太陽の光がさんさんと照りつける、日中。
 申し訳程度に点けられた冷房で生ぬるくなった電車に揺られ、目当ての駅で降車する。

 待ち合わせの場所、相手の姿はない。

 ウキョウは駅の構内で日差しを避けながら、目の前を行き交う人々をぼんやり見つめた。
 昼間の街は苦手だ。
 明るい陽の下を歩く人たちは皆、こんな薄汚い自分とは全く違う、清く美しい人たちのように見えるから。
 知らず、ため息が出る。今住まわせてもらっている家の人だって、きらきらした清く美しい人種だ。いつも優しく穏やかで親切な、人。


「右京」


 名前を呼ばれてハッとする。
 乾いた声は相変わらずで、そちらを見ると顔も姿もまったく変わっていなかった。
 この暑いのに汗ひとつかいていない男性。眼差しが、あの人と違ってひんやりしている。さっぱりと、怖いくらいに乾いた存在。顔も声も、誰かの手でわざと美しく作られたように整っていて、生きていることに違和感を感じるほど。


「……佐々木さん、こんにちは」
「久しぶり。少し太ったね。でも艶が良くなった。毛並みも」


 人が見ているのも知らん顔でウキョウの顔や髪を撫で回す。されるがままにしていたら、やがてひとつ頷いて歩きだした。後ろへついていく。


「今日は昼ごはん一緒に食べて、あと別の人とお茶ね。それで終わり。昼ごはんはふたり、お茶はひとりだから」


 真っ赤な車の助手席に座り、ハンドルを握る佐々木から説明を受ける。どのような客で、どんな男が好きなのか。
 佐々木が先に好みや希望を聞き、それに合う男を呼び出すので、大体素のままでいい。


「今日のバイト代は一人六万、プラスいつも通り」
「わかった」


 一緒に食事をして話をして、少し触られたり相手の要求を受け入れる。それで一人六万。プラス要素というのは、相手がくれる所謂「お小遣い」だ。


「中学生の時だっけ? 始めたの」
「中一のとき、佐々木さんに拾われて誘われて始めたのが最初」
「今はどんな人と住んでるの?」
「……ぼくのことばかにしないし、噛むのも怒んないし、寝るのも邪魔って言わない。家で自由にさせてくれる。閉じ込めたり叩いたりしない、人。いちばんかも。今までで」
「じゃあ、大事にしないといけないね。このバイトについて話したの?」
「ううん」
「話してないんだ」
「うん。だって、お金貰ってご飯食べたり触られたりしてる、って聞いたら、またぽいってされちゃうかもしれないし」
「ふぅん」
「すきだから、やだ」


 窓の外を見ながら言う。
 その姿をルームミラー越しに見て佐々木は微笑った。ウキョウがはっきりと「好き」と言ったのを聞いたのは初めてだし、こんな顔をするのも初めてだ。


「可愛い顔」
「え?」
「右京、今、すごい可愛い顔してる。ご主人様のこと考えてたのかな」


 傍から見れば多分、ウキョウはかっこいい高校生に見えるだろう。きりっと整った顔をしているし、身長だってそれなり、身体付きだって悪くない。少し無気力な表情をしていることが多いけれど、それだって立派な魅力だ。

 ただ、人に対する壁が高い。

 約束の場所である料亭に着くと、ウキョウはひとりで部屋へ行かなければならない。
 佐々木は外で待機だ。一応なにかあったら、ということで収音に優れた小型マイクを持たせて室内の会話を聞いて録音もしているが、基本的にはノータッチ。

 耳に入れたイヤホンから室内の声が聞こえる。渋い男性の声がふたつ、ときおりウキョウの声。
 さっそくなにやら触られているらしく、衣擦れの音。僅かに変わった男性の声に対し、ウキョウの声音は変わらない。

 壁を越えてきた相手にしか反応しないのだ。
 興味のない相手に触られたって話しかけられたって淡々と対応する。今のように。


 ウキョウは、部屋に入ってから最後まで無表情で、うんとかへえとか相槌しか打たなかったのに、両隣の男性ふたりはどんどん興奮して鼻息荒くなっていった。
 料理を食べさせてほしいと言われたから食べさせてやったり、膝に乗れと言われたから乗ったり。箸を口元に運ばれたから食べたり。
 尻にずっとごりごり当たっていたものがあったが無視をした。

 食事が終わると、ふたりからそれぞれ封筒を貰った。中にはお札とプライベートの番号。
 だらしなく笑っている男性に肩を抱かれて部屋を出る。

 と、とんでもない偶然が起きた。

 廊下の向こうから、毎日見ている人が歩いてきたのだ。
 その人はウキョウを見て一瞬表情を変え、しかしすぐに普通の顔に戻った。何も言わずすれ違う。

 振り返っても、おじさんはこちらを一度も見なかった。

 その後は何をどうしたか覚えていない。
 気づいたら、すでに家へ帰っていた。財布の中にはそこそこの大金。一応バイトは終わらせたらしい。
 佐々木から持たされている携帯電話と一緒に服の棚へしまっていると、ドアが開く音がした。

 汗が吹き出す。


「ウキョウ、ちょっと話があるんだけど」


 背中へかけられた声は、いつもよりずっと、硬かった。

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