中国組 | ナノ



 居間の灯りを消してしまえば、室内はもう暗くなる。佳人、と確かめるように声を出す。すると彼はお行儀よくベッドにいた。慣れれば、近い場所で顔が見える。その程度の闇。
 ベッドに座る佳人に触れたらびくり、と身体が震えた。


「なんでお前が震える?」
「すみません……なんか緊張しちゃって」
「……童貞なのか」
「じゃ、ないです、けど……あんまり上手じゃないって」
「そんなこと忘れろ。今は俺と、初めてするんだから上手くても下手でもなんでもいい。仮に下手でも俺はきっと気持ちいいから」


 遠慮するな、と囁いて、佳人の手を取り俺の腰骨のあたりに添えさせる。


「な、なんで何も着てないんですか」
「どうせ脱ぐだろ」
「そうですけど」
「触れ。見えないんだから感触くらいは知ってもらいたい」


 身体を前に傾けて髪に口付ける。柔らかくてしなやかで、すこし波がある毛並み。そこから下って額に、頬に、唇を離して今度は両頬を手で挟んだ。親指を滑らせ、頬骨の上を辿る。硬い骨の上に皮膚が乗り、体温がある。妙に熱いのは緊張しているせいだろう。


「……佳人、まともに息しろ」


 なんだか詰まり気味の息。興奮かなんなのか、本当に大丈夫なのだろうか。


「すいませ……」
「なあ、俺の身体には触ってくれないのか。さっきから一ミリも動いてないが」
「……失礼、します……」


 腰骨から、上へ。大きな手が上がってゆく。脇腹を通り、腹筋に触れたのは右手。左腕は柔らかく俺の腰に回って、支えた。


「……胡先生、腹筋ぼこぼこですね。凄いです……硬いのにふわふわして気持ちいい」
「そうか」


 しばらく腹を撫でていた右手が、躊躇いがちに上を目指す。胸筋の下を指でなぞり、胸へ。


「……ん」


 周りを緩やかな手つきで揉み、先を摘まむ親指と人差し指。指先は意外と硬く、軽く擦り合わせるように動かされるとじんわり寒気のようなピリッとした感覚が走る。


「先生、胸、いい?」
「ん……いい」


 先ほどまでとは逆だった。
 佳人が顔を寄せ、俺の胸を舐める。温かくて厚い舌が器用に尖りの周辺をくすぐったり、下から舐め上げたりするから息を乱した始めた俺。ふぅ、と息を吹きかけられても悶えてしまう。

 突然膝が砕けた。快感のせいではない。


「……大丈夫ですか」


 抱きとめてくれた腕の中は、不思議と居心地がいいと思った。支えられてベッドに横になる。男が三人は横になれるだろう広いここで、佳人が俺の上に乗ってシャツを脱ぎ捨てる。
 不思議だ。
 慣れたベッド、慣れた匂い、俺のテリトリーに佳人がいる。


「先生」


 腕を脇の下から差し入れて抱きしめられる。肩の辺りに擦りつけられたのは佳人の額で、首筋に柔らかな髪が触れた。


「ありがとうございます、俺を受け入れてくれて」
「……ああ。鈍い男ですまなかった」


 肌が触れ合い、体温を感じる。派手なときめきは感じなくて、代わりにどこかから満たされ、手足までじんわりと温まってゆくような満足感を覚えた。
 抱きしめてみるとより心地良い。


「……はぁ」


 泣きそうだ。
 こんな感覚を知ってしまったら、俺は今までの俺ではいられない。
 独りでもよくて、自分の身体は醜いから見せたくない、最低限のものを持って死んだら全て捨ててほしい。
 そんなふうに思っていたことをすべて委ねたくなる。
 たったこれだけの触れ合いでこんなことを思うとは、俺はおかしいのではないだろうか。


「胡先生」
「……ん?」
「俺の愛は伝わりましたか」
「あ?」
「先生を二十年近く想い続けて溜め込んで熟成させた愛を、肌から先生に送っています。毛穴から浸透しろって願いながら」
「……なんかそれ、怖いぞ」


 笑うと肩に唇の感触があった。ちゅ、ちゅ、と首筋の方へやってきて俺を見下ろす。


「伝わったよ」
「……本当に?」
「ああ。今、幸せだ、って思ってる。考えてたこととか不安とか、全部どうでも良くなった。お前がいれば何とでもなるような気がするよ」


 こんな気持ちになったのは初めてだ、と伝えると笑いながらキスが降る。軽く軽く、何度も。それは徐々に深まっていった。

 暗い部屋に二人分の息遣い。
 上半身を舐められ吸われ撫でられ、俺は生まれて初めて心から気持ちよく喘いでいた。
 胸も腹も肩も鎖骨も腕も、触れられるあらゆる場所が震えるほどよく、胸も痛いくらい尖っている。もちろん足の間でも情けないくらい勃ち上がって、だらだら液を零しているのがわかる。
 触ろうとしても手首を掴まれ口付けられ、シーツの上に戻される。その繰り返し。

 腰骨の上を撫で、佳人がゆっくり身体を起こした。


「先生、足、に」
「……いいぞ、触っても」


 足下までずり下がり、片足ずつ触れる。あまり酷くない方と、酷い方。皮膚の質から違うから触れただけでもわかるはずだ。
 酷くない方は皮膚に凸凹があるものの、感覚は普通にあるし人間らしい。そうではないほうは……。


