ナツが泊まりにやってきた

 
『お友だち(偽)』ナツ
『拾った子の癖は』加賀と右京

加賀と右京の家にナツが泊まりに来る話。



 先日泊まりに行ったから呼び返したいと言った右京はとても楽しげで、もちろん泊まりに来てもらいな、と言ったらすぐに連絡を取っていた。
 右京にとってのナツくんはなんだか特別な感じがする。それは見ていてとてもよくわかるし、あまり他の人に興味を示さないイメージのある右京がナツくんにこれだけ懐くのは何か理由があるのかもしれない。


「おじさんには愛されたい、なつは愛したい」


 右京が時折口にするそれに答えがあるような気がする。しかし人の感情に理由を探したり意味をつけたりするのは野暮だ。右京が好きならそれでいい。そこで留めておくべきだろう。
 俺も、彼らがきゃっきゃしている姿を見るのはやぶさかではない。可愛いし。

 右京が連絡した日の夕方、ナツくんがやってきた。いい天気の中を駅から歩いて来たらしく、頬が僅かに上気していてそれが健康的な色気に満ちている。


「おじゃまします」
「なつー」


 右京が抱きついてごろごろ頬を擦り合わせる。犬や猫の子どもがじゃれあっているようで大変微笑ましい光景。荷物は右京の部屋に一応置いてもらった。リビングの手前、玄関を入って左側にあるドア。


「あ、これ、鬼島さんからです」
「ご丁寧にどうも。カステラ?」
「はい。なんか会社の近くに新しいところができて、すごくおいしいんだって言ってました」
「そうなんだ。じゃあさっそくいただこうかな。お持たせだけど」


 キッチンで切り分ける。その手元を右京とナツくんが見ていて、


「おじさんって手が綺麗だよね」
「うん」


 とひそひそ話していた。聞こえるのが可愛い。対面式のカウンターに乗っている右京の手もナツくんの手も、いかにも若さに溢れていていいと思う。触り心地もいい。
 ダイニングテーブルに座って、ほうじ茶と共にカステラを食べる。ざらめがついていてさりさりとした甘さがたまらない。右京の隣に座ってナツくんを見ていたら実に幸せそうで、なんだか最初の頃の右京を思い出した。右京も美味しい物を食べているときの顔がとても可愛いのだ。


「晩ご飯作るけど、ナツくん、嫌いなものある?」
「おれ、本当になんでも食べられます。あんまり嫌いなものないので」
「優秀だね」


 冷蔵庫を覗く。朝作った生春巻きがあるしお米の麺もあるし、フォーが作れる。


「ナツくん辛いもの大丈夫?」
「泣くほどじゃなければ」
「じゃあ大丈夫そうだね。パクチーとか香草は?」
「平気です!」
「じゃ今日はそんな感じにしよう」


 長ねぎをたっぷり入れたシンプルなピリ辛フォーとナンプラーで炒めたえびたまごえのきもやしニラを入れたオムレツ、鳥胸肉と玉ねぎとパプリカをレモングラスで炒めて、白飯。昨日の夜ごはんだった紫芋のスープもつければ十分だろうか。それぞれ普段より少し多めに作ればいいだろう。
 ある程度考えて下ごしらえをしてあるから、そんなに調理時間は掛からなさそうだ。


「ご飯作るから、その間にお風呂入ってきたら? 夜は寒いから良く温まってね」
「今日はおじさんがひとりで作ってくれるの?」
「一日オフで体力が余ってるからね。行っておいで」


 ナツくんと手を繋いでとことことリビングを出て行った。とりあえず黒いエプロンをして調理に入る。昨日の夜、珍しく早く帰って来たから暇にまかせて仕込んでおいて良かった。調味液とにんにくと刻んだレモングラスで漬けておいた鶏肉がいい感じだ。油をしいて温めたフライパンで液ごと炒め、一度取り出してからパプリカと玉ねぎ、刻んだ赤唐辛子少々を入れる。それらが適度になったらまた鶏肉を戻し、炒めて出来上がり。簡単。辺りには独特の匂いが漂う。

