おんせん!2

 温泉を複数巡り、浴衣姿で大浴場の外にある涼み処で休んでいた。右京は黒いかすれ縞に白っぽい角帯、ナツは同じ模様だが紺色で、帯は灰色。右京の白い肌に黒がよく映え、ナツの爽やかさに紺が合う。どちらも頬が上気していて実に可愛らしい。


「温泉っていいねー」
「うん。すごくあったかかった」


 最後に入った大浴場は至って普通の岩風呂で、いかにも温泉に来たという雰囲気が良かった。やはり誰からも見られるほど右京は顔が整っている。あまりに見られるから鬱陶しくなったのか、先に上がって塩サウナへ行ってしまった。
その前までは個室や甕など貸し切り状態の風呂にいたので不便は感じなかったのだろう。
顔が良いというのは大変なのだ、とナツはひとり浸かりながらぼんやり考えていた。だから自身もちらちらと見られていたことには気付かなかったらしい。


「そろそろ行こ、なつ」


 声を掛けられ、ガラス戸を引いて本館へ。すぐそこも休憩所になっており、冷水や茶類が揃えられている。その脇には業務用の冷凍庫。中を見てナツが手を入れた。


「夏みかんゼリーだ。凍ってる」


 小さな短冊型のそれの和紙調の包みを破り、嬉しそうに食べるその笑顔に右京も微笑む。食べる? と言われたけれど首を横に振った。しゃりしゃり音が聞こえた。
 ロビーの壁に掛けられた時計を見上げると、五時半になるところだった。夕飯は六時で、ナツが一番楽しみにしている時間までもうすぐだ。ナツがゴミを捨てたのを見て二人仲良くゆっくり歩き始めた。

 鬼島が予約した部屋は離れだった。かなり大きく、洋室と和室に分かれている。それから備え付けの露天風呂。玄関を入ってすぐの場所に玉砂利が敷き詰められて竹が生えていたり手水鉢が手洗いの中にあったり、デザイン性の高い部屋である。
 わざわざ一室を取った理由はなんなのか、加賀にまで手を出そうというのか。考え始めたら心配になって来た。


「なつ、早く戻ろ」
「どうしたの、ウキョウくん」


 横切る庭の美しさも目に入らない様子で、右京が早足に渡り廊下を歩く。ナツはぐいぐい手を引かれ、見た目は古い板の引き戸を横にスライドして勢いよく入って行った。


「おじさん」
「あ、お帰り右京、ナツくん」
「おかえりー」


 窓際のガラステーブルの上には複数の地酒の瓶が空いている。二人で酒盛りをしていたようだ。眼鏡のない鬼島は髪を全て後ろに流し、墨色の浴衣姿で椅子に座っている。加賀は鉄色の浴衣姿で鬼島の向かいにいて、右京に飛びつかれ、目を丸くした。


「どうしたの右京」


 帯でなおさら引き立つ細い腰を抱き、頭を撫でる。なんでもないと言って、さりげなく鬼島を睨みつけた。苦笑いを浮かべた鬼島は椅子から立ち上がり、和室の座布団に座ってお茶を注いでいるナツの隣に座った。


「お風呂巡り、楽しかった?」
「楽しかったです! 寝湯とか洞窟風呂とか」
「洞窟風呂、夜行くとちょっと怖くてお勧めだよ」
「……怖いのは、やです」
「そう? じゃあ夜は鬼島さんと仲良くしようね」


 ひっそり囁かれ、耳を赤くして目を見開いたナツ。その初々しい表情に、鬼島は笑う。

 すぐそこの漁港で獲れたという海産物たっぷりの夕飯。四人だと通常お櫃は二つだと言いながら三つ持ってきた仲居さんに、彼がひとりでひとつ食べるんです、と加賀がにこやかに言って驚かれていた。料理は鬼島が事前に、五人分の準備をお願いします、と伝えていたようだ。
 右京も割に食べるほうなので、鬼島と加賀が酒の合間に手を付けただけの料理を全て食べ終えた。「お残し」という言葉はこのメンバーには存在しないようである。


「美味しかったです」


 きらきら笑顔で仲居さんに言ったナツ。その後おやつに、と持ってきてくれたゼリーも美味しくいただいてさっそくごろんごろん。畳に寝そべり満足げな隣で、その魅力的な表情を右京がじっと見つめていた。


「俺、もう少し時間が経ってから温泉行くので和室で寝ます。右京と一緒に」
「あ、そう? じゃ俺とナツくんは洋室で寝るね」


 玄関から直接入れるのは和室で、洋室とは襖で区切られている。とはいえ物音は聞こえそうなので慎重に動く必要がありそうだが。


「ナツくん、ごろごろするんだったらベッドの方がきもちいよー」
「うう悪魔の誘惑。おれ絶対寝ちゃいます……」


 鬼島がナツを洋室に連れ込んで何をするつもりなのかわかっている右京はじっとりした目で見つめた。見なれない眼鏡オフ姿の鬼島は雰囲気が少々違って見える。確かに男前だが、いかにも悪いことをしていそうな顔立ち。今のように加賀の隣にいると完全に問題児の面構えに見える。加賀は優等生の顔立ちだ。


「ナツくん、俺と一緒に和室で寝る?」
「えっ」
「右京は鬼島さんと、洋室で寝たら。それが一番ナツくん守れるよ?」


 加賀にはすべてお見通しのようだ。


「やだ。おじさんと寝る。おじさんを挟んでぼくとなつが左右に寝ればいい」
「それはいいですなはふはふ」
「落ち着いてナツくん。鬼島さん独り寝とか意味わかんないから」
「おっさんは冷たいベッドにひとりで寝てろよ」
「じゃあナツくんの両側にこう……鬼島さんと陵司くんっていうのもありだね」
「ウキョウくんは?」
「仔猫ちゃんが隣に寝てたら寝首掻かれそうだからだめ」


 寝る位置の話をしている間に、ナツが本格的に眠りそうだ。鬼島が「これは落ちるね」と、結局手を引いて洋室へ。加賀と右京はもう少しゆっくりしてから薄暗いらしい洞窟風呂へ行くことにした。


「右京、ナツくんとお風呂楽しかったんだ」
「うん。わかる?」
「わかるよ。顔がきらきらしてて、いつもより可愛い」
「そうかな……」
「一緒に来てよかったね。鬼島さんの提案だけど」


 こっくり頷いた右京は、豊かな風味の緑茶を満足そうに啜った。
 そしてお隣、真っ暗な洋室で。


「ナツくん、本当に寝ちゃう?」
「すみません……」
「いいよ。また今度連れて来るね。そのときに夜通しいちゃいちゃしてもらうから。海鳴りを聞きながら」
「……ふぁい」
「返事したね? よしよし」


 ふかふかしたトリプルサイズのベッドにふたり仲良く横になり、鬼島はナツが眠るまでひそひそ囁きながら見ていた。

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