「寒いね」
「うん」
「でも、寒いの好き」
「俺も」


 車で一時間半、ほぼ一本道を走り、山を越えたところにある湖にやって来た。冷えた空気の中、太陽の光を反射している透明な湖面。そこに映るのは山々の紅葉で、いっそう美しさが増している。
 それにしてもほんの少し山間に来ただけなのにずいぶん寒い。白い息を吐いて隣にいる右京はニット帽にコートにムートンブーツ、手には手袋と重装備。片手は俺とつないだまま、全方位に広がる大自然をぐるりと見て感動しているようだった。

 昨晩、明日お休みだからどっか行こうか、と言ったらすぐに「湖」と返された。二週間くらい前にテレビで見て、綺麗だったから行ってみたいのだそうだ。
 目を輝かせた右京の意見を否定する要素などあるはずもなく即採用。休みだからといつもよりゆっくり起きてご飯を食べて支度をして、やってきた。


「やっぱりきれい」


 澄んだ湖面を見つめ、溜息をついて言う。


「そうだね」
「テレビよりずっときれい」


 放映された後の休みなのに、ずいぶん静かだ。まさか最初の一週間で客が来たわけではなかろうに。
 ほぼ誰もいない湖畔を、手を繋いだままゆっくり歩く。右京はふらふら水面に向かって行ったりするから、足元を濡らさないように定期的に手を引いて引き寄せなければならないのが面白い。深い赤のニット帽をかぶった下で、目がきょろきょろ動く。こんなにそわそわした姿を見るのは初めてだ。


「右京、もしかしてこういうとこ来るの初めて?」
「うん。川とか湖とか山とか行ったことない。温泉とかも、夏が初めて」


 今までの環境を考えると当たり前なのかもしれない。そうなるとたくさんの初めてを一緒にできる、と思って微かに嬉しさを感じる俺は多分酷い。独占欲だろうか、それとも正常な愛情?


「おじさん、いろいろ一緒に行ってくれる?」
「うん、いいよ」
「よかった」


 無邪気に笑う右京にこの心の汚さが伝わりませんように。祈りながら目にした湖面は相変わらず澄んで輝いている。
 右京のようだ、と、なんとなく思った。


「右京、特製コーンスープだって。飲む?」
「飲む」


 少し離れた場所にあるカフェの看板に書いてあるのを見つけた。よほど寒いのだろう、食い気味の返事が可愛い。
 行こっか、とそちらへ向かう遊歩道を歩く。


「ありがと、おじさん」


 小さな声が聞こえた。その声は本当に嬉しそうで、俺の心を温める。
 可愛らしい恋人のおかげで、心が寒くなったことなど一度もない。どうか彼もそうでありますように。

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