中国組 | ナノ

親愛的小星星 12


 


曇雲(タンユィン)





 永進は維星にいくつか選択肢を示してみた。今後の学習についてだ。

 邵家に来てから一年半、維星はこつこつと学びを深めていた。こつこつと積み重ねすぎて、いよいよ龍や乃靖が教えられる範囲から抜け出してしまいそうなのである。『四號街』は人材が豊富なので探せば教養が深い人間も教師資格を持っている人間もいようが、それとは別に維星が懐くか問題がある。『四號街』でも、知らない人間や懐いていない相手が山ほどいるので、誰でもいいとはいかない。危険もあるかもしれない。

 ということで、永進は選択肢を出した。
 学校へ行くか、家庭教師をつけるか、海外の通信制教育で学ぶか、自学自習を続けるか、である。

 悩んで、維星は、家庭教師をつけることを選んだ。

「学校は何話したらいいかわからないし怖いし、通信制もいや。自学自習だと学びきれない気がする」

 と、最近なめらかになってきた言葉で語った。
 そうか、と頷いた永進、さっそく家庭教師候補の選定に入る。
 維星が好きになれそうな人で、ある程度面識もあって、教養があり、時間に融通が利き、気が長い人物。条件を書き出したとき、既に候補はひとりしか浮かばなかった。

 昼食後、維星がお昼寝をしている時間、龍に任せて家を出た。乃靖ひとりを伴い、やってきたのは間もなくの寺院。立派な石段に山門があり、奥には広い本堂がある。

「ごめんください、邵家の永進です。曇雲様はいらっしゃいますか」

 乃靖が代わりに寺務所で声をかける。
 すると小坊主のような修行僧が出てきて、お待ちくださいと頭を下げた。乃靖も下げ返して、しばし待つ。そのうち、袈裟を身に着けた若い僧侶が出てきた。年齢的には永進と同じくらいに見える、なかなかの美坊主である。背も高い。

「こんにちは、老大。どうしましたか」

 流れるような普通語。相当努力して身に着けたであろう流暢なそれに、永進の同じような言葉が答える。

「曇雲に頼みたいことがある」
「戒律に触れないことでしたらなんなりと」

 にっこり笑って言う。暗に、殺人などには加担しないぞ、と言っているようであった。ふん、と老大は笑って、今回は違う、と前置きする。

「維星のことだ」
「維星がどうかしましたか」

 さっと翳る美貌。いや息災なんだが、と答えれば、よかったと笑う。

「元気なんだが、ちょっとな。学問を見てやってほしい」
「学問を? それならば老大でも――ああ、お忙しいのですね」

 こっくり頷いた。自分でよければいつでも見てやるが、いかんせん時間がない。やれ南だ西だと飛行機に乗って出掛けねばならないからである。拠点にしている北方地区でもなんだかんだとやるべきことが多く、なかなか維星の勉強まで手が回らないのが現実だ。

「そこで、曇雲にお願いしたい。お前ならできるだろうと思って」
「わたしでお役に立ちますかどうか」
「維星に必要なのは外の人間との関わりだ。学問は正直二の次でな……人と自信をもって話せるようになってほしいと思っている」
「なるほど。それでしたら、お話相手、ということで」
「そんな風にとらえてもらって構わない」
「承りました。教科書を渡していただければ、該当箇所の予習をして臨みます」
「乃靖」

 提げた紙袋を手渡す。中身は教科書一式と維星が使っているのと同じ補助教材。
 準備がよろしいようで、と曇雲が笑う。

「頼む」
「はい」

 乃靖は、はて維星と曇雲老師の間に親交があったろうか、と頭の中の思い出を辿ってみるが思い当たらなかった。それもそのはず、まだ乃靖が起きない朝早くの時間帯に、維星は曇雲と会っていたのである。
 しかし直接老大に聞く勇気もなく、帰り道を歩いた。

「星星、教師が決まったぞ」
「どんな人?」
「明日の朝8時に来る。合わなければ無理せずに教えてくれ」
「わかった……なんかどきどきする……」
「緊張しなくてもいい」

