「……なんかあった?」


 ウキョウは黙って首を横に振り、抱き着いてきたままの姿勢を変えない。首に回された腕や、くっついた肌がいつもより熱い気がする。
 そっと引き剥がし、近くから顔を見る。頬も赤いし目もうるうる。
 ほぼ間違いなく、熱があるだろう。


「ウキョウ、体調悪いんでしょ」
「んーん、悪くない……」


 ぼんやり首を振る。悪くないわけがないのに。


「とりあえず熱測ろう。体温計……」


 立ち上がった俺の手首が掴まれ、ぐっと引かれる。見るとウキョウが悲しそうな顔で見上げてきた。


「やだ」
「やだ? 熱測るのやだ?」
「やだ。どこも、いかないで」
「ただ隣の部屋に体温計取りに行くだけだよ」
「やだ、やだ」


 今にも泣き出しそうな顔で言う。掴んでいる手も妙に熱いから、かなり熱がありそうだ。
 とりあえずソファへ座り直し、引き寄せて抱きしめる。すると、ぎゅう、と抱きついてきた。いつもよりもっと甘えたい心境なのか、心細いのか。
 これだけ熱ければ、座っているのも辛いはずだ。


「寒くない?」
「ちょっと、さむい」
「んー、じゃ、ベッド行こうか」


 普段だったら風呂に入らないうちは絶対にベッドには行かない。が、ウキョウ優先。自分になど構っていられない。
 ジャケットを脱いでネクタイを解いただけの、シャツとスラックス姿でウキョウと手を繋いで寝室へ……行く前に、体温計を持った。水は部屋にも置いてある。


「冷たい」
「冷たくないよ。ほら、おいで」
「うん」


 抱きしめ、背中を擦る。
 体温はかなり高く、少し様子を見ることにした。この分だと夜中に上がりきり、明日には落ち着くかもしれない。
 自分自身が何年も熱を出したことがないからどんな感じだったのかすら忘れてしまった。
 

「……おじさん」
「ん?」
「ごめんね」
「大丈夫だよ。気持ち悪かったりしない?」
「うん」


 うつらうつら、寝たり起きたりを繰り返すウキョウ。耳のあたりを撫でてキスをして、そうしているうちにどうやら深く眠ったようだ。
 そっとベッドから抜け出す。
 体調を崩したのは初めてだ。それとも今までは隠してきたのだろうか。そう考えるとゾッとする。

 明日、もし熱が下がらなかったら病院へ連れて行かなければならない。この辺りに病院はなく、あの様子のウキョウをひとりで行かせるのも心配だ。
 とりあえず保険証の有無を確認しなければならないのだが。ウキョウ用のクローゼットの前で少し悩む。財布も何もかもここだと知っているが、勝手に持ち物を見るのは。
 いや、でも緊急事態に近いし。
 ごめん。

 クローゼットを開けると、不思議とウキョウの匂いがした。毎日一緒で同じものを使っているのに違う匂い。しっくり馴染むいい香り。
 少しの間堪能して、通学に使っているかばんを開けた。見覚えのある茶色い財布。

 それなりの所持金、キャッシュカード、クレジットカード、学生証と保険証。
 保険証をカード入れから抜く。


「出元 右京……いずもと、くん」


 ふわふわしていた彼が、ようやく実態になった気がした。
 住所はお金持ちが多いと言われる古いお屋敷町の辺り。もしかしたらきちんと家族があるのかもしれない。


「誘拐とか、言われたらやだなあ」


 公園にいたので拾いました、なんて言い訳にもならないだろう。監禁ではないからまだいいものの、未成年略取と淫行だ。笑えない。うちの上司あたりは指差して笑ってくるかもしれないけれど。

 保険証を戻してからベッドへ戻ってみると、かなり熱そうで汗をかいていた。着替えさせて布団を調節してやり、タオルにくるんだ氷嚢を太い血管が通っているところへ。

 辛そうなウキョウを見て、こちらまで辛くなる。まさかこんなに思える好きな子ができるとは思いもしなかった。
 
 一晩あっという間に過ぎ、出社の時間が迫る。さっとシャワーを浴び、熱を測ると下がりつつあった。


「おじさん、仕事?」
「そう。ごめんね、休めなくて」
「大丈夫。ありがと」


 休むことのできない状況を恨みつつ、買っておいた携帯電話をウキョウの傍へ置く。ピンクっぽい大きな薄いボディはぴったりな気がしてつい買ってしまったのだ。


「もし寂しくなったりなにかあったら、電話かメールして。もう入れてあるからね」
「うん」


 ウキョウはひとりでベッドにいられるのだろうか。食べるものは準備したけれど大丈夫だろうか。車に乗ってすぐからもうそわそわ。帰りたい。
 

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