中国組 | ナノ



 

 佳人の視線の先で康昊が本を読んでいる。今日は深い青の眼帯をして、ゆったりした黒のドルマンシャツに藍色の幅の広いパンツ、足元は柔らかいルームシューズ。いつもの椅子に座り、随分居心地が良さそうだ。
 膝に顎を乗せると片手を本から離し、佳人を見ないまま頭を撫でる。その手つきは柔らかで、心まで撫でてくれるような優しいもの。この手に何度となく励まされてきた。直接的にも、この手が書き上げる文章にも。


「……どうした? そんなに見つめて」


 片目で見下ろす。一重の、まるで目元に黒のアイラインでも入っているようなくっきりした目元。つりあがり気味なのだが決してきつくは無い。それは表情が柔和なせいであり、更に言えばそんな風に穏やかな顔をするのは佳人の前だけである。


「今日は暖かいから調子がよさそうだな、と思って」
「確かに気分がいい。天気もいいし、ゆっくり過ごせるしな」


 最近は佳人の仕事が忙しく、やれあっちで公演終わったらこっちに移動でまたコンサート、終わったらまた海外へとバタバタであった。
 康昊は長距離を公共交通機関で移動することは難しく、車の運転にしても片目が激しく消耗するために安全とは言えない。そうなると飛び回る佳人と会えるのは必然的に佳人が近くにいる時だけ。当然そんなことは少ないし、無理して空けなくてもいいと康昊が言うので佳人も我慢をしてきた。

 こうして家で過ごすのは本当に久しぶりである。昨晩は話をして遅くまで過ごした。メールや電話をいつもしていたけれど、直接の対話はやはり違う。


「康昊さん、昨日の夜は楽しかったです。たくさん話ができて」
「ああ。俺も楽しかった」


 本を隣のテーブルに置いて身を屈め、髪に口付ける。大好きな康昊の香りが強くなり、見上げる佳人はまるで憧れの人に触れられた乙女のような顔。


「……先生」
「なんだか懐かしい呼び方だな」


 もう何年も前になる。佳人が学生だった頃はずっと「先生」だった。付き合い始めたのは卒業後、恋人となってからもしばらくは「先生」と呼び続け、いつの間にか名前になった。明確な時期は覚えていない。
 佳人は無邪気に笑い、頭を撫でていた康昊の手を取る。その手のひらに口づけ、上目遣いに見上げて、言った。


「俺は先生って呼んでいたころと変わらず先生の事が大好きです」
「そうか」
「先生は、どう。あの頃より俺の事を好きになってくれた?」
「それを聞くのか」
「たまには聞きたいです」


 そうだな、と、康昊は顎に指を当てた。まるで考え込むようなその様子、なかなか返事をくれない。先ほどまで嬉しそうな顔をしていた佳人の顔がみるみる曇る。やがて心配そうになり、悲しそうになり、泣きそうになった。その明らかな変化は素直な性格をそのままに表していて面白い。
 ころんとした目に涙が溜まり、零れ落ちる前に目元を撫でる。


「あの頃も、今も、俺の人生の中で佳人が一番だ。それじゃだめか」


 康昊の言葉ひとつですぐ笑う。それがまた可愛くてたまらないと思わせ、飽きさせない。
 年下の恋人が伸ばしてきた手を取り、ふたり一緒にソファへと移った。佳人の身長や康昊の足について考えに考えて作ってもらった、ふたりのためだけのソファだ。佳人の膝に頭を置いた康昊は収まり良さそうに目を閉じる。

 冬の晴れ間の日光が照らし出す、大きな窓の隣。恋人の温もりと感触を感じながら、心地よい眠りに落ちていくのだった。


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