僕の膝に頭をのせ、バラエティ番組の総集編を見ている鈴彦くん。最近、爪を噛むところをあまり見かけなくなった。一緒にいる時間が増えたからなのか、学校が冬休みで煩わしいことがないからなのか。どちらにせよ安定しているのはいいことだ。


「年末だな、直」
「そうだね、鈴彦くん」


 頭を撫でて、髪へキス。
 もぞもぞして、でも嫌だとは言わなかった。飛んでくると思った文句もない。こちらをじっと見上げて、お腹の辺りにおいていた僕の手へ手を滑り込ませてくる。指が絡む。温かい。また、ふいっとテレビへ視線を動かした。

 大掃除も終え、夕飯の準備も終えてあるので食べるだけ。お風呂に入って夜中を待ち、そばを食べて年をとる。

 今年の初め、こうなることは予想していなかった。仕事を減らして鈴彦くんとの時間を優先するようになるとは思わなかったのだ。共に過ごす時間はとても幸せで、鈴彦くんの知らないところがたくさん見える。知らないことばかりだった。知っていると思ったのはほんの一角に過ぎなくて、もっと様々な顔を鈴彦くんは持っていた。


「鈴彦くん、お腹空いた?」
「まだ」


 時計を見ると六時少し前。カーテンを引いた窓の外はすでに真っ暗、冷えた空気が町を静かに包んでいる。さすがにまだ初詣に向かおうという人の姿はない。


「初詣、行く?」
「行きてー」
「じゃあ、起きたら行こうね」
「うん」


 指を握ったり開いたりしながら、たまにこちらを見る。どうかしたの、と尋ねると、少し間を空けて口を開いた。


「……年末年始に直がいるっていうシチュエーションに慣れない」
「本当に申し訳ない」
「直がいるとか嘘みてーなんだけど。呼び出されてどっか行ったりしねーよな」
「しないよ」
「なら、いいけど」


 手を繋がれているのは鎖代わりか何かか。まだ信用されていないのだと思うと、反省しきりだ。毎年毎年、ひとりぼっちで年越しさせていたのだから。


「ごめんね、鈴彦くん。毎年寂しい年越しだったでしょう」


 鈴彦くんは僕を見上げて、うん、と言ったけれど妙に歯切れが悪い頷き。どうしたのだろうか。


「言いたいことがあるなら言っていいよ」


 額を撫でる。切ったばかりで短い前髪がかかる、白い額。しばらく待っていたらとても言い難そうに、呟くように言った。


「……ほとんどの年、卿助が来てくれた、から」


 笑顔が引きつったのがわかった。
 父親の、年の離れた弟。つまり僕のおじさんになるわけだけれど、年齢が僕ととても近い。昔から顔を合わせると絡まれ、喧嘩になったことも少なくない。名前を聞くだけで不愉快になるのを鈴彦くんは知っているから、今まで黙っていたに違いない。


「気を遣わせてごめんね。僕が大人げないから……僕が、と言うか、あの人が、なんだけれども」
「直じゃねーの。卿助はいつも余裕じゃん」
「あの人が執拗にからかってくるからいけないんだよ。僕はそんなつもり無いのに。鈴彦くんは僕よりもあの人が好きなの」
「そんな話じゃねーだろ今」
「僕のほうが好きって言って」
「急にどうした」


 あたふたする鈴彦くんはとても可愛い。怒ってんの、と伺う鈴彦くんも、とても。泣き真似をしたらさすがに怒っていないし悲しんでもないと気づいたらしい鈴彦くんから発せられた「気持ち悪い」は突き刺さった。


「そろそろ飯食うか」


 むっくり起き上がり、薄っぺらいお腹を擦る。壁に掛けた時計を見る。もうすぐ七時だ。


「準備するね」
「やる」


 お前は座ってろ、と、鈴彦くんは僕があげた赤いエプロンをしてキッチンに立った。


「新婚みたい」
「はっ」


 鼻で笑われたけれど、少し照れたみたいな鈴彦くんの顔があったからよしとする。
 すでに作ってあったものを温めて盛り付けて、カウンターに置かれたらテーブルへ並べる。品数はそんなになく、年末感もない普通の食卓。鈴彦くんが望んだ物を作っただけ。煮物とか、セロリのレモン漬けとか。


「本当にこんな料理で良かったの」


 尋ねると、ご飯を盛りながら頷く。


「直と普通の飯食えれば幸せだから」


 ……鈴彦くんはときどき、とんでもない爆弾を落とす。意識しているのかいないのか、全くひどい。僕がこんなにどきどきしているというのに平然とした顔で「食おー」などと言ってくる。なので隣に立ってお茶碗をおいた頃を見計らい、抱きしめた。薄いお腹に顔を埋めるように。


「鈴彦くん」
「なんだよ」
「来年は幸せにするね」
「は?」
「今年の三分の二は寂しい思いばっかりさせちゃったから、来年は幸せにする」
「別に」
「だから来年も僕の傍にいてね」


 鈴彦くんの手が、ぎこちなく頭を撫でてくれた。


「別に、むりやり幸せにしてもらわなくていーし。直がいれば、勝手に見つかる」
「鈴彦くん……かっこいいね」
「飯が冷める。幸せが減る」
「うん。食べようね」


 いただきます、と手を合わせる鈴彦くん。
 さっきの一言も、僕はやっぱり嬉しかった。「減る」っていうことは、今も幸せだと思っていてくれているような気がして。


「鈴彦くん、今年もありがとう」
「こちらこそ」
「来年もよろしく」
「よろしくお願いします」


 ご飯を挟んで向かい合って、時々話してご飯を食べて。
 こんな時間がずっと続くように、僕は努力しなければならない、と思った。

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