遊園地3
「くっ……暗いですね」
「そうだねー」
「ナツさん、足元お気をつけて」
隣の障子を破って複数の手が出てきたり、井戸から女が出てきたり、足元に何かが出てきたり。中もやはりポピュラーなお化け屋敷だった。ロボットではなく人間だ。
しかし鬼島は不愉快そうにそれらを睨めつけるのみ。まるで明るいところのように驚きもせず歩いて行く。
理由は、ナツがずっと有澤にしがみついているからだ。近くにいたのがそうだったから、とわかってはいるが面白くはない。
「チッ」
物騒な顔つきの鬼島が放つ舌打ちが聞こえたのかなんなのか、隣のお菊さんがビクついた。
*
「ふたりだけ? なんてことないよね。兄弟とかかな?」
「可愛いねー」
にやにやした男と女が、シノと満和が座るベンチに近づいてきた。まさかこんなところで、と思ったらそうらしい。
「一緒に回る? つまんないでしょ、二人だけじゃさ」
馴れ馴れしくシノの肩に触る手を、満和が叩き落とした。何も言わずに見上げる。顔が綺麗なだけに、無表情は迫力だ。たじ、とする男。しかし女は可愛いと隣に座ってきた。
「妹守ってるの、お兄ちゃん?」
胸を強調する服装。興味は無い。無視をしてシノの手を取り抱き寄せる。
「かわいいー!」
笑う男。その後ろから佐々木が戻ってきた。
無言、無表情で、ただ見下ろす。それだけで男女は去って行った。
それからすぐに鬼島たちが戻ってきた。有澤にぷるぷるしがみついているナツを見て一瞬何事かと残った三人は思ったけれど、どうやら近場の人間に抱きついたようだ。横幅のある有澤なら安心だっただろう。
満和がナツの頭を撫でると、ふにゃりと笑った。かっこいいが、かわいい。きゅんとした満和。
それから昼ごはんを食べ、上級者向けのお化け屋敷へ。
六人の塊でペンライトを持った佐々木と鬼島を先頭に進む。最後尾は有澤。未成年組は大人組に挟まれ、ナツを真ん中に両サイドが満和とシノ。ちなみにシノはまったく怖がっていない。
廃病院を模した世界一長いお化け屋敷は一階から二階、二階から一階と上がり下がりする。その間にゾンビが出てきて、ナツと満和はびっくりするが、シノは明らかに笑っているし、大人組はノーリアクション。しかしナツ満和コンビは周りに気付かず、さぞゾンビ役冥利につきるだろう反応をし続けた。
後半はフットライトもない真の闇の中を脅かされながら進む。いつの間にか有澤は両手に花状態、ガクガクブルブルの子猫をふたり両脇に連れて歩いていた。
「大丈夫ですか」
聞いても答えがない。暗がりなので表情もわからないが、さっきあったリタイアドアから外に出してあげればよかったな、と思う。特に満和は身体が弱いから少し心配だ。
手術室が最後で、四方八方からゾンビが出てくる謎演出。有澤にとっては「人件費がかさむな」という感想しか持てない光景だった。ちなみに先程のお化け屋敷も同感想。
久々の外は明るい。
気づけば両脇のふたりの姿はなく、周りを見渡してもいない。不審がりながらアトラクションの出口から出るとそこのベンチにふたりがいた。
「あれ、もう出てたの?」
鬼島に聞かれ、ナツが頷く。
「怖すぎて、最後にあったリタイア用のドアから出ちゃったんです。満和と一緒に」
それを聞いて、有澤はひとり固まった。では、俺は誰を連れて歩いていたのか……?
