佐々木が宅配便業者?

 

佐々木 一々(ささき かずいち)
虎谷 忍(とらたに しの)





 だらだらと階段を上がる。レトロな外観のマンションは六階建てでエレベーターがなく、この妙に重たい箱を抱えて階段を上るはめになった。そもそも社員でもなんでもない部外者の俺がどうして宅配便の手伝いなどしなければならないのか。
内心で文句をこぼしながら、それでもあの人には逆らえないので、仕方がない。逆らったらどんな目に遭うかわからないからおとなしく一件だけという宅配を引き受けた。自分が住んでいるマンションのすぐそばにある、お金持ち向けの高級住宅街が住所。

 そして来てみたらこのエレベーターなしの建物だった。

 休み休み最上階の一番端の部屋の前へ。一体どんな人間が住んでいるのだろう。この落ち着いた外観としゃれた内装を気に入りそうなのは、想像では二十代から四十代、ハイキャリアの人。

 ドアについたブザーを押す。ブー、と低い音。箱を両手で抱え直し、待つ。
 間もなくドアが細く開いた。けれど誰もいない。怪訝に思っていたら「こっちです」と声がした。身体をひねって箱を横へやると、その向こうに姿が見えた。


「宅配便ですか」


 くりくりした大きな目が、俺を見上げる。緩く巻いたピンク系ブラウンのボブヘア、白い肌、愛嬌のある鼻に、ピンクの唇。丸みを帯びた未成熟な顔の輪郭。白いブラウス、ワインレッドの膝上スカートで、黒いタイツを履いている。足元は適当に引っ掛けたらしいサイズの大きなサンダル。
 俺の顔を見ると、僅かに頬を染めた。そんな反応も可愛らしく映る。他の人間だったらどうでもいいが、このかわいらしい子に関しては別。


「宅配便です。虎谷上弦さんに」
「パパに? 誰から?」
「えー……鬼島さんからですね」
「鬼島のおじちゃんからだ」


 ころころと丸っこい、可愛らしい声。嬉しそうに笑う顔が実に可愛らしい。
 しゃがんで箱を置き、ここにサインを、と言う。


「フルネームで」
「うん」


 虎谷忍……しのぶ、と読むのだろうか、と思っていたら「あ、シノの名前書いちゃった」と困ったような声が聞こえた。多分、シノ、という名前なのだろう。


「大丈夫ですよ」
「ほんと?」
「はい。荷物、重たいので中まで運びますね」
「……パパが、知らない人はお家に入れたらだめだって」


 困った顔をするシノちゃんに、シャツのポケットから名刺を取り出して渡す。持っていて良かった。


「ささき、かずいち、さん?」
「うん。これで知らない人じゃないでしょ。勤務先も名前も電話番号も書いてある」
「うん」


 こっち、と、シノちゃんに続いて部屋に入る。物の少ない部屋。キッチンの片隅に置いて、するとシノちゃんはお茶を入れてくれると言った。お言葉に甘えて椅子に座り、待つ。


「シノちゃんはパパと二人暮らしなの」
「そうだよー。パパがね、お家の外は危ないから出ちゃダメだって言うの。宅配便とかも出なくていいよって言うんだけど、お兄さんかっこいいから出ちゃった」


 えへへ、と笑う。かっこいいと思ったのか。それは嬉しいことだ。
 目の前へ置かれた湯のみ、その向こうの椅子に座ったシノちゃん。やっぱり可愛い。こんな子だったら確かに父親も外に出したくないと思うだろうが、どこにも行っちゃダメだ、と言われているのは、少々……。


「シノちゃんは、ずっとここにいるの」
「うん。勉強はパパのお友だちが来て教えてくれるし、欲しい物があるっていうとお店の人が持ってきてくれるの。食べ物でも、本でも、お洋服でも」
「そうなんだ」
「あと、ときどきパパとお出かけするよ」
「……シノちゃんは、パパが好き?」
「大好きっ」


 純粋に微笑む。可愛い。でもあいにくと俺は、誰かに大事に大事にされているものや、純粋なものが大好きだ。壊したいと思う時もあれば奪いたいと思う時もある。似たように大事にしながら、自分だけを見てほしいと思う時もある。
 今回はどれだろう?
 シノちゃんはどれだろう。


「ラプンツェルだね、シノちゃんは」
「ラプンツェル? おとぎ話の?」
「そう。塔の上にいるお姫様」
「シノが?」
「うん。どうかな、俺と一緒に、ちょっと外の世界へ出てみない?」
「……でも、シノがいなかったらパパが悲しむよ」
「大丈夫、パパはいつもどのくらいに帰るの?」
「八時くらい」
「じゃあまだ時間があるね。それまでに戻ればいいよ」
「……」


 こくりと頷いたシノちゃんの目は、好奇心に輝いていた。ふ、と笑う。もちろん家に帰らせてあげるつもりなど、ない。禁を破ったお姫様はその場所に帰れないのが定石。


「さ、行こうか」


 伸ばした手を掴んだシノちゃん。俺の手が悪魔の手だなんて知らないで。

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