右京が泊まりにやってきた

 

『お友だち(偽)』ナツ
『拾った子の癖は』右京

ナツの家にお泊りする右京。
受っ子がいちゃいちゃしておりますので注意。





「今日おじさんいないんだ」
「鬼島さんもいないよ。……ウキョウくん、家に来る? 鬼島さんの家と違って狭いけど」
「なつの家。いく」
「泊まっていけばいいよ」


 右京の動きは速かった。電話を切ってすぐ準備をし、走って駅へ。夜七時半の電車に乗り、ナツに言われた駅で降りる。中心地からは少々離れ、繁華街に近い場所。駅にも酔客がすでに多くいて、若い女性や男性もたくさんいる。駅前では飲み屋や何かのキャッチが盛んに声を上げていた。
 その間をすり抜け、時計の下で待つ。その最中に声を掛けられてもすべて無視。右京の頭の中はナツとふたりきりで過ごす夜でいっぱいである。


「ウキョウくん、ごめん、遅くなった」
「ううん大丈夫。あああなつ可愛いよなつ」


 上は白いインナーに灰色のパーカー、下は紺色のジャージにスニーカー。いかにも風呂上がりの匂いを漂わせている。人が多く行き交う賑やかな駅でもナツは一際かわいく右京の目に映る。恒例の写真撮影を終え、ナツのやや後ろを歩き始めた。
 駅前からは一転して、人通りも少ない路地。明るいコンビニエンスストアの前を通り過ぎて角を右に曲がる。


「ウキョウくん、晩ご飯食べた?」
「ううん、まだ。ひとりだと食べる気にならないから」
「わかる。おれもまだ。一緒に食べない? おれ作るから」
「なつの手料理……!」


 初めてではない。以前勉強を教えたときに一度、一緒に晩ご飯を作って食べたことがある。でもあのときとは異なり、なつひとりの料理だ。すでに涎を垂らしそうな右京に気付かず、美味しいかどうかわからないけど、と言う。


「おいしいに決まってる」
「おお、それはなんかプレッシャー」


 ここだよ、と、古びたコンクリート塀が途切れた場所に入る。そこにはいかにも古そうな二階建てのアパートがのっそり建っていた。上には三つ、下にはひとつ灯りが点いている。暗い方に入って行き、一○二と書かれた奥の方の部屋の鍵を開けた。


「どうぞ」


 上がりながら玄関脇のスイッチを押すナツ。白い蛍光灯に照らしだされた古い台所には食器棚と冷蔵庫が壁際に並んでいる。ドアの右側はコンロ、洗い場。今はあまり見ないような形の給湯器がついている。左にはドアが並んでいて、その片方は開いていた。脱衣洗面所風呂場らしい。お湯の香りがする。
 ドアから四歩ほど前に歩けば和室で、電気を点けるとごく一般的な家と言う雰囲気だった。左側にテレビが置かれた低い小さな箪笥、目の前に年季の入った木のテーブル。その向こうには茶色のカーテンが掛っていてこちらもかなり古そうに見える。
 匂いと言ったらなんだか妙かもしれないが、ナツの気配に溢れている。人の家に来るとどうもそわそわするのが普通であろうが、なぜだかひどく落ち着いた。
 右側は襖が閉まっていて何があるのかわからない。

「座っててー。すぐできるから、手抜きスープスパ」
「手抜きなの?」
「深めのフライパンにオリーブオイル温めて潰したニンニク炒めてキャベツ入れて玉ねぎ入れてベーコン入れて塩コショウ振って水入れてコンソメ少々入れて麺ゆでれば出来上がり。ゆで汁も啜る分そこそこカロリーあり。あとサラダと、昨日の夜から仕込んでおいたローストビーフ」
「作ったの?」
「うん。本当は今日の夜鬼島さんが来る予定だったからね」


 居間からはナツの背中しか見えない。フライパンが鳴る音といい香りがしてきた。


「……なつはずっとこのお家で育って来たの?」
「そうだよー。おとーさんと、途中からは鬼島さんも一緒にね」
「そっか」


 ナツが十七年暮らしてきた家。その中にどのくらいひとりの時間があったのだろう。
 ナツは自分と違う明るくてまっすぐで優しい男の子。でも強く惹かれるのは、正反対の気質と共に限りなく近い部分もある、と、右京は思っていた。ひとりの時間にたくさんのことを考え、どうしたら人に傍にいてもらえるか、そんなことを見つけようとしたことがあるはず。
 ナツが明るいのはもともとの性格もあるだろう。しかしどこかに、周囲に好かれるため、というところもあったはずだ。今はもう性格と癒着し、その境目はないだろうけれど。

