荷造りをする右京の後ろ姿を見つめる。俺の手元には学校からのお知らせ。なんでも明日から三泊四日の勉強合宿があるらしい。進学校は大変だ。


「右京、三日もいないんだ」
「うん」
「寂しいな」


 溜息まじりに言うと振り返り、床に座ったまま俺を見上げる。


「三日なんてすぐだよ」
「そうだけど。家に右京がいないと疲れが倍以上になると思うんだよね」


 夜はソファで迎えてくれたり、玄関まで来てくれたり、朝は送ってくれたり、ベッドで抱きしめたり。こういうことが三日もできないなんて思っただけで枯れる。二日目には干からびるかも、だ。
 しかし右京は笑って、それよりも、と言う。


「おじさん、ぼくがいないからって浮気とかしたらだめだよ」
「右京のほうが心配だよ。その気はなくても可愛いから誰かになんかされたりとか」
「しないしない」


 その無防備さがいけないというのに。かっこいいのに可愛い、こんな素敵な子がお風呂上がりの姿でふらふら目の前を通過したら思わず手も出したくなるだろう。
 俺が心配性すぎるだけか。いや、世の中には出来心などというものも存在する。しかも相手は思春期の男子。何をされるか。


「……心配」
「大丈夫だってば」


 かばんの周りを片付けてから俺の額にキスを落とす。


「おじさんだって、そんな寂しい顔して女の人とか男の人釣り上げたりしないでよ」
「……しないよ」


 腰を抱き寄せ、薄い腹に顔を寄せる。しなやかな腹筋をTシャツの下に感じた。頭を抱き寄せられて抱えられ、子どものように安心する。こんなふうに甘えられるのは右京にだけだ。
 心地よいこの体温が三日もないなんて。

 次の日の朝、右京は普通に出て行った。
 俺はといえばすでに寂しさを抱えて、車に乗った瞬間から家に帰りたくなくなってしまった。帰ったところで真っ暗だ。あの温かなオレンジ色の夜光灯を点けてソファで待っていてくれる子はいないのだから。

 右京を失ったらもう普通の生活はできない。こんなにハマりこんで大丈夫だろうか。自分に危機を覚えた。


 三日は確かにあっという間だったけれど、驚くぐらいに生活が荒れた。家に帰ってきてもお風呂に入って寝るだけ、朝は食べなくて昼は適当、夜はサラダだけなどで痩せた。
 いかに右京が家のことをやってくれていたか実感する。一緒に暮らす前は自分ですべてこなしていたのに、今はもう何もしたくなくなった。
 右京がいなきゃ、何もしたくないなんて。


「……やばい」


 昼休みのデスクで頭を抱えて呟く。このだらしなさ、危険だ。今日で四日目だから右京が帰ってくるけれど、自分のダメっぷりを目にして何とも言えない気分だ。
 右京は家事をしながら勉強する時間があるのだろうか。俺は随分あの子を振り回しているんじゃないのか。
 そんなところにすら目がいかなかったなんて。


「どうしたんですか。なんかずいぶん切羽詰まったスタイルで考えてるみたいですけど」


 こんなんで、と俺のポーズを真似る後輩。確か長く付き合っている恋人がいるとか言っていた。しかもかなり年下。


「……俺を社会のクズだとか思わないで聞いて欲しいんだけど」
「はい」


 声を潜めると同じようにして、俺の方に顔を寄せてきた。


「実は今高校生と付き合ってて、一緒に住んでるんだけど」
「……違和感ないですね」
「そう?」
「加賀さんくらい紳士だったら下衆なこともしなさそうだし。あしながおじさん的なイメージで」


 ところが彼に下衆なことを思い切りしている。とは流石に言えず、曖昧に流して本題へ。ふむふむ聞いていた後輩は要件をメモにまとめ、それをじっと見つめた。


「その子が高校生にも関わらず家事とか全部やってくれて勉強時間を奪ってることと、生活に必要不可欠なくらいどっぷりはまりこんでること。この二点がやばいと」
「うん……俺人間として危ない気がする。いろいろと」
「オレの意見を言わせてもらうと、なにがいけないの? ですね」


