親子恋愛です注意。
若干薄暗いかもです。普段のふたりとは少し違います注意。
途中右京がモブ教師に乱暴されかかります注意。




「お父さん」
「ん?」
「今日も遅いの?」
「うーん、ごめんね」
「うん。行ってらっしゃい」


 玄関で靴を履いて、いい子にしていてね、と、ぼくの頭を撫でるお父さん。いつも優しくて穏やかでいいお父さんだ。ドアが閉まると静かな部屋の中は一段灯りを落としたように暗く見える。
 朝ごはんのあとの食器を洗って片付けて、一度部屋に戻って持ってきた勉強道具をダイニングテーブルの上に置いた。色々な教材や問題集。ここでぼくはひとりで勉強をする。九時から十一時半まで、お昼を食べて一時半から三時までは勉強をすると決めている。学校へ行かなくても。
 わからないところはいくつかの教材を見て考える。誰かに習わなくても勉強ができると知って、ぼくは学校へ行くのをやめた。あまり興味も無かったし、人と付き合う気もそんなにない。付き合えないことは無いだろうけど、やる気が出ない。


「お父さん、ぼく、学校に行きたくない」


 最初お父さんはとても困った様子だった。何かがあったのか、とか、いじめ、とか聞いてきたけれど、総てに首を横に振った。


「興味が持てないんだ。ひとりで、何をしたいのか、ゆっくり考えたい」


 そうか、と、何回か呟いて頷いたお父さん。それからは、ぼくにカードを与えた。お金の代わりに、カード。欲しい本、教材、そのほか色々、自分が欲しいと思うものを買ったらいい、と言う。


「右京の興味が持てるようなことが、世の中にあったらいいね」


 そういってお父さんは笑った。
 だけどごめんね。本当は、違うんだ。学校に興味が無いのも本当だけど、何がしたいのか、どうして学校に行きたくないのか、深い場所にある原因も全部わかってる。
 お父さんと一緒にいたいだけ。この、お父さんの雰囲気がある家から動かないで、ただ帰りを待っていたいだけ。ぼくが家にいるとわかっていたらお父さんは仕事が終わってからすぐ帰ってきてくれる。誰かとどこかへ行ったりしない。関係を深めない。それが目的。
 好きだから。親子としてじゃなくて、多分、恋心。
 熱心に勉強をするのは、ぼくが何もできないとお父さんに思われたくないからで、いつか何かしたいときに学力がなくて動けない、なんてことにならないように。

 お父さんを好きになってはいけない、なんて誰が決めたんだろう。
 罪悪感なんて何もない。好きになるのは自由だ。
 でもきっとこれは子どもの主張にすぎないのだろう。口に出せばお父さんが苦しむかもしれない。そう思うと、告白する言葉は出ない。ただただ、こうして家にいることで惹きつけるしかない。

 午前の勉強を終えたら洗濯物を取り込んでお昼を作って食べて掃除をして、午後の分の勉強を始める。数学と理科と歴史は、学校の教科書はもう終った。新しく買った問題集を開いてひたすら没頭する。
 それを中断させたのは玄関から聞こえたチャイム。
 時計を見ると、五時。夏なのでまだ陽は高いが、夕方だ。
 リビングの壁にあるモニターを見ると、学校の担任教師だった。口をろくにきいたことのない、若い男性教師。何も答えずにボタンを押し、一階エントランスのドアを開けた。そこからホールに行ってエレベーターでこの階まで上がってくるのにそんなに時間は掛からない。一応お湯を沸かしてお茶を淹れる準備をする。


「加賀、どうして学校に来ないんだ」


 リビングのソファに座るなり、お決まりの言葉を口にする。溜息をつきたいのをこらえ、紅茶を出しつつテーブルを挟んだ向かいに座る。そこそこの顔立ちの、でもいかにも熱心な感じの教師。好きな人は好きだろうが、ぼくは鬱陶しく感じる。そもそもこの家に他人を入れたくない。
 黙っていたら、理由があるなら言ってみろ相談に乗るぞ、と言う。


「今まではお父さんと連絡を取っていたんだけどな、学校に行かない理由もわからないとか、自由にさせたいとか言うから。まったく無責任な……加賀、もしかしてお父さんとうまくいってないんじゃないか」
「それはないです」