 夕食の席で、隣に座った維星の頭を撫でて優しい声でそう言う永進は柔らかな表情だ。

「くれぐれも、無理はするな」
「うん」

 ありがと、永進。と首に抱きつく維星の背中をぽんぽんと軽く叩き、大きな手のひらを何回も滑らせていた。

「龍叔叔は、先生が来てもいてくれる?」
「もちろん。隣でお茶でも飲んでるから」
「よかった」

 お風呂に入りながら、維星の身体を流す龍。にっこり笑って「自分はいつでも小星のそばにいるよ」と言うと小さな主人がとても嬉しそうに笑ってくれたので、今日も良く眠れそうだ、と思う。
 維星はその日、永進の寝室で眠りについた。


 次の日、朝6時。
 いつものように永進と霊廟へ足を向けた維星は、そこで美貌の僧侶と出会った。

「おはようございます、小維」
「おはようございます、曇雲さま」

 今日もきれいだなあ、と思いながら曇雲を見上げる。永進とはまた異なる美しさだ。永進は氷の彫刻のようだけれど、曇雲は天上界で生きている感じがする。ふわふわとした優しげな笑みを今日も絶やさない。

「毎朝、えらいですね」

 三人で広い霊廟の掃除をする。維星は窓掃除、永進は柱の掃除、曇雲は仏壇の掃除で、最後に三人で床を掃いたり磨いたりするのだ。いつもの手順で窓を拭いていると、いつものように老頭が庭で体操をしているのが見えた。こちらに気付き、手を振るので手を振り返す。今日の朝ごはんはなんだろう。考えるとお腹が空いてきた。ぐう、とお腹が鳴る。

「床掃除をしよう」

 永進に言われ、掃いてから空拭きをした。曇雲は扉側から、維星は窓側から、永進は奥から。拭き掃除をしていると、曇雲の細い手首が見えた。そこにちらりとうつる朱色の痣、のようなもの。維星はいつもちらちらと見てしまっているが、それがどういう形の何なのかはさっぱりわからない。ただかゆいのかな、痛いかな。と心配になるくらいだ。

 そして曇雲にお経をあげてもらい、今日も朝の予定が終わった。朝ご飯は寺で食べるという僧侶は去って行き、永進は維星と手を繋いで食堂に行く。

「新しい先生、曇雲さまみたいにやさしいといいな」
「……維星は、曇雲が好きか」
「すき」
「そうか」

 ご飯を食べてから再び曇雲が現れた際、維星は頭に?を浮かべていたけれど「今日から先生です。よろしくお願いします」と言われて、顔を明るくした。

「曇雲老師、よろしくお願いします」
「こちらこそ。一緒に学習、がんばりましょうね」
「うん」

 龍に見守られながら、維星は丁寧な授業を受けた。わからないところは適切に教えてくれ、適度に応用問題も出してくれる。考えながら答えると優しい笑顔で「よくできましたね」と言ってくれるので嬉しかった。答えることが怖くないので、次もがんばろうという気にさせられる。
 最初に45分、休憩を挟んで45分。休憩中も維星は曇雲にさまざまな疑問をぶつけていた。学べることが嬉しいようだ。龍はお茶を飲みつつその様子を眺めている。小維が楽しそうで何よりだ、と思いながら。

 しかし後ほど、永進のところに報告に来た龍は唇をわずかに尖らせて「俺も小維のために何かしたいです」と言った。永進は微笑って「もう十分、維星の役に立っていると思うが」と宥める。どうやら龍は曇雲が羨ましいようだった。
 最初から維星に心を傾けてくれていた龍なので、役に立てないのが悔しいのだろう。そしてそれを素直に言うあたりが「らしいな」と思えてならない。

「維星、今日の勉強は楽しかったか」
「たのしかった!」

 目をきらきらさせながら、維星は何をしたか聞かせてくれる。どうやら時間割を組んできてくれたらしく、配布された紙を見ながら明日は何をするんだ、と楽しそう。それを龍がわずかにぎりぃとしながら眺めていて、乃靖にまあまあと言われていた。

「星星、無理はしないで、ゆっくりやればいい」
「はーい。あ、老頭にもみてもらおう。ご飯の時間があるから」

 部屋をぴゅっと出ていく維星。あとを追いかける龍。永進はその後ろ姿を「少し大人になったような気がする」と、嬉しそうに見ているのだった。
 

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