「……痛い……?」
「まさか。もう痛くない」
「でも、先生、よく辛いって」
「ああ……冷えや低気圧、疲れ……まあそういうので痺れたり感覚がなくなったり重くなったりするんだよ。一生の付き合いだ」


 内腿を撫でられ、甘い快感がすぐ上に伝わる。腰が揺れるのをもう隠す気もない。


「足と先生が一生の付き合いなら俺もですね。なにかケアの方法身に着けます。苦痛が少しでも和らぐように」


 そんなことをあっさり言ってみせる。笑うと、本気ですよ、と言った。


「佳人は良い男だな。好きだぞ」
「良い男にさせてくれるのは先生です」


 ちゅ、と、爪先にキス。


「こっちの足、抱えてもいいですか」
「ああ」
「失礼します」


 片足を抱えて、足の間に佳人が入ってくる。指がそっと尻の間を辿った。思わず力が入る。


「……先生」
「あ?」
「ぬるぬるで凄くいやらしいんですけど……これ、先生の、だけじゃないですよね」
「ああ……」


 一応風呂であれこれしてきた、と伝えると、予想外に指が一本入り込んできた。


「……すみません、ちょっと、興奮してます」


 そこからは黙って尻を弄り始めた。慎重に壁をなぞり、指先で押したり揉んだりしながら一度奥まで行き、撹拌するように蠢き、もう一本が入り込む。


「うぁ……ぁ、そこ、だめだ」
「ここ?」
「あっ、あ」


 ごりごり、いいように嬲られ、あっと思った時には精液が溢れていた。竿を伝って垂れるような勢いのないもの。
 快感が持続する。鳥肌が立つような暑くて寒い気配。佳人が一度離れてすぐ戻ってきた。
 あてがわれた先端が、押し付けられたり離れたりでじれったい。抱え直された片足を腰へ引っ掛け、動きを制限する。


「先生」
「早く来い。焦らすな」
「でも、俺、いれただけでいっちゃいそうなんです」


 情けない声で言う。思わず笑いながら、更に腰を引き寄せた。


「堪えろ」
「わかんないです」
「いったら俺がお前のケツに突っ込んでやる」


 ぐっ、と、入り込む佳人のそれ。身体に見合ってでかくて太い。進められ押し開けられる違和感はあるし前立腺を触られて震えるくらい気持ちがいい。


「せん、せぇー……我慢しました……」
「おう、偉いえらい」
「先生の中、あったかくてむにゅむにゅで気持ちいいです……」


 唇を塞がれ、手を繋がれて指が絡められ、その間に下半身が密着した。佳人が体内に入り込んできた、と思うとなんだか不思議な感覚。


「先生、俺、がんばりますから」
「ん?」
「先生が幸せだな、って思ってくれるようにがんばります」


 自由な片手で、佳人の背中を撫でる。舞台に立っているからだろうか、しなやかで柔らかい筋肉を皮膚の下に感じた。温かい、広い。


「そんなに気張るなよ。ゆっくりやっていけばいい。あと何十年も一緒にいるんだから」
「……でも、」
「お前が俺を気にかけてくれれば、それだけで幸せだ。俺の幸せはそんな、お前が頑張らなきゃいけないほど高い場所にない」


 例えばメール、電話。何を返したらいいのかわからないような愛の言葉に対して返事を考えたり湧き上がる感情を分析するのも悪くない。
 忙しいと言いながらメールは欠かさない。短い文章でも、きちんと気持ちを伝えてくれる。
 一日一日、確かに気持ちが降り積もる。愛しい。
 これが幸せではなくて何なのだろう。

 不安、悩み、喜び、悲しみ、痛み、楽しさ、嬉しさ……佳人に由来するならば俺はその全てを幸せだと思うだろう。
 それだけの愛を、俺たちはきっと交わし合う。


「……先生」
「何だ」
「先生が男前で胸が痛いくらいどきどきしてます」
「どきどきしたらでかくなるのか、お前は」


 更に膨張するとは思わなかった。馴染んだはずのそれが膨らんだので、またぞわぞわ背中が粟立った。その感覚につられたように、俺のそれも硬くなる。

 様子を見るように始まった動き。それは徐々に大胆になっていく。口から押さえられない声が漏れ、がらんとした室内を満たす。掴まれたままの手を強く握ると、しっかり握り返された。押し流されそうな快感の中、それにしがみついて見上げる。
 佳人が泣いているような気がした。


「……腰が痛い……いや、酸っぱい? 何とも言えないな……」
「すみません、何回も」


 布団の中で後ろから抱かれ、だるさと眠気を感じながら佳人の手を握る。外は白白し始め、新たな年の朝が訪れようとしていた。
 この日を、佳人と一緒に迎えられてよかった。そう伝えたかったのに目は閉じられ、意識は深く深く沈んでゆく。
 まあいいか。伝えられなくても。きっと佳人ならわかってくれるはずだ。
 その証拠に眠る直前、耳に聞こえた声はこう囁いた。


「先生、新しい年の始まりを一緒に迎えられてよかったです。ありがとう。おやすみなさい」


 おやすみ、佳人。


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