 まあそんな複雑な事を考えたのは結構最近で、完全にひとめぼれ。


「なつ、なつ」
「ひょぉお、危ないよ」
「なつの腰が魅力的すぎて」
「もー、だめだよウキョウくん」


 ナツの腰へ腕を回し、まるで新婚家庭のごとき密着ぶりでナツの手元を覗きこむ。フライパンからスープボウルへ移されたスープスパゲティ。すでにシンクの上には切って盛りつけられたローストビーフとサラダ。春雨サラダの大きさが明らかに普通ではないことや、ローストビーフがきれいだがやたら豪快にあるとか。野菜炒めまである。一汁三菜と言われたら納得するけれど、一品一品の量が相当だ。


「この肉、何キロ分?」
「二キロ」


 曲がりなりにも男子高校生ふたりなので食べきれないことはないが、二キロ分を一気に皿に盛るとこのようになるのかとなんとなく感心する。
 皿を運び、さて食べようかというとき、ナツが更に茶碗を持ってきた。


「小麦粉に白米……」
「え、だってスープだよ?」
「う、うん」


 いかにも当然という顔で言われ、頷くしかない。ついでに漬物が増えた。


「いただきます」
「いただきまーす」


 スープスパはにんにくと野菜のうまみがよく出ているコンソメ味。派手ではないものの、やはり安心する味がした。春雨サラダのドレッシングも手作りで、簡単だよと作り方を教えてもらったので、今度作ろう。と右京はつぶやく。


「なつのご飯、お家みたい」
「なにそれ?」
「安心する味でおいしいってこと」
「……ありがと」


 父の味、なのかもしれないけれど実際はわからない。それでも、なんだか胸がいっぱいになって、ふうと深く息を吐きたくなるような味がするので、お家の味と評した。右京の言葉を聞き、ナツは照れくさそうに笑いながらもりもりご飯を平らげて行く。


「それにしても」
「ん?」
「すべてににんにくが使われた料理……これは、期待をされているような気がする」
「えっ」
「なつ、ぼくがんばるからね」
「何を? えっ、あ、そういう意味じゃな……にんにくが食べたかっただけで」
「なつったら大胆……」
「ちが、あああ」


 うおお、と言葉を失い、真っ赤になる。右京はナツのこういうところがたまらないと、珍しく顔を笑みに染めてナツを見つめた。加賀といるときとはまた違う落ち着きと居心地の良さ。兄弟がいたらこんな感じなのだろうか。他人に対してこんな風に思うのは初めてだ。

 さすが男子男子高校生の食欲で、スープスパとサラダと野菜炒めと白米は完食。余ったローストビーフは明日の朝、パンにはさんで食べることにした。


「ウキョウくん、お風呂いいよ」
「うん」


 薄い壁であるせいなのか、洗いものの音がする。それからナツが何やらうにゃうにゃ歌っている声も。よくよく聞いてみるとそれはどこかの民謡かなにかのようだった。あまり耳にすることのない言葉とリズム。方言だろうか。


「タオル置いておくね」
「うん」


 すりガラスの向こうで人影が動く。

 お風呂から出て歯を磨き、居間に戻ると、先程は閉まっていた襖が開いていた。そちらには――


「なつはやっぱり大胆……」
「えっ、何が?」


 ぴったりくっつけられた二組の布団。ナツはすでに布団にくるまり、こちらを見上げてくる。


「あ、こっちがいい? 鬼島さんが寝てる布団じゃ嫌だった?」
「おっさんと違う布団で寝てるんだ」
「たまにね」
「なつと一緒が良い」


 もぞもぞ布団に入りこむ。


「じゃあ電気消すね」


 立ち上がったナツの足元は、先ほどと異なりあずき色したハーフパンツ。中学校の名前らしきものが書いてあり思わず二度見。


「なつ、それ中学の?」
「あ、うん。もったいないから穿いてるんだ」


 つるんとした足が目の前にあり、電気が消えると同時に手のひらでさわさわ。


「うは、ちょ、ウキョウくん」
「すべすべ」
「くすぐったいよ。暗くて危ないから」


 もぐりこんできたナツを腕に抱きしめた。布団が冷えていることもなく、温かい体温が腕の中にある。おじさんとは少し違う、薄くて細い身体。


「なつ、ちょっとだけさわっていい?」
「だめ」
「ちょっとだけだから」
「あ、だめだってば、うきょ」
「いいにおい」
「あぅ、くすぐったい! あはっ、あ、ちょ、そこはだめ」
「なつぱい……」
「すとっぷ、だめ、ウキョウく」
「ぷにぷに」


 さて、その夜右京がナツに何をしたのか。それは神のみぞ知ること。

[MIX TOP]

-----
よかったボタン
誤字報告所
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -