ったけれど、動いているうちに満和のあれやそれが誰かの目にさらされるなどという事態になってはいけないと考えてこのような衣装にした。顔には血のりのようなメイクが施されていて、けれど満和の可愛らしさはそのままで。

 肩に触れてみると冷えていて、やはり寒かったかと、腕に持っていた狼耳つき動物パーカーを満和に羽織らせた。だぼだぼのパーカーを羽織るとなおさら肌チラが色っぽく、むふむふ鼻息を荒くした有澤は満和を抱きしめる。


「着てくれてありがとう」
「……はい」


 有澤と満和がらぶいちゃしているのを見て、右京はほっとした。怖がっていたみたいだったから可哀想だったのだが、有澤が一緒にいればもう大丈夫だ。

 鬼島も、佐々木も、有澤もいた。
 なのになぜ加賀はいないのだろうか。急に仕事が入ったというパターンも十分にあり得る人だから、と、少しだけ不安になる。
 今日、来るかどうか聞いておけばよかった。そんなことを呟いて、たまたま通りがかったおばけウェイター(仮装をしていたけれど胸の辺りにプレートが付いていた)から、飲み物を貰って隅っこへ避難する。

 ややフェアリーな、童話の挿絵のような装飾が施された一角の切り株型の椅子へ座って一息。周りにはアリスやハートの女王様の仮装をした人もいて、自分がここに座ったことでなんだか集団みたいだな、と思った。

 ふと目に入った背の高い後姿。緑や黄色と派手な色合いの変形シルクハットに丈が長いオレンジのモーニング風ジャケット、黒っぽいスラックス、赤い靴。白い手袋をした手がちらりと見える。あの人の身体つき、好きだな、などと思っていたら、人を探しているのかきょろきょろとして、それから右京の方を振り返った。


「おじさん……?」
「あ、見つけた」


 ふふふと笑った加賀、白い立ち襟シャツに青いベスト、顔には少々怖めの濃いアイメイクとモノクル。少々違う雰囲気の加賀に、右京は戸惑いながら立ち上がる。すると加賀はその姿を見て顎に指を掛けて考えるポーズ。


「……右京、そのズボンは大丈夫なの?」
「なんとか」


 なるほどシノがお揃いの世界観になるよう用意してくれたのかもしれない、と思った右京の衣装はどぎついピンクと紫のボーダー長袖Tシャツ少々丈短めに、ゆるっとした黒いズボン、お尻からはTシャツと同じ色合いの大きな尻尾がぶらんとしていて、頭にもやはり同じ猫耳。アリスに出てくる帽子屋と猫らしい。


「心配だな、そのズボン……」
「平気だってば。あっちからこっちまで歩いてきたけど、腰骨に引っ掛かってるから大丈夫」


 右京はこともなげに言うけれど、へそのずいぶん下にあるズボンは不安定にしか見えない。


「それより、おじさん、素敵だね」
「え、ああ、シノちゃんが用意してくれて」
「やっぱり。ぼくのも、そうなんだよ」
「とってもかわいいよ。猫耳もよく似合ってるし」


 ぎゅっと、ようやく加賀に抱きつくことができて満足した右京。久しぶりに顔を見るような気がして、胸が甘くときめく。


「会いたかった」


 そんなことを切実な声で言われて、加賀は暗がりに乗じて右京の唇にキス。
 右京は普段と異なる加賀にどきどきしながら、小さな声でもっととねだる。いかれ帽子屋に扮した加賀、今日ばかりはいいかと、人前であることも忘れて可愛い猫ちゃんを抱っこし、頬を擦り寄せて口づけを何度も。

 メルヘンチックな片隅で行われているふたりのらぶらぶシーンを鬼島は見逃していない。


「なかよしねえ」


 ナツくんともちゅっちゅしたいなあ。
 先程から鬼島の唇はグラスにくっつくばかり。隣ではナツが料理を堪能している。お腹が出る、と言っていた割にはその様子なく、会場にある料理を全種類食べるのだと宣言してぱくぱくもりもり、仮装など楽しむことなくまっしぐら。ナツらしいといえばらしいのだが、鬼島はナツが料理を取り分けるのに手を伸ばしたりして、ちらちらジレから見えそうで見えないナツのお胸が気になって仕方がない。


「鬼島さんはなにか食べたいもの、ありませんか。取りますよ」


 ふんすふんすと鼻息荒くお目目きらきら、見上げてきたナツに思わず鬼島はぽろりと「なつぱい」と言ってしまった。ナツのおっぱい。一瞬間を置いて真っ赤になったナツに可愛いなあ、と抱きつく。


「ねえナツくん、そろそろ鬼島さんもナツくんもぐもぐしたいんだけど」
「だめです、こんな、人がたくさんいる場所で」
「いなきゃいいの? だったらお部屋いこ」
「お部屋?」
「取ってあるんだ。ナツくんとお泊りしようと思って」
「でも、まだお料理……」
「言えば持ってきてもらえるし、ナツくんのためにお菓子もたくさん用意してあるよ。食べたくない? パンプキンパイ、さつまいもの甘煮、クッキー、モンブラン……」


 次から次へと囁かれる甘いあまい誘惑。かわいそうな兎ちゃんは無防備に頷いた。猟師の目がきらり。上手におびき出して罠の中へと連れ込むことに大成功した鬼島はナツを連れて上の階へと脱出成功。

 鬼島はナツに配慮してきちんとお部屋でふたりきり。

 しかし佐々木はそんな我慢などするはずがなく。シノを膝に乗せるふりをしていやらしいいたずらを仕掛けつつ、それがばれないようにマントで隠して、片手には新しいグラスに満たされたベリー系のジュースを持っている。二股のストローが突き出たそれをシノと一緒に飲みながら、おそらく吸血鬼にとっての血のように甘美なシノの肉体を、内も外も愛撫する。


「おじちゃぁん……」


 すっかりとろけた声は、会場の片隅で佐々木だけに聞こえる。
 白い清らかな首筋に唇を落として、珍しく歯などをたててみたり、した。


「可愛いシノちゃん、頭から食べちゃえば一個になれるかな」
「やだぁ」
「嫌?」
「おじちゃんに抱っこしてもらうの大好きだから、や、なの」
「そう」
「あったかい、おじちゃん」


 柔らかに笑うシノに、ちゅ、とキス。甘い甘いベリーの香り。


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