おんせん!

 

『お友だち(偽)』鬼島ナツ
『拾った子の癖は』加賀右京





「かめ温泉だって、なつ」
「亀温泉……?」
「多分想像してるのと違うと思うよ。動かない、陶器とかの甕」
「ああ、そっちのかめ温泉。そんなのもあるんだ」
「他に五右衛門風呂とか、塩サウナとか……たくさんある」
「何から行こう。迷うね」
「お勧めからにしたら確実かな」
「そうだね」


 未成年ふたりが、お風呂セットを横に仲良く温泉パンフレットを覗き込みながら会議中。それを眺めながら成年ふたりは海に面した窓際の椅子で早々に地酒に舌鼓を打っている。
 四時チェックインに合わせて十一時に向こうを出、周辺の金山や海辺、水族館など観光地へも立ち寄った。運転は鬼島が行い、高速道路一本でこちらまで。


「陵司くん、俺たちも仲良くそこの露天風呂入る?」


 鬼島の左側には部屋に付いた露天風呂への扉がある。目でも示す鬼島に、加賀は明らかに顔をしかめた。


「嫌です」
「裸の付き合いしようよ」
「いりません」
「えぐい噛み痕見せてよ」
「見せません」
「ナツくんたちがいなくなったら無理矢理剥くから」
「剥かせません」
「おっさん、おじさんに手ぇ出したら生皮剥ぐから」


 そんな不穏なことを言い捨て、右京はナツと共にお風呂巡りへ。ぱたんとドアが閉まった瞬間、鬼島はグラスを窓の桟に置いた。




「おおお」
「すごいね」


 温泉が売りのこの旅館の風呂はそれぞれ独立して、敷地のあちこちにあるらしい。
 長屋のような建物で服を脱ぎ、柴の衝立の向こうを覗く。すると林の中に整然と並ぶ六つの茶色い甕。本当に甕風呂だ。
 一番奥に右京、次にナツ。ひとりひとつの甕に入って肩まで浸かる。


「きもちいいねー」


 ナツの言葉に、右京はこっくり頷いた。旅館のはずれにあるものだからとても静かだ。音と言えばざわざわと木が鳴る音と湯が落ちる音。天気もよく、上を見ると暮れ始めた青空。


「ウキョウくんは今まで加賀さんと旅行したりした?」
「うん。近場だけど、車で温泉行ったり湖行ったり山行ったり」
「そうなんだ。おれ、鬼島さんとこうやってどこか行くのすごい久しぶり」


 ナツの横顔を見るととても嬉しそうに笑っている。


「……なつ、よく笑うようになったね」
「え? そうかな」
「最初は、ちょっと違う雰囲気だったと思う。今は本当に明るくなった」
「……そうかも」


 それが鬼島との関係が安定したからなのか、それとも何か別の原因があるのか右京にはわからない。けれどナツには強く惹かれる。今も、前も。甕と甕の間には絶妙な距離があり、ぎりぎり手が届かない。むしょうにナツに触れたいのに。


「……なつ、次はどこ行く。ふたりで入れるやつにしよう」
「寝湯行ってみる?」
「寝湯……なんか卑猥」
「何が?」


 ほのぼの平和なやりとりをするふたりの上の高い場所を、鳥がぱたぱた飛んで行った。


 そして、その頃お部屋では。


「陵司くん、諦めな」
「……この光景を見たら、ふたりが泣いてしまうと思うんですけど」
「ナツくんは真っ赤になって見学すると思うよ」
「右京は生皮剥ぐって」
「あー、仔猫ちゃんは未知数だから怖いな。本当にやりそうだもんね」


 鬼島は加賀の上にいる。加賀は鬼島の下にいる。いわゆる押し倒したという形だ。加賀はどうやら身体の仕組みを熟知しているようで、力が入らないような角度で引き倒してきた。両手首を抑え込まれ、何もできないで畳に背中をつけている。


「……鬼島さん、俺にこんなことして楽しいですか」


 ため息混じりに言うと、前髪の間から覗く鬼島の目がきらりと光る。それは答えを聞く前にわかる、いたずらっこの目。ああこの人今凄く楽しいんだな、と伝わって来た。


「陵司くんは謎でいっぱいだからさあ、気になっちゃうんだよね」
「もうある程度はご存知なんじゃないんですか」
「ところが攻めにくくてね。できたらご本人の口から職業素性その他を聞きたいなあと。つい最近法に引っ掛かってアジアの片隅で投獄されたどこぞの証券マン、陵司くんの同級生なんだってね。別にやばいことしてそうになかったのに、なぜか麻薬密輸で捕まったらしいんだけど」
「そうですか。それは大変ですね」
「そういう反応なんだ」
「ええ」


 加賀の表情は、時折読みにくいことがある。本心なのかそうでないのか。とは言え真実なんか別に知る必要もないか、と切り替えが早いのが鬼島の良いところ。


「さ、せっかくだからキスでもしようか」
「なにがせっかくなのか全然分かんないんですけど」
「いいからいいから」
「……キスはしたくないですけど、お風呂ならぎりぎり我慢できます」
「さっき嫌って言ったじゃない。わがままー」
「キスに比べたらずっといいですから」
「そう? じゃそっちにしようね」


 そして、ふたり並んで海が見える露天風呂に浸かっている。百八十センチ超えの男がふたりして浸かっても大丈夫なくらいの浴槽というのはすばらしい。鬼島の腕や背中を見て加賀は目を丸くし、今も絶賛観察中。鬼島は鬼島で加賀の身体のあちこちに刻まれたうっ血した歯型に興味津津だ。


「陵司くんさ、それ痛くないの?」
「癖になります」
「ふぅん」
「刺青は痛くなかったんですか」
「痛かったよ」


 鬼島の鋭い目によく似合う、凛々しい顔をした朱雀。すぐ近くに聞こえる海鳴りの音が鳴き声のよう。
 さきほどまでよく話していた鬼島が風呂に入った途端比較的静かになった。加賀は落ち着いて入りたい派なのでよかったが、急にそうなられてもなんだか不気味である。却って落ち着かない。気持ち悪いので夜中の人が少ないだろう時間に、大浴場を訪れようと決めた。複数の風呂が夜中でも楽しめるのだとパンフレットに書いてあったのだ。


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