夜、起き出しておじさんが寝ているのを確認。パーカーを羽織って車の鍵を持ち出し、地下の駐車場に停めてある車の助手席、椅子の下にぼくのスマートフォンを隠した。もともと持っていた私物のスマホと、おじさんがくれたスマホの二台ある。それらを連動させ、GPS機能でおじさんの仕事先を探ってみようと思ったのだ。
 部屋の前から動作確認をして、きちんと表示されることを認めた。よし、これで明日こそおじさんの職場がわかるはずだ。この方法は、なつのところに遊びに行ったときに満和くんが提案したもの。成功するといいのだけど。


「じゃ、行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」


 朝、いつものようにおじさんを見送り、少ししてからスマホのアプリを起動。地図上を動いている赤い丸がおじさんの車だ。駅の方に向かっている。
 掃除をして洗濯をして、もう一度確認するとオフィス街の方へ。場所的には、四駅先。外資系の企業が多いことで有名な場所である。おじさんはそこで働いているのだろうか。

 お昼ご飯を食べながら確認すると、やはりそこから動いていなかった。その辺、ということできっといいはず。食器を片付け、お米を研いでから家を出た。バスでそちらの方へ向かう。
 車内で確認しても赤い丸は動かない。仕事をしているのだろう。とりあえず場所さえわかればそれでいい。

 忙しくしている割に業務内容が窺えるものが何もない。書斎には様々な専門書があり、どれが専門なのか全く分からないし、パソコンの中にもデータは無い。スマホを見ても特に繋がるような内容のものはなかった。鞄の中もすっきりきれいで、入っていたものといえば謎のお金持ち向けカタログ。
 ジャケットやスラックスのポケットも空で、ゴミひとつちりひとつない。車の中も同じ。
 さりげなく聞いてみても笑顔でかわされる。
 せめて企業名がわかれば、調べられる。動かない赤い丸に期待しながら、その場所を目指した。

 バス停で降り、辺りを見回す。別の地図アプリを使っても、そこが何の建物なのかは書いていなかった。案内に従って歩いて行く。周りは一流企業ばかりで、外国の人も多い。スーツの大人の中に私服のぼくはなんだか浮いているような気がしないでもないけれど、おじさんの職業を知る手掛かりを見つけるほうが先だ。

 曲がって、歩いて、曲がって。
 意外と入り組んだ場所で細い道だ。こんなところに車で入れるのだろうか。

 赤い丸の場所に着いた。
 そこは、ビル街の中にひっそりと残っています、というような昔ながらの喫茶店。訝しく思いながら、茶色いドアを押しあける。


「いらっしゃい」


 右にカウンター、左に数個のボックス席。赤っぽい店内はいかにも古くて、けれど清潔にされている感じがする。カウンターの中には白いシャツを着て丁寧に髪を撫でつけた姿勢の良い老人がいて、こちらを見るとふんわり笑う。


「加賀さんの、猫さんですね」


 年相応にしゃがれた低い声で、確かに加賀と言った。


「えっ……」
「こちらへどうぞ」


 外に出て来て、カウンターの隅の椅子を引いてくれた。背の高い丸いそれに座ると、棚に整然と並んだグラス類が見える。老人は一度どこかに行って、それから戻って来た。


「これ、渡すように頼まれていましたよ」


 はい、と、小さな茶色い紙袋。開いてみると見なれたスマホと、薄い緑色の四角い封筒。取り出して中を見ると便箋が入っていた。


「忘れものだよ。今日は早く帰るから、一緒にご飯食べようね。俺が作るから、遅くならないうちに家に帰っていい子で待ってて。 加賀」


 ぼくが隠しておいたのをいつ知ったのだろう。昨日の夜、ぼくが隠しに行ったときに実は起きていたのだろうか。
 頼んでいないチョコレート一盛りと紅茶が運ばれてきて顔を上げると「加賀さんからですよ」と言う。
 何もかもお見通し。おじさんにはきっと敵わないんだ。


「加賀さん、は、良く来るんですか」
「ええ。いつも来てくれますよ」
「……ひとりで?」
「ときどき、十里木さんや他の方と。同僚だと思いますが」
「そうですか。仕事場は近いんでしょうか」
「だと思いますが、私も詳しくは存じません」
「そうですか……」
「この辺りは企業や官省庁が多くありますので、探すには相当骨が折れると思いますよ」


 どこまでも穏やかな微笑み。チョコレートを食べながら肩をすくめる。止められている感じがするのは気のせいだろうか。
 ごちそうさまでしたと店を出て、周辺をぐるぐる歩き回ってみたけれど手掛かりはない。きっとこの中のどこかにいるのだろうけれど――何もわからないぼくに、どれかを確定することはできない。

 おじさんはなんでぼくに仕事を知られたくないんだろう。危ないのかな。
 鈴彦みたいに、もうわからないものだと思った方がいいのかもしれない。話してくれるときはきっと話してくれるはずだ。


 家に帰るべくバスに乗る。おじさんが返してくれたスマホを起動させると、メイン画面に見知らぬフォルダが作られていた。タップし、開いてみる。
 するとそこには――オフィスの写真があった。広々としているがいくつかのブースに区切られていて、何人かがデスクについてパソコンに向かっている。
 さまざまな写真があった。
 おじさんのものらしきデスクの写真、無表情にピースをしているお兄さんの写真、十里木さんが電話をしている写真(机の上に鈴彦の写真が入った写真立てが複数あった)、同僚と思しききれいなお兄さんお姉さんたちのモデルばりポーズの写真、自動販売機が置かれたロビーの写真……他にもたくさん。特定できそうな窓の外の景色などは加工で消されているけれど、おじさんが働いている場所がどんなところなのか雰囲気は掴むことができた。

 ぼくが気にしているから、撮ってくれたんだろう。
 こういうところが好きでたまらない。

 最後の写真は誰かが撮った、おじさんの横顔。眼鏡を掛け、真剣に画面を見つめている。それを選んで、壁紙に設定した。

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