直(なおし)
加賀(かが)
右京(うきょう)
鈴彦(すずひこ)

四人でお出かけ。





「おおお……滝だ」
「すごい」
「そうだな」


 青いオールインワンに黒いインナー、サンダル姿でいつものように赤みがかった茶色のツーブロックヘアの鈴彦と白い半袖のシャツに黒デニム、サンダルを履いた右京。横並びで木を模した柵に掴まり、その向こうで轟々と音をたてて流れ落ちてくる滝を見上げている。幾筋にも分かれた流れが、細く、太く、様々に下りて来る。角度を変えて見ると、虹が浮かんで見えた。
 感動するふたりの後ろで、直と加賀の保護者二人は茶屋の店先のベンチに腰を下ろして抹茶をいただいている。ついでにきなこと黒蜜の餅も頼んでおいた。
 世の中の蒸し暑さなどここには関係ないようで、肌寒いくらいだ。周りが深い森なのも関係しているのだろう。


「天気が好くてよかったですね」
「そうだね。これならきっと夜の花火もきれいに見えるだろうね」


 保護者はのんびりと話しつつ、あっち行ってみようぜ! と、滝により近い場所まで連れ立って行くふたりの姿を見守る。柵の範囲内なので問題は無いはずだ。

 一日休みを手にして、前々から鈴彦と右京と約束していた花火大会へ。車で一時間ほどの場所の川べりで行われる花火大会なので、ついでに付近を観光しようと昼ごろ家を出てやってきた。
 国道の脇にある駐車場に車を停め、石段をぐるぐると下ること十分。聞こえていた音だけでも迫力があったが、目の前にするとやはり圧巻だ。どうどうと、白い泡を立てて水面にぶつかるように流れ落ちるのを見つつ、運ばれてきた餅を口にする。


「あー、休みって感じ」


 隣で直がしみじみと口にしたのを、加賀は苦笑いで聞いていた。管理職で忙しい直は本当に休みが取れない。休みとはいえ部下から連絡が入ったり、上司から休みのところ悪いんだけどと頼まれたり、能力が高い故に頼られ、本人もそれを断らないのである。
 仕事が全体的に忙しい部署なので仕方がないかとも思うが、こうしてのんびり出かけるのもいつぶりだろうと、先ほど車の中でも呟いていた。


「鈴彦くんも楽しそうだな。あんな顔、最近見てなかった」


 ボランティアの観光案内のおじいさんによって滝から少し離れた浅瀬に案内され、水が冷たいとか、きれいだとかいいながら足を浸して遊んでいる。


「直! 水底になんかある!」


 きつくも見えるつり気味の目だが、今日はとってもきらきらしている。いつものつんつんはどこへやら、嬉しそうに直を呼ぶ鈴彦。隣で右京は水底を凝視していて、餅を食べ終え抹茶を飲み干した二人は代金を払ってよっこらせ、と立ち上がり、近付いた。
 足元も石になっているので滑らないように注意しつつ、直は長身を折り曲げて覗き込む。透明な水の底、岩がでこぼこしているそこに、確かに何かがあるようだった。


「……龍?」


 加賀も隣に並んで一緒に覗いてみる。


「龍、ですね」


 小さな小さな、けれどとても精密に彫り込まれたような龍だった。
 右京が手を差し入れてみる。


「岩っぽい」
「どうやって彫ったんだろー。水の中でか?」


 不思議そうな右京と鈴彦。
 四人は一緒に、案内のおじさんを見上げた。おじいさんも首を傾げる。


「わたしらが子どもの頃からあるんでねえ。昔はそこに水がなくって、露出していた岩に誰かが彫ったんじゃないかって言い合ったもんです」
「そのときからこんな風にここだけえぐれてたんでしょうか」


 加賀の言葉に、そうだねえ、と言うおじいおさん。


「言い伝えの中には、龍の神さまがそこでお休みになっていたっていうのもありますけどねえ」
「それはそれで素敵ですね」


 りゅう、と二人で呟いて、鈴彦右京は水面に釘付け。
 龍か、と呟いた直は鈴彦の頭を撫でた。


「鈴彦くんたちには、まだ見えるかもしれないね」
「そうなのか?」
「うん」
「……それって俺が子どもだからってことか? ふん」


 ばしっと手を払う。痛い、と、それでも微笑みを絶やさない直。


「見えるのかな」
「見えたらファンタジックで素敵かもね」


 右京は加賀を見上げ、加賀は穏やかに返した。ざぶりと上がってきた二人にそれぞれ、タオルを渡す。用意がいい年長者。足を拭いて案内のおじいさんに礼を言い、滝に別れを告げて下ってきた長い長い石段を上がる。


