穏やかでしなやか、いかにも大人の男然とした落ち着いた立ち居振る舞いが素敵だと言われる十里木直。
 ロマンスグレーに優しい目元や渋みのある深い低音は主に女子から人気で、見つめられたい声を聞きたいがために話しかけに行く者もある。若い頃の美男ぶりを十分残した素敵中年、体型はすっきりしていて背が高い。

 そんな直は会議終わりに部屋を出て行く部下のひとりを呼び止めた。
 人の波を止めないように隅の自販機の陰で紙袋を差し出す。さり気なく光るブランドロゴ、有名なバスグッズの老舗だ。
 受け取った加賀は礼を言いながら嬉しそうに笑う。
 部内一のハンサムと部内一のイケメンが楽しそうに話している姿は目を引き、ちらちら視線を投げられてはいるが、誰も話しかけたり割って入ったりはしない。
 仕事も相当デキる二人なので、おそらく今手がけている案件について語り合っているのだろう、と思われやすい。
 さて、本当の話題は何かと言うと……


「使わせていただきます」
「うん。若い子の肌がさらにつるつるになって素晴らしい手触りになるから、ぜひ楽しんでください」
「楽しみです。あ、この前いただいたお菓子、すごく喜んでました」
「それは良かった。うちも、加賀くんがくれたシュークリームで感激していたよ。どこで買ったのかぜひ聞かせてほしいな」


 話題は主に「うちの子」を中心に食べさせるものや生活、悩みなどである。
 犬や猫の話でもなければ、実子の話でもない。二人は独身である。
 「うちの子」
 それはどちらも年の離れた男の子。十里木と加賀は現在、それはもう可愛らしい年下の男の子に夢中なのだ。
 加賀のところにいるのは美人で甲斐甲斐しい男の子。では十里木のところにいるのは――。

 本日の業務終了、帰宅準備をして時計を見たら既に午前二時だった。午前零時始まりで会議があったので仕方ない。まだ残っている幾人かに声を掛け、車を運転してまっすぐ帰宅。
 家は郊外の静かな住宅街にある一軒家。ガレージに車を入れシャッターを下ろし、螺旋状の石段を上がる。洋風レンガ調のなかなか可愛い外観の家に十里木は愛する子と二人暮らしだ。

 ドアを開けると灯りが点いており、音を聞きつけたのかリビングの方からぽすぽす足音がした。寒いからと買ってあげたルームシューズをきちんと履いてくれているらしい。


「おっせーよ、もうちょっとで寝るとこだったわ」


 不満げな顔でやってきたのは赤みがかった茶色に染め上げられた髪をツーブロックにした男の子。眉は薄く短くあってなきようなもの、目つきが少々悪いが、全体的な作りとしては悪くない。なんとなくヤンチャな雰囲気漂う少年である。
 下から睨みつけ、口では文句を言うがその手はすでに十里木のコートの裾を掴んでいる。


「お出迎えありがとう、鈴彦くん。待っていてくれたんだね」
「待ってねーし」


 優しい笑みを絶やさず頭を撫でると、染められているにも関わらず柔らかな手触りが良かった。
 触んな、と言う割には振りほどいたりしない。ひとしきり撫でられてからハッとしたような顔をして、ぷいとリビングへ行ってしまった。茶色の熊の顔がついたぽすぽすが愛らしい。

 整然としたリビング、大画面のテレビを囲うように作られた棚にはぎっしりDVDが収められている。ジャンル、内容は様々。映画からドラマ、ドキュメンタリー、ライブ、舞台と幅広い。
 エンドロールが流れているので何やら見ていたに違いない。テーブルを挟んでドンと置かれた特注のソファ上にケースがある。


「鈴彦くん、ひとりで怖いの見てたんだ」
「それ、別に怖くねー。飯は」
「まだ。鈴彦くんは?」
「適当に食ったけど、待ってたら腹減った」


 対面式のキッチンの端にある冷蔵庫を覗きながら言う。それに、くす、と笑う十里木。


「やっぱり待っててくれたんじゃない?」
「ちっ……ちげーから」
「お礼に何か作るよ。って言ってもこんな時間だから、お茶漬けでいいかな。鈴彦くんが好きなねぎとごま、たっぷり入れただしのやつ」
「……早くしろよな」


 スーツのジャケットを脱ぎ、ソファの背もたれに置いてストライプのシャツの袖を捲る。オフィスワークとは思えない切れ上がった腕の筋は特別鍛えているわけではなく、人より筋肉がつきやすい身体だからだ。
 ねぎを刻んでいたら鈴彦がせっせとスーツとコート、鞄を回収してリビング隣のウォークインクローゼットに消えていった。それを見てこっそり笑う。

 同居している十里木鈴彦を弟だ、と言っても誰も信じない。顔も似ていないし歳が離れているのが信じてもらえない理由だ。年齢において言えば、現在十六歳の彼と十里木直とは三十歳ちょっと離れている。
 理由は簡単、鈴彦は直の父親が再婚した相手の連れ子だったのだ。

