「おじさん、変じゃない?」
「かわいいよ」
「そうかな……」
「うん」


 あちらこちらに掲げられたちょうちん。暖色の灯りがほわほわと闇に浮かぶ。照らし出された参道には洋服と浴衣と着物が行き交い、老若男女が屋台を覗いたり本殿へ向かっていたりとさまざまである。
 柔らかな人混みの中、右京は手を引かれながらゆっくり歩いていた。履きなれない足元に気をつけながら、少し先を行く加賀の背中を見て歩く。薄利休色の無地の着物に、千歳緑の帯を締めた加賀。夜だからと眼鏡を掛けていて、銀縁のそれがまたよく似合う。
 右京は加賀と同じ生地だが、うっすらと蘇芳色が織り込まれていて雰囲気が異なる。それに茶の帯を合わせていた。加賀はかわいいと言ってくれたが、着慣れないものは落ち着かないし、和風の顔ではないからますます違和感があるのではないか、と心配だ。


「おじさん」
「うん?」
「おじさんはかっこいいね」
「どうしたの、急に」


 本殿へ続く石段には、あまり人がいない。
 並んで、ゆっくり上がる。


「なんでも似合う」
「あんまり言われると照れるな」


 加賀を見ると、笑いながらちらりと見た。それがまた右京の心をきゅんとさせる。下のように人の声がしない、静かな本殿。神楽の音色やお参りの柏手、水の音がそれぞれ際立って聞こえる。手順に沿って清め、お参りしてから神楽の人だかりの一番後ろに立って眺めた。
 舞う姿は神秘的だ。
 そこだけがこの世界と違って見える。
 心細くなった右京は傍らの加賀の手を握った。それに気づいて見下ろしてきて、微笑んで握り返してくれる。大きな手はいつも温かくて優しくて、とても尊く感じた。傍にいてくれることが嬉しい。
 考えてみればたまたま会って住まわせてくれて、何も聞かないで愛してくれているということはすごいと思う。偶然とは恐ろしくもあり、素敵なことでもある。右京は舞台を見上げた。景色はいつも輝いている。加賀がつれていってくれる場所は、いつでも、どこでも。

 神楽が終わり、石段を下る人の中に紛れて歩く。妙に視線を感じて、やっぱり変だったかな、とも思ったし、もしかしておじさんを見てるのかな、と少し不安にもなった。


「右京? どうかした?」
「……おじさん」
「はい」
「おじさんはぼくのだからね」
「えっ、うん」


 むっとしたような顔をしていたので、お腹でも痛いのかと思って話しかけたら意外な言葉を聞いてしまった。照れたり、嬉しくなったり。
 加賀は加賀で、右京と過ごす時間はいつも素晴らしいものだと考えていた。例えば今日のお祭りも、近所なのに来たのは初めてだ。ひとりで暮らしていた頃には誰かと行こうなんて考えもしなかったし、仕事ばかりをしていた。一生こんな感じなのだろう、などと思ったこともあった。が、今はそんな風に思わない。何とかして右京と共に居続けたいと思う。


「おじさん、金魚」
「きれいだね」
「うん」


 人からいくら見られても気にしない右京なのに、加賀が見ているとすぐ見上げてきて、首をかしげたり笑ってくれたりする。猫目がふっと緩む瞬間がとても好きだと右京は知っているのだろうか。
 好きなところを挙げたらきりがない。
 着物も、こんなに似合うならもっと早く着させておけばよかった。

 屋台でぶどうあめを買い、あむあむしている右京の姿に癒されながら、神社の敷地の中を流れる川へやってきた。川縁へ腰を下ろし、休む。手をいれてみると冷たかったのか、俊敏に引き上げた右京にハンカチを渡してあげた。


「ひんやり」
「こういうところの水は不思議と冷たいよね」
「うん」


 かりかり、あめを食べる。
 祭囃子も人の声もどこか遠くだ。明かりはすぐそこなのに。
 隣を見ると右京の横顔がある。つんとして見える美しい顔。可愛らしくも色っぽくもなる顔だ。


「右京」
「なに」
「キスしよう」


 顔をあげた右京。
 暗がりにも見えた加賀の顔は柔らかく笑っていて、とても好きな表情だった。頷いて、顔を近づける。頬に手が添えられ、それから優しく唇が触れた。


「ぶどうの匂いがする」
「うん」


 右京の下唇を撫でる加賀の親指。上唇と挟んでみると笑い声が聞こえた。


「……右京、好きだよ」
「うん。ぼくも好き」


 帰り道は、ちりちりと虫が鳴いていた。どんな虫かはわからないけれど。
 来年も来たいな、と右京が呟く。
 来年も来ようね、と加賀が言う。
 からからとふたりの履き物の音が、仲良く道を歩いていた。
 
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