「おじさん、見つけるの早かったね」
「まあ、夜までには見つけないとちょっと自分がおかしくなりそうだったから」


 顎の付近まで湯に浸かり、白い頬を赤く染めた右京の隣で、さきほど散々つけられた噛み痕を隠すことなく温泉を楽しんでいる加賀。湯気がもうもうと立ちあがる広々としたヒノキの湯船に浸かっているのはふたりだけで、歴史を感じる石の洗い場にも人の姿はない。

 右京を佐々木の家から連れ出し、車に乗って隣県の鄙びた温泉街へやってきた。休憩可入浴のみ可、という旅館が多いからだ。
 休憩で部屋を取り、一通り触れ合った。午後のまだ明るい日差しの中で。
 それから温泉に入りにきたのだが、ときどき背中の方でしみるのは噛み痕か爪痕か。

 しっとり濡れた黒髪が唇に貼り付いているのを除けてやり、そのまま唇を撫でる。右京のは紅く、ふわふわしていて心地良い。そうしていたら、上目遣いに加賀を見た。


「……どうしてぼくが佐々木さんのところにいるってわかったの」


 それは聞かれると思っていた。はぐらかしてもいいが、右京の二重の猫目がじいと見つめてくるから嘘をつくことも流すこともしにくい。少し考え、仕方なく口を開いた。


「駅周りの監視カメラの映像を取り寄せて分析して、赤い車の車両番号から持ち主特定して住所出して、同時に右京と車の持ち主の名前から個人情報引き出して携帯電話会社が集積してる端末のGPSデータ提供してもらって、あのマンションに」


 いざ口に出してみると職権乱用も甚だしかった。真面目な加賀は一時の思いで突っ走ってしまった自分を反省した。右京は目を大きく見開き、瞬きを繰り返して驚いている。


「……予想外」


 より一層加賀の職業が気になるところだったが、もう追求するのはやめた。そのうち聞ければいい、くらいの心もちでいたほうがよさそうだ。


「本来はセキュリティの関係でもう少し時間が掛るんだけど、有能な上司の名前でやったからすごい早くできちゃった」
「上司? この前、お風呂の粉とかいろいろくれた人?」
「そう。十里木さんっていう、いい人だよ。今度一緒に食事でもしようね」
「……十里木?」


 右京が首を傾げた。学校で後ろの席にいる友人もそんな名字だ。十里木鈴彦。見た目は少し怖いけれど優しくて、人のことを良く考えてくれるいい子であると右京は思っている。
 珍しい名字であるから、恐らく近しい人間なのだろう。
 そういえば今日は学校に行っていない。明日顔を合わせたら嫌味のようなことを言いながらノートを貸してくれるはずだ。いつもそうだから。


「その十里木さんっていう人に会えるの、楽しみにしてる」
「うん。忙しい人だけど、右京みたいな可愛い子が好きだから時間作ってくれると思うよ」


 加賀の手に撫でられると、勝手に顔がふにゃんとしてしまう。自覚していて、恥ずかしいのに直せない。そんな顔を見て加賀は優しく笑う。


「お風呂から出たら、ちょっとふらっとしてご飯食べて帰ろうね」
「うん」

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