嘔吐表現あります注意。
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深夜の灯りを消したままのトイレで、喉や食道が焼けるような、胃がそのまま出そうな勢いですべてを吐き出した。苦しいのに頭は妙に冷静なのがおかしい。おじさんが背中をさすってくれる。大きな手のひらがあると妙に安心した。
別に何かあったわけではない。でも、ただ、とても嫌な夢を見ただけ。
目を覚ましたら夢で良かったと思ったけれど、気持ちが悪くなって、トイレに駆け込んだ音でおじさんも目を覚ましてしまったようだ。しばらくしてから気配がした。そのときは俯いたままなかなか吐けなくて胃がぐるぐるするだけで、どうしようかと思っていたらおじさんの手が顎に触れた。
「吐きたいけど吐けない?」
頷く。出そうで出なくて、とにかく気持ちが悪い。
「最初は苦しいけど、すぐ楽になるからね」
真っ暗な中で静かな声がして少し途切れて、ごめんね、と聞こえてすぐ、口に入り込んできた指。舌を押さえ更に奥へ進んで強引に喉をかき回す。普段触れられることのない場所に異物が入ってきて、やがて下から上へせり上がるものがあって、指を抜かれてすぐに出てきて楽になった。
「……ありがとう」
すっきりして小さく呟くと変な声だった。背中を撫でていた手が頭を撫でる。
「お水、用意してくるね」
いなくなってしまうのは少し心許なく、もう出ないのを確認して流し、洗面台へ行ってまた暗いまま口や喉を漱ぐ。吐き慣れていない喉はひりひりして、胃もなんだかびくびくしているようだ。朝になっても胃が痛いかもしれない。むしろ眠れないかも。いや、寝たくない。
そんな風に思いつつリビングへ行くと、灯りが最小限に抑えられた室内でおじさんがダイニングテーブルの椅子に座っていた。向かいに座ると水のペットボトルを手渡された。蓋を開けて口に含む。冷たさがすべてを洗い流してくれるような気がして気持ちいい。
「おじさん、先に寝てていいよ」
「俺がいないほうがいいなら、そうする」
「一緒にいてくれるの? 明日も仕事なのに?」
「眠くなったら寝るから心配しないで」
正直ひとりにはなりたくなかった。だから、おとなしくおじさんの隣に移動して肩にもたれる。肺にたまったような空気を総て吐き出して、同時に不安が出て行くようにイメージした。気持ちが悪い。ざわざわと落ち着かない。まるであの家に引き戻されてしまったかのようだ。
おじさんは何も聞かないで肩を撫でたり頭を撫でたり。こういうところがとても好き。
手を取って、そっと親指の付け根の辺りに噛み付いた。力がうまく入らなくて、とても弱弱しい噛み方になってしまった。
このまま朝を迎えてしまいそうな気がする。でも横になるのも怖い。
だから心の中でおじさんに謝りながら何も言わなかった。
「右京」
「ん」
「ひとりじゃないからね」
「うん」
「ここが右京の家だから」
「うん」
大丈夫だよ、とおじさんが言うと、本当にそんな気がしてくる。縮んでいた心が少しずつ温まり、もとの大きさに戻っていくような気がした。
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