夜、おじさんは帰ってこなかった。ときどきあることとはいえ、やっぱり寂しい。そういうときはソファでうとうと寝て、朝まで過ごす。

 だけど今朝は気づいたらベッドの中にいた。目を開けなくてもふかふか温かいし、おじさんの匂いがするからすぐわかる。それから隣には親しみのある温もり。擦り寄ると頭を撫でられて幸せになった。

 ゆっくり目を開けると、おじさん。
 ベッドのヘッドボードに寄りかかり、腰のあたりにくっついているぼくを撫でながら本を読んでいるようだ。
 その顔に思わず見惚れる。
 窓から差し込む光に浮かび上がっている緩やかな鼻の線がとてもきれい。一重の優しい眼差しに柔らかな顔のライン。たまらない。
 ただでさえカッコよくて素敵なのに、今日のおじさんは一味違う。さらに眼鏡を掛けているのだ。青に近い黒の太めフレームで長方形レンズの眼鏡。
 ひどい。カッコよすぎる。


「おはよう、ウキョウ。よく寝てたね」


 レンズの奥で目を細める。優しく微笑みかけられ優しく撫でられて、起きたばかりなのに心臓が大変なことになっている。


「ウキョウ? どうしたの」


 本を閉じ、横のテーブルに置く。
 おじさんぼく、むりです。
 大好きな顔に眼鏡なんてかけられて、もう今ここで爆発してもいいくらいに目が幸せ。
 でも爆発したらおじさんと一緒にいられない。それは嫌だ。


「……おじさん」
「うん?」
「おはよう」
「おはよう。大丈夫?」


 身体を起こしておじさんの方へ向ける。ペットボトルを渡された。水をちびちび飲みながら、隣のおじさんを見る。やっぱり眼鏡。


「なんで眼鏡?」
「ああ、たまにね、掛けるんだ。見えにくいときがあってね」


 そう言いながら外そうとするのを、ペットボトルを放り出して両手で阻止した。蓋をしておいてよかった。
 ぼくの勢いにびっくりしたらしく、早い瞬きをしているおじさん。だめ、と言うと、不思議そうに、どうして? と返してきた。


「眼鏡、似合うよ」
「そう? うーん、そうかなあ」
「どきどきするくらい似合う」
「どきどき? したの」
「うん。今もしてるよ」


 眼鏡から外した手を、左胸のあたりに当てる。ぼくよりごつごつして大きな手はシャツを着ていてもわかるくらいに温かかった。


「……本当だ。速い」


 どこか嬉しそうに笑うおじさんが可愛くて、また違うふうに胸がきゅうっとなる。ひとりに対してこんなに何回も違うときめきを味わうことがあるのだということを、おじさんに出会ってから知った。
 おじさんはいつも知らないことを教えてくれる。
 裏表のない優しさとか、愛される嬉しさ、毎日当たり前に隣にいてくれる人の愛しさ、素直になることの大切さ。他にもたくさん。
 ぼくはおじさんに何ができているだろう。
 構われるばっかりで何もしていない。


「あ、ゆっくりになってきた。そして変な顔してる」


 胸から移動した手に頬を撫でられ、額にキスされる。


「大丈夫だよ。不安にならなくても」
「……おじさん、ぼくが考えてることわかるの」
「わからないけど、薄らぼんやり察しはつくかな。おじさんだからね」


 眼鏡の奥で柔らかな弧を描く一重の目。いつも見守られて気付かれて、ひとつ残らず気持ちを掬われている。

 遊びのように手の甲へキスをしたり指先を弄ぶおじさんを見ているうちに不安は消えて、その代わりに悪いぼくが出てきた。欲張りで、もっともっとおじさんが欲しくなるぼく。可愛かったときめきはすぐ欲に変わるんだ。


