ひんやりした空気を顔で感じた。布団の中の身体が温かいのは隣におじさんがいるからで、ヒーターを点けていない室内は結構寒い。
 本来ならば起きなければならない時間だが、温かさが惜しくておじさんの背中に擦りついた。昨日の夜も遅くて、三時ぐらいによろよろ帰ってきたのをうっすら覚えている。
 今日は一応午後からって言ってたけど、大丈夫なのかな。ここ最近休みらしい休みがないから心配だ。
 なんて、思いながらも睡眠を邪魔するようにパジャマへ顔を埋めてしまう。くんくんするととてもいい匂い。同じものを使って身体を洗い、服を洗っているのにどうしてこんなに安心するんだろう。きっと永遠に謎。

 この体温や匂いが、何度もぼくを優しく癒やす。怖いけれど嬉しい。


「おじさん」
「んー……?」
「あ、ごめんなさい。起こして」
「ううん。なんとなく起きてたから……」


 ごろり、身体がこちらへ向いた。
 寝起きの顔で抱き寄せられ、温かな腕の中に潜る。


「おはよう、右京。寒い朝だね」


 大きな手で優しく頭を撫でられる。おじさんに撫でられるのもキスされるのも大好き。


「おじさん、今日なんの日か知ってる?」
「クリスマス?」
「うん。今日の夜、ケーキ焼いておくから帰ってきたら食べてね」
「……ごめんね、一緒に過ごせなくて」


 おじさんは今日も普通に仕事で、そのことを責めるつもりはない。当たり前だし平日だし。ほんの少し残念なだけ。
 胸に甘えながら思う。クリスマスは年に一回だけだけど、毎年来るから。うん。毎年来る。


「一緒に過ごせなくてもいいから、また来年のクリスマスまで一緒にいてね?」
「来年まででいいの?」


 囁くような低い声はからかうように耳をくすぐる。来年まで、また365日も一緒にいてもらえたらそれだけで嬉しい。たとえその後捨てられても生きていけるような気がする。


「……いい」
「……そうなの?」
「うん」


 そう、と言ったおじさんの声は溜息混じり。言いたいことはわかるけれど、ぼくはこんなことしか、今は言えない。


「右京、今日の夜はサンタさんが来るんだよ」
「? うん」
「願い事を紙に書いて枕元に置いておくと叶えてくれる」
「でもぼく、悪い子だから」
「良い子か悪い子か判断するのはサンタさんだから、とりあえず書いて置いてみて」


 ね?
 そう言われて頷いた。





 クリスマスの夜はどこか華やいでいて、その中を通って家に帰った。もうすぐ日付が変わってしまう。
 室内は抑えめの灯りがつけられていた。ダイニングテーブルの上にはケーキだけではなく、チキンやサラダ、美味しそうなキッシュ。キッチンの鍋の中には様々な野菜が煮込まれたトマトスープ。
 そしていつものソファの上に、毛布を肩までかけて眠る右京の姿。寝間着がいつもと違う赤いものなのはクリスマスを意識しているからなのだろうか。

 可愛らしい寝顔を見ながら、朝のことを思い出す。
 来年まででいい――それは不安だからか。来年も再来年も、などと言われても信用できないのだろうか。俺のことが。
 溜息をついて、右京の頭の方にある封筒を持ち上げた。本当に願い事を書いてくれたようだ。一応プレゼントは用意してきたけれど……本来なら昨晩やらなければならないことを、今日にしてしまった。
 白い封筒を開け、便箋を出す。なんの飾り気もない、ただの便箋。そこには俺の健康を願い、いつも迷惑をかけていると詫びる文章があった。まったく可愛い。迷惑をかけているのは俺の方なのに。
 なるべく忙しさに振り回されないようにしよう。思いながら便箋をたたむ。と、裏側の下に小さな文字があることに気づいた。ともすれば見逃してしまうような、小さな小さな文字。


「……本当は、おじさんとずっとずっと一緒にいたいです。来年も何十年先のクリスマスも、その日を一緒にいられなくてもいいので、どうかおじさんの時間と心をください」


 サンタクロース宛に書いたのか俺へのメッセージなのか、わからないけれどこれが右京の本当の気持ちなら、もちろん拾う。大好きでたまらない子に時間も心もなんだってあげられないわけがない。
 ああ、好き。
 この不器用な、可愛らしい子が愛しくて愛しくて胸が痛いくらいだ。どうしてこの気持ちをこの子に見せてあげられないんだろう。
 頬を撫で、額にキスをする。
 知らず知らず涙が零れた。こんな気持ちは初めてだ。愛しすぎて涙が出るなんて。

 俺は君が好き。
 右京が大好きだよ。

 もしサンタクロースが来て、ひとつだけ願いを叶えてくれると言ったら間違いなく祈る。「右京の傍にずっといられますように」ありきたりな、けれど最も大切な願いだ。

 手紙を回収してお風呂に入り、料理には蓋。最近右京の提案で買った保存用の万能蓋がかなり便利だ。ケーキはワンブロック切り分け、他を丁寧に冷蔵庫へ。生クリームから手作りしたのだろうか、しつこくない甘さがちょうどいい。料理上手で可愛くて健気だなんて出来過ぎだ。ありがたい。

 お風呂に入ってから右京をベッドまで運び、枕元にプレゼントを。開けたらどんな顔をしてくれるだろう。


「おやすみ、右京。Happy Christmas」


 愛しさに溺れるように目を閉じ、眠りについた。

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