中国組 | ナノ



 康昊さんは、よく食べる。
 引きしまった身体をしているのでそれなりに節制した生活をしているのかと思えば、四六時中なにか食べている。お菓子、果物などさまざまで、本人からすればもはや食べている意識さえないようなときもあるようだ。その食べ方は病的にさえ映ることがある。

 俺が日本へ一時帰国して、一緒に食材の買い出しに行こうと近所のスーパーへ。そこへ行くには商店街を通りぬけなければならないのだが、康昊さんはあっちにふらふらこっちへふらふら。捕まえていないとすぐ買い食いをしようとする。


「お腹すいてるんですか」
「いや、食べたいだけ」
「もうすぐ夕飯です」
「……」
「そんな目をしてもだめ」


 手を繋いで、康昊さんの足を労わりつつ速いスピードで歩く。後ろからの「あそこのメンチカツがうまいのに」だとか「あの店の団子うまいんだよな」とかの呟きは聞かないふり。を、していたら、スーパーへ着く頃にはすっかりしょげてしまっていた。普段は何があってもあまり顔色を変えたりしないのだけれど、食材を取り上げられると子どものようにすねたり、困ったり。
 食べ物に関しては執着心を見せる。
 話したがらない幼少期が関係しているのだろうか。以前一言だけ「多分、地獄だった」とだけ言ったことがある。聞くに聞けない、その頃のこと。
 スーパーの前、邪魔にならない場所で立ち止まり、康昊さんを見た。
 眼帯をしていない方の目が不安そうに揺れている。食べる、という行為は半ば精神安定のようなものだったりするのかもしれない。


「康昊さん、前々から思ってたんだけど、食べないと落ち着かないの?」
「そういうわけじゃ、ねぇけど」


 すい、と、逸れる視線。依存しているほどではないけれど、不安を感じるのだろうか。


「心配で、食べないでくださいって言ったんです」
「わかってるよ。歳だしな」
「身体を大切にしてほしい、という思いはあります。食べすぎは万病のもとですから」
「ごめんな」
「いえ、俺も、悪かったです。すみません」
「食い過ぎて胃が痛くなることもあるし、だめだって、わかってんだけど」


 俺がもっと傍にいてあげられたら、と思った。一緒に考えることができる。今はわからないけれど、なにかお手伝いできるかもしれない。
 今まであまり考えたことのない「一緒に暮らす」ということが、やや現実味を帯びた。康昊さんと一緒に暮らす。今みたいに期間限定ではなくて、ずっと。康昊さんが嫌なら別に家を買ってもいい。
 しかし今のタイミングで口に出すと負担になるかもしれないから、考えるだけに留めておいた。時期を見計らって言うつもりだ。


「ありがとうな、佳人」


 頭を撫でてくれる康昊さんの手も目も優しくて、俺が心配していることをわかってくれているようだった。すみません、と繰り返すと、もういい、と言う。


「心配してくれて嬉しい」


 そんなことを言って笑うから、抱きしめた。


 店内で野菜を買って肉を買って、お惣菜コーナーで一つだけ買ってもいいですよ、と言ったら真剣に悩んで悩んで、いかの天ぷらを選んだ。


「……康昊さん、いか好きだよね」
「うまい」
「確かにおいしいけど」
「いか玉うどん食いてぇ」


 その一言で、いかの天ぷらを更に買い足しうどんの麺を買って、今日の晩ご飯決定。

 いつもの康昊さんの部屋、康昊さんに合わせて作られた特注のテーブルにつき椅子に座って、ずるずる啜る白いうどん。作りながらした、たまごは半熟か生か完熟か、という論議がなかなか白熱した。ちなみに俺も康昊さんも、できたうどんに生を落とす派。

 ディベートの練習のように、実際の自分の主張とは違う役柄で議論するという謎の遊びをしながらうどんを煮た。煮すぎて少々柔らかくなってしまった麺を、康昊さんは幸せそうに食べる。


「うまい」
「おいしいね」
「おいしいって返って来るからなおさらうまい」


 やっぱり俺、康昊さんと一緒に住もうかな。


「佳人、一緒に住むか」


 心を読まれたのかと思ってどきっとした。
 康昊さんの口調は冗談のようだったけれど、もしかしたら本気なのかもしれない。さりげなく観察しても読み取れない真意に、どぎまぎしながらの食卓。

 とりあえず明日から家を探そう。


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