 即座に否定する。でもそれが却って不信感を与えたのか、本当か、と、疑る目つきでこちらを見る。


「学校に来ない理由もお父さんと何かあったからじゃないのか」
「本当に違います」
「虐待とか」
「お父さんはそんなことしません」


 急に、担任が立ち上がった。
 隣に座り、手を伸ばしてくる。


「何するんですか」


 振り払っても手首をつかまれ、しばらく揉み合ってソファの上に押し倒される。ぼくの上に乗ってきた担任の息は荒く、とても怖かった。


「お父さんに虐待されてるんだろう? 傷がないか調べてやる」


 シャツの裾から手が入り込んできた。妙に近い顔、これは調べたいわけじゃない、と、本能でわかった。腹の辺りを撫で回し、胸のほうへ上がってくる汗っぽい手のひら。頬に唇がくっついて、その温かさが気持ち悪い。


「やめてください」
「加賀はどうも人と付き合うことが苦手みたいだから、スキンシップだよ」
「やめて、やだ、おとうさん」


 今日も帰りが遅くなる、と言っていた。お父さんは忙しいからいつも十一時くらいまで帰ってこない。絶望的。恐怖で涙がこぼれた。生温かいものが胸を弄り、足には硬いものがあたる。荒い息遣いの後ろの静かな部屋。お父さんといつも一緒にいる場所なのに。


「おとうさん、おとうさん」


 助けて、と。
 言ったら、リビングのドアが開いた。


「……何してるんですか」


 お父さんだった。
 スーツのジャケットを持って、白いシャツ姿で、暑かったのかネクタイも緩めている。真っ白の顔でぼくとぼくの上に馬乗りになっている担任を見て、まず最初に写真を撮った。


「違うんです、これは――お宅の、息子さんが」


 違う、と言いたかったけれど、震えてうまく口が動かない。泣くばかりのぼくを見たお父さんは、おもむろに近付いてきて持っていたジャケットで担任教師の首を後ろから絞め上げた。


「ご存知ですか、こういう柔らかいものだと、首を絞めても痕がつかないんですよ」


 耳元で囁く。その顔は今までに見たことの無い表情の無さ。いつもにこにこしているのに、恐怖さえ感じる冷ややかな無表情。


「どうしましょうか。このまま絞めてもいいですし、気絶させてどこかの山に放置してもいいです、よ」


 真っ赤な顔をしている男をぼくの上から引き摺り下ろし、床の上でもだえるのをやすやすと膝で押さえつける。
 やがて、動かなくなった。死んでしまったのだろうか。
 お父さんは手を離し、ぼくを抱き起こして膝の上に座らせ、ぎゅっと抱きしめてくれる。


「気絶してるだけ。だから、安心して」


 乱れた服を直してくれ、頭を撫でて額にキスをしてくれた。優しい顔、さきほどまでとは別人のように穏やかに微笑む。


「ただいま右京。早く帰って来てよかった」
「おとうさん、しごと、は」
「朝、右京が妙に寂しそうにしてたから早上がりにしてもらった。最近ずっと夜遅くまで働いてたからね」
「おとうさん」
「怖かったね。もう大丈夫だよ」


 お父さんは担任を背中に背負い、エレベーターで地下の駐車場へ行き、無造作にトランクへ入れた。そこにあった布で口を覆い、手足首にタオルを巻いてからロープで縛り上げる手並みの鮮やかさ。慣れているようにも見える。


「おとうさん、こういうこと、よくやるの」
「まさか。たまにだよ」


 たまにやるんだ。
 どういう状況でなのか聞いてみたかったけれど、やめておいた。


「ドライブしようか」


 軽い口調で言うお父さんの隣に乗って、暗くなった道を車が走り出す。


「右京、お父さん、右京の気持ち、わかってるよ」


 しばらく走って、お父さんがそんなことを言った。気持ち、と返しながら見ると、前を見たまま頷く。


「俺も、右京が好きだよ。どこにも行ってほしくない。誰とも付き合わないでもらいたい。俺だけ見てて欲しい。ずっとそう思ってた。だから正直、右京が学校に行きたくないって言ったとき、嬉しかった」
「そうなの……?」
「うん。ひどい親でごめんね」
「ううん」


 嬉しい、と思うぼくは酷いのだろうか。
 お父さんが好きだといってくれた喜びがじわじわと湧き上がる。両手を頬に当てるととても熱かった。もし明るい場所だったら真っ赤になっていたことがばれていただろう。


「ぼくも、お父さんが好きだよ」


 声に出したら思いのほか小さかった。けれどお父さんはちゃんと聞いてくれていて、ありがとう、と頭を撫でてくれた。
 お父さんが向かったのは、二時間ほど離れた海辺。お財布からお金だけを全部抜いて、ICカードだけは戻してあげていた。優しさ、と呟いて、まだ冷たいだろう海に担任の身体を浸す。それからタオルとロープと布を回収した。


「帰ろうか」


 優しく笑って伸ばしてきてくれた手を、ぼくは喜んで握り締めた。もうきっと、二度と離すことはない。

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