親愛的小星星 3
さほど甘くないうえ、維星の記憶がちょっとひどいので注意。
えろないです。
*
暖かな部屋の中、蝋燭の光がベッドの傍の燭台で揺らめきながら、部屋をぼんやり照らしている。
その光の下、真っ白で手触りの良いシーツの海で小さな維星を抱きこむように口づけをする邵永進の姿。小さな手は必死で永進の肩を掴み、激しい波にさらわれまいとしている。しかし息を奪うような深いそれに翻弄され、やがて力なく落ちた。
「維星」
いかにも愛しいという風に低い声が名前を呼ぶ。くったり骨を失った維星の身体は簡単に永進の腕の中。細い指先に頬をくすぐられ軽く食まれて可愛がられる。
とろりとした目に映るのは永進の整った顔。その後ろで揺らめく火。力の入らない手をもう一度持ち上げ、その頬へ添わせる。
激しい口づけで潤んだ唇が僅かに動き、それは確かに永進の名を刻んだ。両端が少しだけ持ち上がって笑みを作る。
溢れる愛しさをどんな言葉にしたらいいかわからない。愛などと一文字に収まらないような衝動を抱え、維星の小さな身体をベッドへそっと寝かせる。
部屋着の立襟の留め具へ手を掛けると、明らかに身体を竦ませた。怯えている。頬を撫で、唇を落とし、目の前にいるのが誰なのかわからせる。
維星の手のひらはひんやりと永進の頬に触れる。頼りないそれに挟まれ、引き寄せられるままにまた唇を合わせた。小さな恋人が欲しがるものは幾らでも。
その間に服の留め具を外し、現れた素肌に手のひらを這わせた。感触にひくりと揺れた拍子に唇を軽く噛まれる。その程度では怯まない永進は唇をなおも重ねたまま、白い脇腹を撫でてみた。
喉に大きな傷をつけられたが、他の部分はきれいなままだ。おそらく他に傷をつけると価値が下がるから、だったのだろう。喚かない、ただ泣くばかりの子供を押さえつけて欲望を満たしたい輩はいくらでもいる。
そのときを思い出すのか、やはり維星は嫌がった。涙を零し、永進の下で身体ごと横を向く。
やっぱり怖いか。
確かめるだけの永進はおとなしく引き下がり、身体を起こした。こうして触れるのをやめると涙を流しながら見上げ、戸惑った顔をする。今までは泣いても暴れても押さえつけられて無理矢理思うままにされてきたからだろう。
暴力の代わりに与えられる優しい口づけや甘やかす手を、維星はまだ持て余す。どうしたらいいのかわからない。
「言っただろう。俺は維星を愛したいだけだ。無理矢理したいわけじゃない。そんなものに価値はない」
永進が維星に触れたいのはことばに到底できない思いをなんとか伝えたいからで、欲を満たしたいと思っているわけではない。維星が怖がれば意味はないし、自分だけが快楽に浸ることにも興味はなかった。
前をはだけさせたままゆっくり、起き上がった維星は、永進の身体に身を寄せた。
永進としたくないわけではない。でも記憶が蘇る。つい最近までこの身体は道具で、一方的に搾取され続けてきた。日々暴力が当たり前、優しさなどとうに忘れていたから、急にこんなにたくさん与えられてもどうしたら良いかわからない。それに、愛されていいのかもわからない。
道具だったからには、選択の権利はなかった。朝から晩まで好きなように使われ、言われたままにする。泣いても暴れてもたくさんの手に捉えられて引き戻された。
隣で同じ年の女の子が生きたまま全身に刃物を突き立てられ犯されるのも見たし、つい三日前まで泣き叫んでいた小さな男の子が薬漬けにされて何十人に輪姦されるのも見た。他にもいろいろ、いつだって凄惨な虐待を受けていたのは皆、自分と同じ攫われてきた子ども。
永進はそんなことをしないとわかっている。
『四號街』の老大でありながら、維星には優しくて穏やかで真剣に思ってくれて愛してくれている、と子どもの思考ながら理解している。
心は永進を好きだと思うのに、身体は拒む。身体が拒めば心も竦む。
記憶はどこまでも邪魔をする。維星が誰かに愛されるのを、濃く暗い影で邪魔をして、またそちらの世界に引き込もうと手を伸ばす。
怖いと訴えられたら楽になるだろうか。か細い指が首の布に触れた。声で伝えられたら、何かが変わるのか。
子どもらしからぬ静けさでほろほろと涙を流す維星を抱きしめ、永進は苦い思いを噛み潰す。維星の恐怖を取り除いてやれもしない、いつまでこんな思いをさせたらいいのか、傍で見ているのが苦しい。
「維星」
ただ名前を呼び、抱き締め、冷え切った手を大きな手で包んでやることしかできない。涙を止めてやる手段も持たない。
維星がゆっくり顔を上げた。永進の顎に唇を触れさせる。それは何かを謝っているようにも思え、たまらない思いが胸を掻き乱す。
「星星、俺の宝物」
噛み締めた奥歯に憎しみを引っ掛け隠し、口から出すのは愛だけで構成された言葉。
抱きしめられてあやされているうち、維星は急に眠りに落ちた。ほとんど気絶のようだ。これは度々あることで、おそらく心が勝手に機能を停止するのだろう。
服の前を留めてやり、ベッドに入れた。
自身は降りて棚の白酒に手を伸ばす。アルコール度数が七十あるそれを一口二口続けて煽った。独特の甘みと匂いが喉を焼き、胃を熱くし、鼻から抜ける。
口元を乱暴に拭って見つめるのは蝋燭の火。ちらちら揺れるそれに自身の憎悪を見た気がした。
腹が煮えたぎるようなのは、酒か、憎しみか。
わからないまま永進はもう一度、透明の液体を喉の奥へと流し込んだ。
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