「……これは、新しいな」


 少しずれた眼鏡を指で押し上げ、困った顔のおじさん。そのお腹の上に乗っかってぼくはシャツのボタンを外す。


「さっきまで泣きそうだったのに、今はかっこいい顔してる」


 露わになった胸を撫でる優しい手はやっぱり温かくて安心するし、もっと触ってもらいたい。
 手に手を重ねておじさんの指を使い、胸をいじる。少しびっくりしたような顔をしてから、ふ、と笑った。それがまた色っぽくて、またどきどきする。もう片方の手が繋がれた。

 こんなに小さなものが、びりびり大きな刺激を身体中に送る。自然と声が出て、息も短くなって。おじさんはただ見ている。指を僕に貸してくれているだけ。
 それがまた、とても興奮する。


「やらしいね。きもちいい?」
「ん、おじさんの指、いい」
「そっか」


 今まで力すら入れていなかったのに、急にかりっと指先で引っ掻かれた。身体が跳ねてしまう。指がつまみ、ぐりぐり押し潰した。片方だけされているのに両方じんじんする。


「硬くてピンクで、かわいい」


 胸から離れた手は、震える太ももを撫でてぼくのおしりに添えられた。シャツとパンツだけのぼくのおしりを、二枚の生地の上から撫でる。


「動ける?」
「ん、うん」
「よかった。じゃあ、もっと前ね」


 繋いだ方の手に引かれて、膝立ちのまま動く。
 おじさんの肩をまたいで、そこでやっとこの体勢の恥ずかしさに気付いた。
 ぼくの下でおじさんが笑う。


「若い雄の匂いがする」


 ほとんど顔の上にぼくのそれがある。
 少し首を持ち上げたら、もう膨らみに触れた。鼻を埋められ、ごりごり。今まで感じたことのない感触に戸惑いながら声が出る。
 いたずらのように食まれ、舐められる。


「ん、出して」


 言われて、パンツを脱ぐことなくそれだけ出した。ぱくり、躊躇もなくぬるぬるの温かい中へ。
 普段の優しさからは想像もできないような強引とも言える口の動き。あっという間に追い立てられ、繋いだ手をきつく握る。
 腰が揺れて恥ずかしい。
 出したい、と思うけれどおじさんの口には出せない。恥ずかしすぎる。でも快楽に正直すぎる身体は求めて動く。

 本当にまずいと思い、震える腰を動かしてむりやり口から引き抜いたのがまずかった。その刺激がとどめ。

 吹き出したぼくの精液はおじさんの顔にふりかかった。眼鏡や口元、頬。これはもっと、恥ずかしい。

 震える足をなんとか動かし、上からどいた。
 起き上がったおじさんの顔にはぼくの。


「ごめんなさい、あの、ぼく」


 袖でも拭こうと手を伸ばしかけた。けれどおじさんは先に指で拭い、目の前でべろりと舐め、た。


「若い味」


 そんなことを言って眼鏡を外した。その瞬間にもどきっとしてしまったけれど、出しちゃった恥ずかしさがあとからあとから。
 ティッシュで拭いてそのままテーブルに置き、裸眼でこちらを見る。まっすぐに。

 ぼくは怒られる、と、とっさに思った。


「ごめんなさい」


 怒られるかな、怖いな。どうしよう。
 何度も謝っているとおじさんは何も言わないで抱き寄せた。


「大丈夫大丈夫、怒ってないから」


 頭を撫でられる。
 怒られなかった。ほっとした。おじさんは優しい。叩かれたことが一度もない。こんな長い間一緒にいるのに。

 出すもの出したからなのか、寄り添ってくれる体温が温かいからなのか。
 眠りそうなぼくを寝かせて、隣に寝転ぶおじさん。


「こういう休みも悪くないね」


 そう言っていっしょに布団へくるまる。
 温かくていい匂い。
 優しい安心に包まれている気がして心地良い。


「おやすみ」
「ん……」


 背中を撫でられ、簡単に眠りへ。
 まだ朝なのにまた眠る。おじさんの隣で。贅沢な幸せだ。


「おやすみ……おじさん……」
 

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