「……辛い……」
「長い」
「膝が痛い」
「……」


 休み休み上がったにも関わらず、地上に戻る頃には四人とも大きなダメージを受けていた。このあと行く予定の洞窟は、山に沿って成っている。果たしてこの辛さが回復するだろうかと懸念する加賀と直。
 案の定、洞窟に入るときの穴がとても低く、年長者ふたりの膝ががくがくぶるぶるしてしまった。
 右京を先頭に鈴彦、直、加賀の順に進む。右京と直の手には、入り口でお金を支払うときに渡された懐中電灯。


「年寄りかよ」
「年寄りだよ……」


 長身の直には天井の低い洞窟が相当辛いようで、中腰で進みながら笑顔が歪んでいる。鈴彦は「けっ」と言って、その様子を笑った。


「おじさん、大丈夫?」
「俺は……まだいける……」


 風がどこからともなく吹いてくる、涼しい洞窟。洞窟奥深くの暗いところで、唸りをあげていた。


「あの音めっちゃ怖いんだけど、この奥何かあるのかよ」


 右京の腰のあたりに掴まりつつ、鈴彦が言う。


「一番奥にお堂があるんだって。お仏像に会えるって、書いてあった」
「お仏像?」
「うん」


 暗い中を進むこと、しばらくして。
 急に天井が高くなった。直は結局まだ辛そうだが、加賀や右京、鈴彦は先ほどより多少良い。
 懐中電灯で照らすと、風の唸りのほうに高くなっている場所があった。そこに鎮座してこちらを見ているのは、穏やかな表情の仏像。石でできているような外見で、しっとり湿っている。大体100センチほどの坐像。細い身体つきは、普段見るものと多少異なる。けれど、なんだか、とても落ち着く顔をしていた。


「すごい」


 しゃがむと、より目が合う。見守られているような、そんな気がした。


「……泣いてるみたい」


 右京が呟いた。天井からぽたりぽたりと垂れる水滴。それがちょうど頬の辺りに流れている。しばらく四人は、その様子を見つめていた。

 外に出ると、辺りは暗くなり始めていた。
 車は直の知り合いが営んでいるという店の裏手に置かせてもらい、ついでに浴衣への着替えも済ませた。
 鈴彦のは紺鼠地に白で流れる線が描いてあり、右京のは青碧の無地の浴衣、直は枯茶の無地浴衣で、加賀は栗梅に黒縞の入った浴衣。足元はそれぞれ下駄を履いている。

 花火が打ちあがる時間には、川べりに多くの人が集まっていた。


「きれいだね」


 人ごみの中で、右京が加賀の手を握る。隣を見て微笑んだ。


「そうだね。一緒に出かけられて、よかった」
「楽しい?」
「もちろん。右京も楽しいでしょ」
「うん」
「浴衣、よく似合ってるよ」
「おじさんも」


 寄り添っていちゃいちゃしている加賀と右京をちらりと見て微笑んだ直、隣の鈴彦の手に手を伸ばしてみると。


「なんだよ」


 見上げてきて、にらまれた。


「まだ許してねーぞ。直が夏休みに何回も何回も、出かける約束破ったの」
「ごめんね」
「悪いと思ってるんだったら、また休み取って来いよな」
「わかってます」
「ほんとかよ」
「本当だよ」


 手を握るのは拒否されたが、肩を抱くのは嫌がられなかった。一際大きな花火が打ちあがり、周りから歓声が聞こえる。


「鈴彦くんは素直でいいね」
「ふん。なんだよ、解りやすいってか」
「かわいい」
「かわいいって言われて喜ぶと思ってんのか」


 きーきー言いながら、目が合うとふいと目を逸らして真っ赤になる。その様子に、直はかわいいな、と呟いた。

 花火が上がる。空に大きく咲いては、一瞬で消えてしまう花。
 これが終われば、夏が終る。休みが終わり、高校が再開し、でも大人たちは何も変わらない毎日を送る。ただ少し忙しさが減りますようにと祈る成年ふたりと、未成年ふたり。


「帰りに何か買っていく? 屋台出てたよね」
「焼きそばとたこやきは鉄板」
「そうだね」


 右京の頭をなで、加賀はようやく、空に目を移した。
 花火よりも、隣の右京のほうが気になってしまっていたからだ。

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