「……鈴彦くん、何してるのかな……」
「別に」
「なんで僕の髪の毛いじいじしてるの」
「別に」


 洋風でまとめられた家の中で、寝室だけは畳敷きで家具も建具も壁も天井も純和風に作られている。違い棚まで設えられていて、枕元の灯りも和紙を使用した柔らかなもの。
 直がこだわり抜いた、適度な弾力に富んだ大きな敷布団の上、薄い夏掛けにくるまっている鈴彦が隣に寝ている直のグレーの髪へ指を突っ込んでくるくるもさもさ。少々寒がりの直は鈴彦より僅かに厚い掛け布団の中で、いたずらする手を緩慢な動作で押さえて布団へ引きずり込んだ。


「まだ寝るのかよ」
「寝かしてください……」


 たまに寝汚い直、鈴彦に背を向けてまた夢の世界へ戻ろうとする。ただそれを、やんちゃで少しがるがるしたい時期の弟が許すはずもなく。完全に目を覚ましている鈴彦は、自分の掛け布団から抜け出して直の布団へもそもそ移動。背中に顔をこすりつけてみたり、抱き着いて腹の辺りへ手を突っ込んで触ってみたり。あれこれと繰り返す。
 しかし慣れている直はすやすや、寝息まで立てて眠っていて。
 それならと、パジャマのボタンを外して前をはだけさせ、胸元を撫でたり、ズボンの中へ手を突っ込んでみたり。しなやかな筋肉を手に感じて、意外と硬い太腿などの感触を楽しんでいた。年齢を考えても、身体の張りや食事の量、様々な場面で感じないのがすごい。とひっそり思っている。

 耳を見るとピアスの穴の痕がある。つけているところは見たことないが、若い頃はしていたのかもしれない。そういえば直が若い頃の写真というのは家に存在しない。どれも、鈴彦と暮らし始めた頃から始まっている。つけているらしい日記も、アルバムも。
 若い頃はさぞ人から愛されたんだろうと思うし、本人も否定しない。
 姿の見えない相手に嫉妬するのはとても疲れる。こうやって誰かが直に触れたのかと思うとなんだかもやもやする。でも考えは止まらず、どんな人がどうやって触っていたのか、そのときは直は目を覚ましたんだろうか、考え始めるとますますもやもやもやもやと腹の中が気持ち悪くなった。

 短めのボクサーパンツの、太腿の布と肌の境目辺りを撫でる。撫でると言うよりも、擦るに近いような力強いものだったが。
 そのとき、直が何かを呟いた。それは異国語で、なんとなくだけれど雰囲気としては「いたずらしないでじっとして」と言っているような気がする。甘ったるい低音で、どこか異国の人間にそう囁いたことがあるんだろうか。

 寝るときは布団じゃないと熟睡できないくせに。
 寝ているときに寒くなるとすぐ目を覚ましてしまうから厚着して気に入る布団じゃないと嫌なくせに。
 どっかで、ベッドに寝ながら、きっと素っ裸でそんな囁きをしたことがあるんだろう。


「……直のくそやろう」


 想像でしかないのに、思わず口から出てしまった。


「寝起きに罵られるとは新鮮な経験だな……」


 とろりとした声でつぶやきが聞こえ、肌を擦っていた手の首をがっちり掴まれる。


「なんで僕の太腿の肌をそんなに激しく摩擦してたの。腹が立って火でも着けようと思った?」
「別に怒ってねー」
「じゃあなんで僕は急に罵られたんだろう」
「気分」


 握りしめた手首からスライドして手を握られる。手はごつごつとして大きく、成長すれば追いつけるかと思ったけれどまだ直のほうが大きい。心も、身体も、愛情も、何もかも直のほうがずっと上。


「……鈴彦くん、今とっても変な顔、してるでしょう」
「知らねー」


 直はずっと先にいる。そのうち知らんぷりして、どこかへ行ってしまうのではないだろうか。好きだし、愛してるし、素直じゃないながらも伝えてきたつもりだ。直もきっと思ってくれている、だろう。

 背中へ額を擦りつける。
 眠っていたからか温かい。ほっとする体温だ。幼いときからずっと感じてきたもの。


「……直」
「なんでしょうか、考え込みすぎるお坊ちゃま」
「直、お前、おれのためならなんでもするんだろ」
「そんなことも言ったかも」
「うそかよ」
「嘘じゃないよ。鈴彦くんのためならなんでもしてあげる。何かして欲しいことがあるの?」
「……別に」
「あったら言って。なんでもする。本当だよ。鈴彦くんが幸せに生きていけるなら僕はできる限りのことをする」


 直が、身体をひっくり返した。
 長い腕でそっと鈴彦を抱き締める。


「あと、不安なこととかいらいらすることとかあるんだったら言って。鈴彦くんといられる時間は短いから、なんでも話してもらいたい。僕はどうやら鈴彦くんに関して疎いみたいだからね」
「直は」
「ん?」
「なんかねーの。おれに、話すこと」
「ない、かな。ああ、すりすりしてくる鈴彦くんは最高に可愛いってこととか」
「いらねー」
「朝ご飯に、かぼちゃの冷たいスープが作ってある、とか」
「ほんとか」
「鈴彦くん、そろそろ飲みたいかなって。夏の定番だもんね」


 ちゅう、と額に口づけ。そのあと、片手のひらが頬をむにむにと揉み、撫でた。


「会いたかったよ、鈴彦くん」
「……ふーん」
「もうちょっと先でいいかな?」
「なにが」
「かぼちゃのスープ」


 よいしょ、と身体を起こした直が覆いかぶさる。鈴彦の、への字の唇にキスをして、甘く笑った。


「……直、誰にでも言ってんの?」
「残念ながらスープで目をきらきらさせてくれる素敵な子とレンアイするのは初めてなもので」
「ふーん」
「ちょっとしたことでくるくる表情を変えてくれて意地っ張りで、素直で一生懸命で優しくて、人生で一番すばらしくて可愛い子なんだ。初恋気分」
「へーえ」
「愛してるよ、鈴彦くん」


 優しく笑って、頬に口付けしながら言う。鈴彦は離れかけた唇を追い掛け、噛み付くようにキスをした。


「甘やかせ」
「はいはい」
「うんと、だぞ」
「承知致しました」

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