 十三年前、親戚一族の反対を押し切って父親が再婚した相手は二十歳の女性。その彼女が連れていたのが当時三歳の鈴彦だった。

 十里木、といえばそこそこ名門、その筆頭であった父親が連れ子のいる小娘と再婚するとあって大いに揺れ、更に結婚した二年後に父親は死亡した。
 当然親戚一族は躍起になって小娘と子供を叩き出した。当時のことは直もよく知らない。反りの合わなかった父親が亡くなったからと葬式に行く気も親族会議に出る気もなく、海外生活を謳歌していたからだ。

 父親が亡くなって三年、転職して日本に戻ってきた直の連絡先をどう入手したのか、女性が手紙を寄越した。
 曰く、自分は病に冒されもう先がないからどうか鈴彦を引き取って成人になるまで育ててやってはもらえないか、というもの。
 消え入りそうな文字で書かれた住所の児童養護施設へ行ってみたら、鈴彦がいた。黒髪つるつるのフェアリー。
 何度か会ううちに寝ても覚めてもフェアリーが忘れられないようになり、手続きをこなし面談を受け、経済力チェックなどもクリアし引き取った。一度抜かれた籍を戻し、現在も「弟」として載っている。

 現在はプチ反抗期というか、なんとなくガルガルしてみたい尖った年頃らしい。それでもこうしてスーツの手入れをしてくれたり、さっきみたいにスキンシップを好んでいる。
 愛されたがり、構われたがり。反抗期というよりは寂しくて、その寂しさの追いやり方がわからないのだろう。

 ねぎと醤油とかつおだしで出来上がった汁を黒い丼に盛ったご飯にたっぷり注ぎ、三つ葉とわさびと梅の叩いたものを添え、ごまをかければ出来上がり。
 れんげでぱくぱく食べる横顔を眺め、にやにやしていたようで鈴彦に睨まれてしまった。それでも可愛くて仕方ない。


「歯、きれいに磨くんだよ」
「うるせーな。わかってるよ」


 風呂に入り酒を少々飲み、歯を磨いて電気を消して二階の寝室へ。和室で布団にしているのは、なんとなくベッドは寝にくいからだった。
 障子を閉め、隙間をとって二組敷かれた布団の膨らんでいない方へ横になる。明日は休みだからゆっくり眠れる。冷蔵庫の中身はしっかり管理されていたから買い物に行く必要はなさそうだ。

 つらつらあれこれ考えていたら、背中にもぞりとくっついた体温があった。腰に腕を回し、足に足を絡めてくる。これは――


「眠れないのかな? 鈴彦くん」


 直の深い声は背中にもよく響く。頬をくっつけていた鈴彦は、大人の響きにじんわり頬を染めた。


「別に眠れなくねぇ、けど」
「じゃあお休み」
「なおし……いじわるすんなよ……わかってんだろ……」


 たどたどしい声、くいとパジャマを引く細い指先。くるりと身体を仰向けにすると、腹のあたりにのしかかる体重。
 手探りで枕元の電気スタンドを点ける。
 小さな明かりの範囲に含まれた直の腹の上、鈴彦がいた。


「なんだよ……」


 目が合うとバツが悪そうな顔をする。しかしその下半身はもじもじ、忙しなく動いていた。小振りな尻がふわふわ腹を刺激する。


「何がしたいのかな。僕にはわからないよ」


 黒いスウェット素材のズボンの上から太ももをさらりと撫でる。それだけでびくんと身体を震わせた。恥ずかしそうに目元を染め、上半身を伏せて頬に頬を寄せて耳元で囁く。


「おれと、えっち、しろ、ばかなおし」
「……たまらないね。鈴彦くん」


 片手で顎を捉え、口付ける。最初は軽く、だんだん深く。息さえ奪うようにしながら、もう片方の手をスウェットの上着の裾から滑り込ませた。ぷっくり尖った乳首を指先でこりこり。
 甘ったるい刺激に子犬のような鳴き声を漏らしながら腰を擦りつけてくる。硬くなったものが生地越しに存在を主張した。


「腰が揺れてるよ。気持ちよくしてほしい?」
「して……なおしの、手、で」
「どうして? 自分の手じゃだめ?」 


 無遠慮に後ろから手を突っ込む。下着の上から尻の間を辿れば、もどかしそうにぴくぴくする。
 一旦引き抜き、あらためて前から入れる。やわやわ指をまとわりつかせただけで、はぅん、と声を出した。


「自分の手は嫌?」
「……足りない……なおしの、おっきい手じゃなきゃ、いけない……」


 普段は尖った視線をよこす目が、うるうるしながら直を見下ろす。ちゅ、ちゅ、と啄むだけの拙いキスでこんなに煽られるのは鈴彦相手の時だけで。


「変な癖つけちゃったな……」


 ごめんね、と心にもない口先だけの謝罪。詫びのつもりか不埒な手が鈴彦の硬くなったそれを適度に握る。緩やかなものから激しいものへ変わる動きに、直のパジャマにしがみついて腰だけ上げ、身体をびくびくっと震わせる。
 どろどろになった下着が不快だ。
 熱い息を吐き、吸い、せわしなく肺を動かす。直の手が今度は尻に戻った。