 あっさり言う後輩。
 首を傾げると、だってそうじゃないですか、と同じように首を傾げる。


「別にその子が無理無理でやってる訳じゃないんでしょう。かなり器用で要領がいい子なんじゃないですか。やるべきことを時間で済ませて加賀さんの帰りを待ってるわけで。休みのときとかは加賀さんがやったりするんですよね」
「それはもちろん」
「不満溜めるタイプでもなさそうですし、好きでやってると思ったらどうですか。気になるならお礼言って好きなものを贈るとか」
「それでいいのかなあ……」
「その子、加賀さんが大好きなんですよ、きっと。疲れて帰ってくるからきちんと迎えたいって、そう思ってくれてるんだと思いますけど」
「高校生にのめり込んでる部分に関しては?」
「それだって別にいいじゃないですか。年齢がなんであろうと人を好きになったらそういう時期もありますよ。離れたくない、離れたら自分のペースがわからないって。特に普段から一緒にいる場合は」
「……大人だね、きみ」
「加賀さんはまじめですからね。いいんですよ好きなら好きで突っ走れば。もう子どもじゃないんだし、意外と事故ったりしないもんです」



「右京、ごめんね」


 早めに帰り、久々に一緒にお風呂。向かいで気持ち良さそうな右京に謝る。水に沈めたタオルで遊びながら右京は首を傾げた。


「浮気?」
「違うよ。今までずっと家事してくれて、わかってたのに何も言わなくてごめん。勉強もあるのに」
「好きでやってることだから、べつに」
「でも」
「おじさんが帰ってきたとき、あったかいご飯とお風呂と灯りのついた部屋で迎えたいって、思うし」


 空気を含んだタオルがぷくり、水の上で膨らむ。それを見ながら右京は続けた。


「ぼく、ずっと嫌だった。ひとりの家に帰って、ひとりで食べるためにご飯作って、自分のものだけ洗濯して自分のスペースだけ掃除して、っていうの。おじさんと暮らし始めたら、全部ふたり分。おじさんが疲れて帰ってきたときに汚い部屋とかなんにもないとか、いやだし。自己満足だけど。勉強だってそんなに忙しくない。キツいときは適当にしてるから、安心して」


 でも、としょんぼりする。タオルが空気を吐き出して潰れた。


「おじさんに迷惑なら、やめるよ。重たいとか思うんだったらはっきり言ってね」
「迷惑なんかじゃないよ。ありがたいと思ってる。でもお礼のひとつも言わないのってどうかな、と思って」
「お礼なんかいらない。おじさんが帰ってきて、抱きしめてくれたり構ってくれる、だけで幸せだから。ソファにいて、おじさんの声がして帰ってきたってわかる瞬間って、すごく、いいんだよ」


 湯のせいでなく頬を染め、はにかむ。
 右京はずっとひとりぼっちだったから、なのだろうか。引き寄せて抱きしめると久しぶりの感触。ああ、これがすごく安心するんだ。


「抱きしめられるの、好きだよ。おじさんの優しさにいっぱい包まれてる気分になれるから」


 肩に歯が食い込む。最近は左肩が好きなようだ。手首や腕も好きらしいが、左肩率が高い。寝る前にかぷかぷしてくるのも左肩。
 噛みつかれるのさえもすっかり好ましくなってしまった。綺麗な肌を見ると不安になるくらいに。


「右京、キスしてもいい?」
「うん」


 肩から離れ、目を閉じる。その唇にそっと触れた。
 愛しい、愛しい、何よりも誰よりも。胸が痛くなるくらいに愛しすぎて泣きたくなった。愛苦しい、とはこういう気持ちを表すに違いない。 


「すきだよ、右京」


 こんな言葉じゃ足りないくらいに。


「うん。ぼくもおじさんが大好きだよ」

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