右京(うきょう)
鈴彦(すずひこ)





 休み時間でも授業中とさほど変わらない静けさ。その中で机に伏せて眠っている鈴彦、その前の席で本を開いている右京。殺伐とした雰囲気が漂っている教室内で、二人のところだけはのんびりとした空気だ。
 本の世界に没頭していた右京だったが、突如後ろで激しい音がして、思わず一緒に肩を揺らした。本の内容がすべて飛んでしまいそうになる。振り返るとぜえぜえした鈴彦が机の上で拳を握りしめていた。


「どうしたの、鈴ちゃん」
「いや……手足縛られて豚の丸焼きみたいに吊るされて下から石槍で突かれる夢見た……」
「……すごい夢だね……」
「変な体勢で寝るもんじゃねー……膝、超痛ぇ……」


 どうやら寝ながら身体が激しく揺れ、机の下で思い切り膝が跳ね上がった結果、机の底で強打したらしい。握りしめていた両手を解いて、今は膝を撫でさすっている。大丈夫? と尋ねるとこくりと頷き、しばらくしてから顔を上げた。そして、右京の手元にある本に目を留める。


「うきょー、何読んでんだ」
「童話」


 右京の手から取り、ぐるぐると一周させると裏には学内図書館のバーコードが貼りつけてあることに気付いた。何でも読むとは聞いていたが、童話も読むのかとぱらぱらページを送ってみる。そしてぽいっと放るように返した。


「べったべたの童話じゃねーか」
「べったべたの童話って何」
「お姫様と王子様がうんぬんかんぬん〜ってやつ」
「童話ってそういうのばっかりじゃないと思うけど」


 ぺらり、続きを開いた右京。ちょうど挿絵があり、王子が姫の前へ跪いて手の甲に口づけている場面が淡い色彩で描かれている。


「実際にこんなことするやつ、今はいねーよな」
「見たことあるけど」
「まじか、どこで」
「知り合いが、かの……かれ……恋人にやってた」


 右京の頭に浮かんだのは、一見すると生きているとは思えないようなお人形フェイスの男。以前アルバイトを斡旋してもらっていた男で、恋人を常にお姫様扱い、跪くのはいつものことで、手の甲にキスもしていた。


「絵になる人がやると、結構悪くない」
「ふぅん……加賀さんも似合いそうだな」
「おじさんは絶対似合う。十里木さんも似合いそうだよ」
「いや、あれは胡散臭いし王子って柄じゃないからダメだ」


 即座に否定する鈴彦。うんざり顔で手を左右に振って溜息までついた。想像してみるとあの長い脚を折って跪き、キスをする姿は絵になるが、鈴彦が思い切り嫌そうな顔をしているところしか浮かばない。普段の二人の関係を見ているからだろう。
 手の甲にキスという行為に興味を持っているらしい鈴彦を見て右京は何やら閃いた顔。椅子から立ち上がるとおもむろに鈴彦の隣へ片膝をつき、皮膚の薄いごつごつとした手をそっと取る。さすがに周りがざわめいた。


「……姫、あなたは今日もとても美しい。あなたのまばゆい美しさの前では、太陽の光でさえ、かすんでしまいます」


 そう言って、振りではなく実際に口づける。しかし鈴彦は楽しそうに笑うばかり。


「太陽よりまぶしいってやばいだろ。直視できねーじゃん」
「……姫、姫は……コーシーの定理より美しい……」
「わかりにくいわ。そこは花より美しい、とかでいいだろ」
「面白くないと思って」


 膝を手で払い、もう一度椅子に座る右京。鈴彦にことごとく突っ込まれてどこか不満そうに見えなくもない。むっと微かに唇がつきでている。それを見て、鈴彦は右京の手を取った。
 目に力をこめ、きりっとした凛々しい顔を作る。少々悪そうな顔立ちだが整っているし、赤いツーブロックのピアス王子だと思えば良い。いささか乱暴ではあるが。
 そして手は鈴彦の唇のそばに持ち上げられた。


「ああ、姫の手はまるで白雪のよう。わたしが触れたら溶けてしまいそうで恐ろしい。それでもこの気持ちがとめられないわたしを……許してくれますか、姫」


 いつもとは違う声、妙に整ったそれで言って、ちゅ……っとキス。周りが妙な具合にざわめいているのに、当の二人は全く気付かない。


「意外と鈴ちゃん、似合うね」
「意外とってなんだよ。直がそういうこと言うから真似しただけだ。あいつは手にキスしたりはしねーけどな」
「唇にはするんでしょ」
「……」


 机の上に置かれた本はいまだに挿絵のページが開かれたまま。それをもう一度手に持ち、右京は「おじさんにやってもらおう」と呟く。鈴彦はふたりがそうやっているところを少し見てみたいな、などと思っていた。


「あ、青あざ」
「ずいぶん勢いよく打ったんだね。痛そう」


 ざわざわと教室内がざわめいていることにさえ気づかず、二人は一緒に鈴彦の膝などを覗き込んでいた。

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