加賀が先に起きていて、すでに食事の支度を済ませていた。なので右京はのんびり着替え、加賀と一緒に布団と洗濯物を干した。
 厚切り食パンのトーストに、好きなものを塗って食べる。右京は加賀が作った胡椒多めの卵のペースト、加賀はバター。それとひき肉と細かな玉ねぎ、人参がぎっしり詰まったオムレツに温野菜サラダ、手作りのきゅうりのピクルス、その漬け汁を使ったピクルススープ。
 ゆったりと食べながら、ふと加賀が言った。


「右京、アイス食べる?」
「あったっけ」



 冷凍庫の中を思い浮かべる。作り置きのスープだとか細かく切った具材だとかが入っているが、確かアイスの類はなかったように思う。思い出していたら加賀が緩やかに笑った。


「デートのお誘いのつもり」


 デート、と右京が復唱する。うん、と頷いて、ちぎったパンを口に運んだ。よく噛んで飲み込んでから加賀は、まあすぐそこなんだけど、と言う。


「穴場の美味しいアイス屋さん、っていうのを仕事仲間に聞いたから、右京と行きたいなって思って。かき氷もあるらしいよ」
「行く」


 久しぶりに一日休みの加賀の貴重なお誘いだ。乗らないわけがない。じゃあ行こうね、と笑う加賀がどこか嬉しそうで、同じ気持ちだといいな、と右京は思った。一緒に出かけられるということが嬉しい、という気持ちと。

 共にテーブルの上を片付けて食器を洗って棚に収め、各々身支度をする。今日も暑いと言っていたし、とりあえずは半袖でいいだろうとシンプルにデニムと半袖のTシャツにした。足元はスニーカーだ。加賀はポロシャツにアンクルパンツ、足元はスリッポン。いかにも近場に出かける気楽さが二人を包んでいる。
 ちなみに加賀の腕に噛み痕はない。夏場は配慮して、肩や足や、見えない場所を噛んでいるからだ。


「車で行こうか」
「うん」


 電車やバスという手もあるが、運転好きな加賀はやはり車を選んだ。エレベーターで地下まで下りる。出勤用とは異なる車の鍵を開け、助手席のドアを開けて右京を乗り込ませた。


「ありがとうおじさん」
「どういたしまして」


 動き出した車は、駅とは反対の方向に向かって走り出した。そう言えば詳しい場所を聞いていなかった。一体どこにあるんだろう。


「この時間、駅周辺は混むからね。ちょっと違う道から行こうと思って」
「そういうこと」
「うん」


 住宅街をぐるりと回り、見知った道へ出た。駅を過ぎて少し行った場所だ。


「知った場所に出ると安心する」
「そうだね」


 やがて車はオフィス街に着いた。以前右京が加賀を追跡してやってきたことがある場所である。


「こんなところにアイス屋さん」
「だから穴場なんだろうね」


 赤信号で車を停め、右京の方をちらりと見る。きょろきょろと目を動かしている右京はどうやらアイス屋の他に探したいものがあるらしかった。ふふ、と笑って加賀はヒントを出す。


「この道沿いにはないよ、俺の勤め先」
「……ないの?」
「ないよ。残念ながら」


 青信号に変わり、ゆっくりと車を発進させる。ないのか、と右京の小さな声が聞こえて、また笑ってしまった。


「おじさんが働いてるとこ、見てみたいのにな」
「見せられるところとそうじゃないところとあるけど、いつかね」
「いつか、見せてくれる?」
「うん。約束するよ」
「約束だよ。したからね」
「うんうん。右京には格好いいところ、見せなくちゃ」


 などと会話しながら、車を停める。専用駐車場、と書いてあるところに。


「ここから少し歩くとあるんだって」


 加賀が助手席のドアを開けてくれた。相変わらずスマートな動作だ。乗るときと同じようにお礼を言い、降りる。冷房が効いた車内と異なり、むわっとする暑さが身体を包む。
 あっちかな、と、右京の手を取り歩き出す加賀。それについていく。加賀は右京に合わせて歩いてくれて、それがいつでも心地良い。


「あったあった」


 そこはアイス屋というよりも駄菓子屋のような雰囲気だった。そこだけ時代に取り残されたように、ビルの合間に建っている古びた長屋。しかし中に入ると随分小洒落た改装が施されており、カフェの様相を呈している。
 アイスクリイム、と書かれた黒板に並ぶ豊富な種類。どうやらパフェもあるし、かき氷の上に乗せることもできる、という内容らしい。予想を上回る種類に右京が圧倒されていると店員がやってきた。


「二名様ですか」


 凛とした低音に、女性ではないらしいと加賀が気付く。長い髪を一つに束ねている優しげな風貌の店員は、二人です、と加賀に言われるとにっこり笑い、こちらへどうぞ、と席へ促した。なるほど穴場というだけあり、店内に人は少ない。途中通りがかったアイスケースの中に並ぶ四角いアイスクリームたちに右京が一瞬目を奪われた。


