土曜日、仕事も学校も休みの朝はふたり仲良く遅くまで寝ている。九時ほどまでベッドの中夢の中、先に目を覚ますのは大体直だ。目を開けると鈴彦が隣にぴったりくっついているけれど身体はあちらを向いていて、直に接着しているのは背中。それでもぽかぽか温かさを感じ、そっと抱きしめた。その温もりに再び眠ってしまいそうになる。が、眠る前に軽く手の甲をつねられたのでそうはならなかった。


「起きたの、鈴彦くん」
「んー」


 ぼやけた声。どうやらまだ目を覚ましきってはいないようだ。
 もぞりと方向転換をして、顔を胸に埋めて擦り付けてくる。とっても可愛い。後頭部のあたりを撫でて頭のてっぺんへ口付けると、またかすかにうなりながらあむあむ口を動かす感触が薄いシャツ越しに伝わる。


「鈴彦くん、可愛いね」


 起きているときに言えば顔を真っ赤にしながら「うるせーばか」と言ってくる。撫でてもキスをしても抱きしめても同じようなリアクション。けれど本当は嬉しいようで、一度だけでおとなしく離れると慌てたように服の裾を引っ張り、上目遣いに見上げてくる。それがかなり好きなので、今みたいにおとなしく抱きしめられているとか黙っている、という状況は違和感がある。
 わざわざ起きるように仕向けてみる。むやみやたらに身体を撫で回してみたり、髪を撫でてみたり。


「……うるせー……」
「鈴彦くん、好きだよ」
「……」


 寝る子は育つというのか、一向に目を覚ます気配なし。
 仕方なくそっと離れて身体を起こした。時計はもう十時に近い。
 一階へ降り、お茶を沸かして飲むことにする。やかんを火にかけ、あくびをしつつカーテンやブラインドを開けていくと、朝というには明るすぎる光が目に飛び込んできた。それもそうだ、もう十時なのだから。
 玄関周辺の窓を開け放ち風を入れ、リビングへ戻る。ついでにそこらへんの窓を開けたりサッシをあけたり。風を浴びてようやく目が覚めた。

 お湯が沸き、茶葉を取り出しつつ選ぶが、今ひとつぴんとこなかったので湯のまま飲むことにした。白湯というのは冷まさなければ白湯と言わないのだろうかなどと考えながら、大き目のカップへ注いで立ったまま口をつける。爽やかな風が開けた勝手口からさわさわ吹いてきた。
 さて鈴彦がいつ目を覚ますだろうかと考えながら着替えて拭き掃除をしたり掃除機をかけたり。穏やかな、いつもと変わらない休日だ。結局鈴彦は十一時に起き出してきた。


「……なおし、早くね?」
「早くないよ。十時」


 すでに掃除を済ませた直はソファに座って新聞を読んでいた。


「なんで先に起きるんだよ」


 むっとした顔で隣へ座り、頭突きのように肩へ頭をぶつけてくる。笑いながら新聞を読み続けていたら、今度は裏から突いてきた。ばさばさ、音をたてて揺れる新聞紙。読みにくいが読めないわけではない。
 反応をしてくれないことが嫌だったようで、ますますむっとした顔でテーブルに置かれたカップを持ち上げ白湯を飲んだ。ごくごく、身体を潤す鈴彦は自分で二杯目を注ぎに行き、しばらくキッチンから戻ってこなかった。おそらく立ったまま飲んでいるのだろう。自分と同じ癖。
 くす、と笑った直は読み終わった新聞を丁寧に畳んでテーブルの上へ。カップを持って戻って来た鈴彦は新聞の隣へ置き、隣に座るのかと思いきや膝の上へ。直は細身だが、意外と太ももは太くて硬い。そこへ座った鈴彦は、じとっと直の顔を見下ろす。


「なんで先に起きるんだよ」


 先ほどと同じことばを繰り返す。


「よく寝ていたから、起こすのが忍びなくて。寂しかったかな」
「ばっ、別に寂しいとかじゃねーから。ただ、また寝てるときにいなくなったのかと、思った、だけ、だし」


 尻すぼみに消えていく言葉。唇をとがらせた鈴彦は何かを言いたそうにしたあと、結局口をつぐんで直の肩へ額を摺りつけた。ゆるく弧を描く背中を撫で、こっそり笑う。
 鈴彦が幼いときから、たびたび夜に呼び出されて家を空けることがあった。子どものころはひとりで寝かせるのは不安だったので常に住み込みのお手伝いさんにいてもらっていたのだが、彼女の話では直がいないと知るやぎゃんぎゃんと泣き喚いていた、という。中学校に上がった辺りからひとりでいられると主張したのでお手伝いさん制度を無くしたが、朝になって帰ってきたら目を真っ赤にしていたり布団が干してあったり、知らないうちにいなくなるというのがずいぶん恐怖であるらしいと知った。どうやら今もそうであるようだ。
 こんなに素直に口にするのは珍しい。


「ごめんね」
「別に」
「鈴彦くん、朝ごはん、何食べる? もう昼だけど」
「……たんたんめん」
「え、寝起きなのに?」
「からくないやつ、作れよ」
「若いねえ」
「作るのか、つくらねーのか」
「作るよ。ちょっと待ってね」


 よいしょ、と、鈴彦をソファへ下ろして子どもにするように頭を撫でる。赤っぽいふわふわの髪。
 唇はとがったままだったが、頭を撫でられると徐々に収まっていった。


「鈴彦くん、可愛い」
「うるせーばか」
「あー可愛い」
「うるせー」
「待っててね」
「うん」


 甜麺醤やひき肉、花椒など必要なものを取り出し野菜を準備する。
 ソファの向こうの鈴彦は新聞を開いていた。熱心に読んでいるのは本紹介のコーナーのようだ。新しい本が増えるかもしれない。


「なおし」
「んー?」
「映画観たい」
「どんな?」
「怖いの」
「……眠れなくならない?」
「別に、直がいればいー」
「ふぅん」
「……うそだからな」
「はいはい」

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