「右京、ご飯食べた? あと一時間で帰るけど」
「だったら待ってる」
「待ってる? いいよ待たなくて。先に食べてて」
「待てるよ。今日鈴ちゃんとお菓子作って食べたから」


 そんなやり取りをしながら、カレーを煮込む。久しぶりに豆のカレーを作った。少し辛めが加賀の好み。食べたときににこにことおいしそうにする顔を見るのが好きで、想像しながら作っているうちに、お腹がすいてきた。少し食べようか、どうしようか。迷っていたらチャイムが鳴った。
 加賀が鳴らすわけないので、火力を見てからモニターの確認へ行く。
 映っていたのは鈴彦だった。数時間前に別れたばかりの、友人。なんだか悲しそうに俯いているのが気になり、声を掛けるよりもドアを開けたほうがいいと判断してスイッチを押した。


「どうしたの、鈴ちゃん」
「急に来て悪い。泊めてくんね? 今日」
「いいけど」


 ご飯もあるし、と、ダイニングの椅子へ座るよう促す。いつも加賀が座る席の隣、肩を落として、明らかに元気がない。


「どうかしたの」


 カレーを混ぜ混ぜ、尋ねる。鈴彦は向かい合うよりも少し離れているほうが話しやすそうだからだ。


「十里木さんと喧嘩でもした」
「喧嘩より前。もっと前」
「どういうこと」
「……勝手に家飛び出してきた」


 溜息まじり。鈴彦がぽつぽつと話した内容は『いつもみたいに約束を破られたのが異様に腹が立って、電話を切って家を飛び出してきた』という話で。


「何度も何度も同じこと繰り返してる。もう、直と約束しねーほうがいいのかも」


 右京は何も答えない。その間に鈴彦が語る。どうしたらいいんだろーとか、嫌な気持ちだとか。次に右京が目をやると、鈴彦がほろほろと涙をこぼしていた。


「ティッシュ、テーブルの下の箱の中」
「おう……」


 引き出して、目元を拭いたり鼻をかんだり。足元の屑籠に捨てて、でも涙は止まらない。
 そして、加賀が帰ってきた。
 泣いている鈴彦が振り返り、右京と目が合い。
 どういうことかと、加賀の目が説明を求めてくる。


「十里木さんと喧嘩一歩手前で泣いてる」
「なるほど」


 鈴彦の肩を撫で、大丈夫、と尋ねる柔らかな低音。鈴彦は頷き、新たなティッシュで目元を拭いた。


「とりあえずご飯食べようか。お腹が空くと悲しくなるからね」


 こくりと頷いて揺れる赤い髪。カレーと麦ごはんを前に、やはり元気が出ない様子。加賀がさり気なく席を立って、それに目をやることもない。代わりに右京が隣へ座り、鈴彦の肩を抱いた。
 何も言わずに寄り添う、赤い髪と黒い髪。


「鈴ちゃん、もう十里木さんのこと、嫌い?」
「嫌いとかそういうのじゃねーよ。そもそも、家族だし。でも、なんつーか、考えることはある」
「少し時間置きたい」
「そんな感じ」
「じゃあ時間置くためにご飯食べて。体力ないと何もできない」
「おー……」


 その晩は、右京の部屋でふたりが一緒に眠った。
 廊下から差し込む光。そっとドアを閉めた加賀の横に、十里木が渋い顔で立っている。


「しばらくそっとしておいたほうがいいですよ」
「そのようだね。鈴彦くんは相当傷ついているみたいだから」
「十里木さんは」
「僕も、鈴彦くんと約束した以上は守りたいんだけど。何回も何回破ってしまって申し訳ない限りだよ」
「そう言ってあげたほうがいいですよ」
「何回言っても信じてくれないから」
「……信用されなさすぎですね」
「信用してくれって言うほうが無理だと思う」
「そうかもしれませんけど。しばらく鈴彦くんは家でお預かりします」
「うん、すまないね。よろしく」


 微笑んだ十里木は、同じようにかなり傷ついているらしかった。そんな笑い方。普段は表情を変えても感情は隠すのに、今回はすべてが表に出ている。悲しそうな、辛そうな、そんな様子だ。


「鈴彦くんが落ち着いたら話に来るから、それまでは頼むよ」


 ロングコートを羽織り、玄関で振り返る。加賀は頷いてその後姿を見送った。


「……鈴ちゃん、どうかした?」
「……直の声がしたような気がした」
「会いたい?」
「でも、今会ってもしょーがねーし」
「じゃあ、落ち着いたら、だね」
「そうだな」


 ぎゅうと右京の腕に抱きしめられ、鈴彦はそっとその腕の中に収まった。

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