「また伺いますので、ごゆっくりお選びください」


 背の高いグラスに入った炭酸水とストロー、茶色のおしぼりを置いて店員が一礼する。


「きれいな人だね」


 右京が言った。


「うん。きれいな人だった」


 加賀が応じる。席に置いてあった手帳のようなメニューを開くと、黒板に書いてあった以上の種類が出迎える。右京はすっかりお悩みモードで、あれこれ考えているらしい。


「迷うんだったら俺と分けっこしよう」
「まずそこまで数を絞らないと……」


 ひそひそ、会話を交わす。周りもさほど大きな声は出さない。ついつい同じような声量になりながら、うんうんと右京は迷い、結局抹茶白玉のかき氷にバニラアイス乗せを選んだ。加賀は最後まで右京が悩んだいちごアイスクリームのパフェにして、程よくやってきた店員に注文する。


「結構おっきいみたいだけど、大丈夫かな」


 周りを見渡し、右京が心配した。分けるとは言え二つ食べられるだろうか、と心配しているらしい。大丈夫だよ、と加賀が笑う。


「ゆっくり食べればいいよ。ここはそんなに、急かしいお店じゃないみたいだし」
「でも少し不安」
「俺も頑張る」
「がんばって」


 柔らかな物腰の店員と、奥の厨房に見える少々強面のパティシエらしき人物の二人が今のメインスタッフのようだ。あまり忙しい店ではないのか、店員とパティシエどちらも要領がいいほうなのか、と加賀が考えている横で右京は椅子に座る加賀を撮影する。貴重な時間を残しておきたくなったのだ。


「おじさん、こっち向いて」
「うん?」
「……撮れた」
「なに、写真?」
「うん。かっこいいおじさん」
「じゃあ俺も可愛い右京撮ろうかな」
「恥ずかしいよ」
「可愛い」


 無音のカメラアプリで写真を撮り合うことしばし。運ばれてきたそれぞれの甘味を、右京がすかさず写真に撮った。立ち上がってまで二種類撮影する。


「あ、その写真なつくんに送るつもりだ」
「うん。良くわかったね」
「必死で撮ってるから。俺のときより」
「おじさんも必死で撮ったよ」
「そう?」
「そう」


 何枚か撮影して、着席。溶ける前にとスプーンを持つ。さくりと刺し、氷とアイスを掬って一口。


「冷たい。おいしい」


 抹茶味とアイスの味が絶妙に絡み合い、そのあとさっぱりと氷が流してくれる。おいしい、とぱくぱく食べる右京を、微笑みながら加賀が見ていた。


「おじさんも食べないと溶けちゃうよ」


 背の高い曲線美しいグラスに入ったパフェにスプーンを入れる。ピンク色のアイスと白いクリームとを掬い、口に運ぶ。思ったよりも甘くない、上品な味わいだった。苺の酸味もよく味わえる。


「おいしい」
「よかったね」


 何よりよかったのは、右京がにこにこ笑っていることだった。美味しそうに、嬉しそうに食べている。それが一番幸せだ。
 途中で交換して食べた。抹茶もアイスも甘さ控えめで、やはり食べやすい。甘さが重なって食べにくかったら、と実は不安だったが、食べてみるとそんなことは少しもなかった。


「右京、食べる?」
「うん」


 途中で交換して食べたが、随分早い段階でかき氷に頭がきんきんと痛んだ。思わず額を手のひらで押さえる。痛い。右京が隣で驚いていた。


「おじさん、早いね」
「何が?」
「頭がきんきん、ってなるの。早い」
「そうかな。いたた……」
「意外な弱点発見」


 少し嬉しそうな右京が可愛くて、そっと微笑む。こうやって幾つも表情を知っていってもらいたい。たくさんあるはずだ。右京が知っている顔、知らない顔。余すところなくわかってもらえたときには、果たして何年一緒にいるのだろう? そう思うのも楽しみで仕方がない。

 きんきんと、甘さと、右京の可愛らしさを存分に味わった加賀。一方右京も、甘さと、食感と、加賀の新たな一面を存分に味わい、とても満足いく結果となっていた。


「まだきんきん?」
「まさか。もう大丈夫だよ」
「よかった」


 外に出るとますます暑くて、けれどふたりは手を繋いだ。来るときと同じように。


「次のお休みはどこへ行こうか」
「おじさんと一緒ならどこでもいいよ」
「またそういう可愛らしいことを言う」
「そうかな」
「そうですよ」


 と、そんな会話を交わしながら、ふたりは帰路につくのだった。


「買い物して帰ろうか」
「うん」
「右京とおそろいのパジャマが欲しいな」
「おそろい……珍しい」
「なんか欲しくなっちゃった」
「買いに行こ、おじさん」
「うん」

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