右京(うきょう)
鈴彦(すずひこ)





「お邪魔しまぁす」
「うん、どうぞ」


 鈴彦が泊まりに来た。普段は十里木の家へ行くほうが多いが、今日は右京が家に来ないかと誘ったのである。昼間は一緒にまちをぶらぶら、本を買ったり店を覗いたり。夕方になって晩ご飯を食べてから適当なお菓子を買って、家に帰ってきた。
 普段、右京が眠っているソファに座った鈴彦がノートとペンを取り出す。右京はテレビの横に設置された背の高い棚の前に立ち、ぎっしり詰まったDVDを物色している。


「どれにする?」
「感想書きやすそうなやつ」
「恋愛? ホラー?」
「恋愛ものにしとくか」
「じゃあこれ。世界一有名な船の話」


 人差し指をひっかけて抜き出す。中からディスクを取り出してセットし、再生ボタンを押してから鈴彦の隣に座った。同じように筆記用具を持って。


「めんどくせーな、美術の課題なんて」
「一回の提出で評価が決まるから楽でいい」
「まあ何回も出せ出せ言われるよりかはましだけどな」


 鈴彦と右京が通う学校は成績至上主義で有名な進学校。体育や美術音楽といった授業も一応カリキュラムには入れられているし時間割にも入っているが、実際はその時間にも英語や数学などが講じられている。当然違法だ。しかし進学率がいいこと、政財界にOBOGが多いことから指摘されたことは一度もない。それら本来の科目の成績は一度の課題提出で決まることになっており、二人が映画を観始めたのは美術の課題のため。
 世界一有名だと言われる船のラブロマンスを冷めた目で見る二人。手は忙しく動いているものの、表情はひとつも変わらない。興味がない、というのがよくわかる。


「こういう煌めいたやつ、うさんくさくねー?」
「そう? 素敵だと思うけど」
「加賀さんは王子様タイプだよな」
「十里木さんは?」
「……執事のおっさんタイプ?」


 確かに直は王様王子様というよりも有能な執事のよう。人前に立つよりもそばに控えて的確な指摘をするようなキャラクタが似合いそうだ。メモをしながら右京がふふっと笑う。


「こういうさあ、貴族が手の甲に挨拶のキスしたりするやつ、加賀さん絶対似合う」
「十里木さんもいいと思うよ」
「いや、だめ。うさんくさすぎ」


 そうかなぁ、とつぶやいて、すこし想像してみる。鈴彦の手を取った直があの長身を折り曲げて口づける真似をする、悪くないシーンだ。しかしどう想像しても、されている側の鈴彦が嫌そうな顔をしている。普段見ているふたりがそういうふたりだからだろう。加賀がしてくれることを想像するときゅんきゅんどきどき、是非してもらいたいと思った。

 無表情の下で想像たくましくしている右京を横目に、肘掛けに頬杖をついた鈴彦は溜息。
 直がしたら確かに見た目は絵になりそうな気がするが、なんというかどことなくうさんくさくていやらしい。その点、加賀は爽やかでいかにも似合いそうな気がする。


「うきょーも似合いそうだよな」
「ん?」
「手の甲にキス。顔きれーだしよ」
「そうかな」


 少し考えたあと、右京は床に片膝をついて鈴彦の手を取った。そしてとても自然な様子で唇を近づける。通常、それはキスをする真似だけであることが多いが、右京はわざと鈴彦の皮膚の薄い手の甲へ唇を落とした。柔らかな感触に少しだけ頬を赤らめる。


「いかがですか」


 見上げてくる右京に、いいんじゃねーか、と目をそらしつつ言う鈴彦。王子様顔の右京がやると似合いすぎる。その反応に、よっこいしょと立ち上がると今度は鈴彦が右京の手を取った。


「んー、なんか柄じゃねーな」


 言いながら、甲へちゅっと口づけ。お互いの手の甲にキスをし合い、なんだか気恥ずかしくなった二人はその後、不自然なほどに集中して課題を済ませた。


 後日


「鈴ちゃんの手の甲、いい匂いがした」
「右京、鈴彦くんと何したの」

「うきょーの手の甲、薄いのに柔らかかった」
「……鈴彦くん、まさか右京くんと……」


もうひとつの王子ごっこキス

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