「……有澤のおじちゃん、顔色悪いよ。大丈夫?」
「エエ、ゼンゼンダイジョウブデス」
満和にも心配そうに見つめられたが、大丈夫と繰り返し、そそくさとそこから離れた。これは誰にも言わないでおこう、とこっそり決める。
うまいと評判のアイスを食べたい焼きを食べ、室内型のアトラクションも巡り、夕方。薄暗くなってきた頃、観覧車に乗ることにした。
鬼島とナツ、有澤と満和、佐々木とシノ。ゆっくり上がっていき、夜景や遊園地の全景、もっと広い景色を見ることができる。
乗ってすぐから、ナツは鬼島の肩に寄りかかり、眠そうに目をこすっていた。
「疲れちゃったかな」
頬を撫でられ、頷いた。控え目な音楽がまた眠気を誘う。寝てしまいそうなナツ。鬼島は笑って手を繋いだ。
「十五分で一周らしいから、寝ててもいいよ」
「……でも、せっかくの景色が……」
「また連れてくるから」
「……ん」
よく笑い、よく食べるナツが好きだ。離れて戻って以来、改めて思っている。今日ここに連れてきてたくさんの顔を見られて心から嬉しかった。
「幸せだな……」
幸せ、などという空々しい言葉が、今は噛みしめるほどにわかる。ナツがいてくれる日々のなんと嬉しいことか。
肩に感じる心地よい重みはふんわりとしていて、胸にも同じように感じた。いっぱいになって温かくなる。
「ありがとね、ナツくん」
*
重々しい沈黙につつまれ、差し向かいで乗っている有澤と満和。満和はぼんやり外を見ていて、有澤はそんな満和を見つめた。
「……高牧くん」
「なんですか」
「話があるんだが」
煌めく夜景から、目の前の有澤に目を移す。
「……高牧くんは何か不安に思っていないか。その、俺との関係? とか……」
「有澤さんはどう思っているのか、聞きたいです」
満和はいつもはっきり言う。今だって有澤が聞けないことをはっきり聞いてくる。
「有澤さんはひとりになったぼくを拾って良くしてくれました。何も不満はありません。でも……」
「でも?」
「……でも、ぼくが好きですか、本当に? ぼくは有澤さんが好きです。好きじゃなきゃ一緒にいません。有澤さんはどうですか。ただ一緒にいるだけ、ですか」
「……違う。高牧くんが好きだよ」
「本当に?」
「ああ」
「……ならいいんです」
満和は泣きも笑いもしなかった。ただ安心したように息を吐き、ゆっくり目を閉じる。その手が小さく震えているのが、薄暗がりにもわかった。
肝心なことを多く語れなくて歯がゆくなる。気持ちを言葉に、言葉を音にしようとすると掴んだ砂のようにこぼれ落ちる。満和に対してはそんなふうにままならない。
だから、抱きしめた。腕を引っ張り、倒れ込んできた満和の、同い年のナツよりずっと華奢な身体を。
「……本当に、好きだ。愛してる。俺はたくさんの言葉を持たないが、そのすべてを君に捧げても構わないし足りないと悔しくなるくらい、思っている……」
肩にしがみついた満和が、ありがとう、とつぶやいたのが聞こえ、たまらない気持ちになった。愛しく、かわいい。
「……満和くん」
名前を呼んで、ただ。
*
「おじちゃん、楽しかったね!」
にこにこするシノの頭を撫で、そうだね、と応じる。鬼島に誘われなかったらここに来ることはなかっただろう。街中ならまだしも、こんな人混みにシノを連れては来られない。それこそ海に投げ込まれてしまうかもわからない。
鬼島と有澤、というふたりがいてこそだった。
「小さい頃はよく来てたんだけどなー。パパが偉くなってからこういうとこダメって言うから」
「シノちゃんは可愛いからね」
「本当に楽しかったなー」
夜景がきれい! とはしゃぐシノ。その手はずっと佐々木の手を握っている。膝に乗せるときょとんとして、キスをすると赤くなった。
「シノちゃん、知ってる? この観覧車で天辺につく前にたくさんキスすると、ずっと一緒にいられるんだって」
「嘘」
「ほんと。だからたくさんキスしてみよ?」
返事も聞かずに口付ける。何度も何度も。シノが笑って佐々木の口元を押さえても手首を掴んで繰り返す。
「……おじちゃんは、ずっといたいの? シノと?」
「シノちゃんに捨てられたらちょっと人間辞めたくなるかも」
「そっか……」
嬉しそうに笑う。その唇にまた口付けた。
「わ、きれい……」
一番高いところから見えた風景。そちらに釘付けになるシノ。佐々木はその横顔が一番綺麗だと思い、そんなことを思う自分におかしくなりながら、そっと腰を抱いた。
*
後日、有澤から鬼島、佐々木のもとに分厚い封筒が届いた。中身は大量の写真。遊園地へ行ったときのものだ。同封されていた一筆箋には筆ぶりも堂々と「撮らせました」の文字。盗撮風味なのは遠くから撮影していたからだろう。
「……運転手に連れてきた組員か……」
と、鬼島と佐々木はすぐにピンときたという。
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