加賀が目を覚ますと、右京の姿がなかった。
 家の中のどこにもない。普段と逆だな、と思う。キッチンで水を飲み、がらんとしたダイニングテーブルの、いつもと同じ場所に座ってみた。前に右京がいないだけでずいぶんと寂しい。静かで、物音ひとつしない。寒さすら感じる。
 こんな家にいつもひとりぼっちでいさせていたのかと思うと余計に申し訳ない気持ちになった。振り切るように掃除を始めてみても、いまいち集中できない。右京が来る前は当たり前の休日の過ごし方をしてみても、しっくりこない。

 右京がいる、ということはこんなに大きくなっていたのか。

 改めて思い、溜息。
 掃除をしながら、ソファの上に携帯電話が置かれているのを見つけた。一瞬出て行ってしまったときのことを思い出してひやりとしたけれど、部屋着がどこにもない。ということはその服装のまま、どこかに出かけたのだろうか。わざわざ明るい方へ考え直した。
 早く帰ってきてくれないとますます不安になってしまいそうで、そんな自分がおかしくて笑える。まるで親に置いて行かれた子ども。

 九時に目覚めてすでに右京はおらず、十時半頃に玄関のドアが開く音がした。


「おはようおじさん」


 黒いセーターに黒いスキニーデニム。その恰好に暗い赤のマフラーを巻いた右京。片手に白い袋を下げている。


「おはよう。どちらへ?」
「牛乳がなくて放浪してた。おじさん、いつも飲むから」
「ありがとう」


 ふふ、と笑ってしまって、右京が首を傾げる。


「どうか、した?」
「ううん。冷えてるね」


 近づいてきた右京の頬へ、椅子に座ったまま手を伸ばして触れる。ひんやりと冷たい。今日は雪が降るという予報で、空気が普段に比べれば冷えている。普段雪が降るときは比較的暖かく感じる日が多いけれど。


「冷えてる。だから、抱きしめて」
「うん」


 立ち上がって抱きしめる。細い身体を感じるとどこか奥底から深く息を吐くことができた。温かさに安心する。


「俺ね」
「うん」
「右京がいないとだめになったみたい」
「……そうなの」
「うん」
「うれしい」


 笑ったような感触があって、加賀も微笑む。
 それからは何を話すでもなく朝食、には遅い食事の準備をした。簡単にスクランブルしたたまご、きゅうりとハムとチーズを挟んだトーストと温野菜サラダと、牛乳。しんとした中で食べて、けれどもう寂しいと感じることはなかった。


「おじさんが帰ってきてくれたときのぼくの気持ち、たぶん今のおじさんと同じ」
「こんな感じなのかな」
「たぶん」
「すごく嬉しいし安心する」
「じゃあ一緒」
「そう」


 だからおじさん、帰ってきてね。遅くてもいいから。

 つぶやきのような右京の言葉に深く頷き、テーブルの上で手を重ねた。


「愛してるよ、右京」
「知ってるよ」
「うん」

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