「右京、ちょっと外に出ない?」


 おじさんがこの言葉を言ったとき、別にぼくたちは喧嘩をしていたわけでも、場を改めなければならない話をしていたわけでもない。午前一時に帰って来たおじさんが、リビングのドアを開けて本を読んでいるぼくを見るなり言った、というだけだ。


「どうしたの」
「なんとなく車に乗りたい気分なんだよね。右京が寝てたらひとりで行こうと思ってたんだけど、灯りが点いてるのが見えたから」


 もしよかったら、と言いながらおじさんは、ネクタイを抜いて開いた白いシャツの上に薄いジャケットを羽織った。もちろんぼくは頷いて、部屋着の長袖Tシャツの上に薄手のナイロンパーカーを着る。スポーツメーカーのもので、落ち着いた青と緑のきれいな服だ。
 部屋から出てきたぼくを玄関で見たおじさんは、ぱちぱち瞬き。


「その服、新しいね? 見たことない」
「うん。なつに貰った」


 なつはまた誰かから貰ったらしく、四着あるから、と、一着くれたのだ。ほかに満和くんやシノちゃんにもあげたらしい。自分は一着あればいい、と言っていた。なつたちとおそろい。そんなことを誰ともしたことがなかったから、なんだか照れくさい。
 おじさんはぼくの頭を撫で、よかったね、と言った。俯き気味に頷く。

 一緒にエレベーターに乗り、地下の駐車場へ。先を歩いていたおじさんがいつも出勤に使っているほうではない、遠出や休みのときに乗る車のほうの助手席を開けてくれたので乗り込む。


「夜明け前には帰る、つもりです」
「はい」
「眠かったら寝てね」
「うん」


 ゆっくり動き出した車は、静かな街へと乗り出した。人だけでなく家も空気も眠っているような、そんな特別な時間。こんな時間におじさんとお出かけするのは初めてで、なんだかどきどき。
 おじさんは途中でコンビニに寄って飲み物を買ってくれた。温かい小さなペットボトルを両手の間におさめて、控えめなカーラジオから流れる音楽を聞いたり、家々を見つめたり。
 車は、やがて、高速道路へ。
 オレンジの灯りの他は闇で、トラックが多く一般車両は少ない。滑らかな走りで、ぐんぐん進む車は一体どこへ向かうのだろう。

 隣を見ると大好きなおじさんの横顔があった。筋張ったきれいな大きい手がハンドルを支えている。曲線に指がしなやかに巻きついて、なんだか色っぽい。見つめていたら、ちらり、とおじさんがこちらを見て微笑った。


「どうしたの、かわいい顔してる」
「そうかな」
「うん。何か考えてた?」
「ううん」


 慌てて首を振るぼくの考えはきっとお見通し。おじさんの片手が伸びてきて、頬を撫でた。その体温が離れてしまうのが惜しくて、思わず手を押さえて擦りつく。
 親指の付け根あたりの、ふっくらしているあたりに緩く噛み付く。それからは止まれなくて指にも手の甲にも、身体を起こして手首の辺りにも噛み付いた。


「……運転させたくないのかな」
「久しぶりだから」
「そうだね。最近、右京の肌に触ってなかった」


 もちもち、と、頬のあたりを軽くつまんだり撫でたりする長い指。


「どっかに停めて、車の中で、っていうのも悪くないね」
「だめ」
「どうして?」
「……おじさん、疲れてるから」


 するりと離れていくとやっぱり寂しかった。だから手を伸ばして膝に触れる。おじさんが苦笑いを浮かべた。


「右京はかわいくて困るな」
「そう?」
「うん。すごく困る」


 その「困る」は「好き」と言ってくれるときと同じ色を帯びているように思えた。

 高速道路だから、車が停まることはない。渋滞も、ない。快適だと思うべき順調な道のりが少し嫌だった。


「おじさん、どこに行くの」
「内緒。着いたら先にちょっといちゃいちゃしようね」


 車は進む。夜中の静かな空気の中を。
 ぼくは早くどこかに停まらないかな、と、そればかり考えていた。

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