 廊下からは、ナツくんの声が聞こえてきた。


「ウキョウくん、おれのぱんつ返してぇぇ」
「ちょっとだけ貸してちょっとだけ」
「なんで、あ、トイレで何、なんでぱんつ持ってトイレ行くの」


 ……ふたりでお風呂に入らせて大丈夫だろうか……。
 若干不安がよぎったし、なぜナツくんの下着を拉致してトイレに立てこもったのかも謎だったけれど、楽しそうなのでいいとしよう。

 俺があのくらいの頃は、友だちの家をよく渡り歩いていた。行ったり来たり、特になにを話すでもなくするでもなく、時間を共に過ごしていたように思う。そういうことができる時間は貴重だ。今は仕事に追われて好きな子との時間すらままならない。
 それでも少ない時間をやりくりすることを覚えて、快適は快適だけれど、右京の負担はどうだろう。前よりは寂しいとか大丈夫とかはっきり言うようになったが、まだまだ心配。うまく時間を重ねたい。がんばろう。



 右京はもともとお風呂が短い方だけれど、今日はナツくんが一緒だから長いらしい。でももうそろそろ出るだろう。考えながら、オムレツを作る。
 油多めの食事になっちゃうけど、ふたりが胸焼けなどしたらどうしよう。大丈夫かな。
 ――結論としては「自分が高校生の頃は確か胸焼けとは無縁だった」から、よしとする。
 フォーのスープは骨付き鶏肉と適当な野菜で作って、あっさり味にできた。麺ももうできる。


「いい匂い……」


 ふわーっとやってきたナツくんはカウンターに置いた大皿の料理を見て目をキラキラさせる。そんな明らかに反応してもらえたらこちらとしても嬉しい。
 テーブルに置いてくれて、取り分け用の小皿と箸も運んでもらう。


「右京は?」
「まだお風呂にいます。先に出ててって」
「大丈夫かな」
「多分……」


 出るのが遅くなるなんて珍しい。戻って来た右京は普通の顔だったけれど心なしかつやつやしている。そんなにナツくんとのお風呂は楽しかったのか。


 さきほどと同じで、扉側の椅子に右京と俺、右京の前にナツくんという席順。甲斐甲斐しく取り分けてあげる右京の姿はなんだか兄弟に優しくするみたいで、微笑ましかった。
 兄弟
 そうだ、そういう雰囲気に見えるのだ。弟ができて嬉しい兄にも見える。
 ナツくんは手を合わせていただきますと言い、箸を伸ばす。一口食べた瞬間びっくりした仔犬のような顔。


「美味しくない?」
「おいしいです。初めて食べました、こういう味」
「そっか。あんまり食べないかもね」
「レモンっぽい味がする」
「それはこの草みたいなやつだよ。小さいからわからないかもしれないけど。お茶として飲んでも美味しい」


 これはどうやって作るのか、何が入っているのか。食べるだけではなく、料理に関してもかなり興味があるようだ。教えていたらなんだか視線を感じ、隣を見る。
 右京がなんとも言えない表情で俺を見ていた。


「どうしたの、右京」
「おじさんも、なつのかわいさがわかったでしょ」
「……俺は前から知ってるけど? ナツくんが可愛いって」


 ね、と本人に言ったら肩をすぼめて真っ赤になった。ぽふぽふと湯気でも出てきそうだ。こういう素直なところがきっと好きなところに違いない。鬼島さんも。ナツくんはこちらがいくらひねくれていても受け入れてくれそうな万能感がある。不思議な少年。


「お米美味しい」
「この前おじさんが仕事先のビンゴで当ててきたお米」
「ビンゴ……」
「うち、ときどきそういうのがあるんだよ。息抜きにね」
「佐々木さんもよくルーレットやるって言ってましたよ! ロシアンルーレットが楽しいって」
「……それはちょっと違うんじゃないかな……」


 賑やかな食卓。普段右京と食べる時間も少ないから、と、隣を見るといつもより少したくさん食べてるだろう姿があって安心する。箸を置き、さりげなく腰に腕を回してみると、そこは相変わらず痩せていた。


「なに?」
「ううん、たくさん食べて。右京は痩せてるから」
「うん。太らないとおじさんが痛いもんね。骨が当たって」
「少しね」


 右京と俺のやり取りを、ナツくんがちょっと照れたように見ていた。


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