「鈴彦くんのすけべ」


 サラリと言われて泣きそうになったが、額に口付けられ微笑まれて涙が引っ込んだ。
 直は出会った頃より確かに歳を重ねているのに、今のほうがずっと好き。そんなことはなかなか言えないけれど。


「だれのせいだよ、ばか」


 とろとろに溶けた目で睨まれ、ふにゃふにゃになった口調で罵られても興奮するだけだ。
 両手で尻を揉み、ぷにぷにした感触とハリを感じながら両人差し指で窄まりを撫でる。くるりと撫でただけで、肩にしがみついて声を出す。


「いい匂い」


 高校生の若い匂いがする髪を嗅ぎながら下半身に不埒な悪戯を繰り返す。まだ発達途上の青い身体は張り詰めたり緩んだりを繰り返しながら、粘度の高い液体を纏った直の指を熱くて狭い中に受け入れた。


「ん……も、いれろよ……」
「だめ。もう少し我慢しなさい」


 ひくんひくん震えている身体を愛しく感じる。ぐちぐち、わざと音を鳴らすように出入りさせると非難がましく涙目に睨まれた。


「おしり、よく広がるようになったね。女の子みたいだ。熱くて狭いから、処女かな」
「ば……かじゃねぇの。ん、ぁっ!」
「そうだね。鈴彦くんの大切な処女は僕が奪ってしまったから、もう中古のえろ穴だ。お友だちに知られたらきっと軽蔑されるよ」


 傍らの豆箪笥の引き出しから、茶色の小さな袋を取り出す。高級感あふれる個別パッケージのチョコレートにも見える、コンドーム。開封してさっさとつけ、睨みつけてくる目を見つめながらゆっくり挿入した。


「ひぁ」


 ぬ、と入り込んだ塊。太い熱さが中を踏み荒らし、奥へ奥へと進んでいく。


「男を受け入れてそんな顔をして……お友だちに見せてあげたらどう? ぼくがいないときに可愛がってくれるかもしれないよ」
「や、いらね……ぇ」
「想像した? 締まって凄く……いい」
「してね、」
「たくさんのお友だちに代わる代わるここ虐められて、お口で奉仕させられて、手とか脇とか、全部使われてしまうかも」


 ふ、と息を吐いた。奥の奥にいれて軽く腰を揺らす。ここを他の男が好きなようにしたら、など、考えるだけで腹が立つ。しかしそんな風にされた鈴彦が、最中にどんな顔をするか見てみたいような気もする。
 誰にされてもこうして怯えた小動物のように身体を震わせ、ぬるぬる締め付けて喜ばせるのだろうか。強気な目を伏せてしがみつき、愛しさでがんじがらめにするのだろうか。


「僕とするよりいいんじゃないか」
「……っ、なんで、んなこと、言うんだよ」


 直はときどき意地悪を言う。普段優しいのに、身体を重ねると何かスイッチが入ったようにいきなりいじめてくるのだ。
 普段は目尻が下がり気味で優しい顔なのに、こうなるとひどく冷たい眼差し。声まで変わる。今日はなんだか一際で、鈴彦の目から今度こそ涙が溢れた。
 ほろほろ泣き始めたのを見てスイッチがオフになる。別にいじめたいわけではないのだが、口をついて出てしまうのだ。


「なおしじゃ、なきゃ、やっ、や、なのに、なおしが、いじめる」
「ごめんね」
「やだ。もう、やだ。なんでいじわる、すんの」
「鈴彦くんがかわいいから」
「かわい、けりゃ、何してもいいっ、のかよ」
「駄目だよね。ごめん」
「なおしの、ばか」
「うん」
「……っ、頭、なでろっ」
「はい」


 後頭部に指を差し入れ、ゆっくり撫でる。襟足は短く刈り込まれてさりさりした感触が気持ちいいし、そこから上は長めの髪で撫でていると毛並みの良い動物に触れているような気分になった。


「ごめんね」
「ふん」
「もう今日はやめようか。お風呂入って寝よう」
「……やだ」
「え?」
「やだ」


 ゆら。と、腰を揺らす。直の腹に手をついて上半身を起こし、直を見下ろした。勝ち気な眼差し。


「えろいから、足りねぇ。こんな中途半端、じゃあ」
「……鈴彦くん?」
「絞りとってやるよオッサン。満足いくまで、やらせろ。えろいからな、おれは」


 直の腹の上で舌なめずりをする。その様子に苦笑い。休みはどうやら体力と腰の回復に努めることになりそうだ。





「ところで、十里木さんのところにいるのってどんな子なんです?」
「ヤンチャで可愛い子だよ。やられたらやり返す強気なタイプでね。会ったらびっくりするかもしれない」
「気になります」
「休みが合えば、遊びに来てほしいな。僕も君の大切な子を見てみたいから」

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