中国組 | ナノ

親愛的小星星 7



 前もって、休みにする、と宣言した休日の朝。維星はいつも九時頃に永進を起こしに来る。すっかり着替えを済ませ、薄緑色をしたふんわり民族風の服を身に着けた維星は永進の寝室へ。
 しんと静かな部屋に入り、大きな寝台へ歩み寄る。
 永進は眠っていても起きていても静かだ。絵画のような寝顔をしばらく見つめたあと、掛け布団を捲って頬を連続で突いた。細い指でしつこくつんつんされ、眉間に皺が寄りゆっくり目が開く。


「……維星、おはよう」


 こっくり頷く維星。永進は一度目を閉じて三十秒ほどじっとし、それからゆっくり上半身を起こした。
 寝台から足を下ろして維星を抱きしめる。まるで充電のように。それが終わると備え付けのバスルームで顔を洗ったり歯を磨いたり衣装部屋で着替えたりと身支度を整え、まずすることは、部屋を出て左の渡り廊下を渡ること。

 そこは朝晩二回しか通らない場所だが、広い敷地内のどこよりも掃除が行き届いている。その先にある建物も、いつだって丁寧に清められていた。永進だけではなく『四號街』という組織にとっても重要な場所――霊廟である。
 永進は毎朝毎晩そこで線香を焚き、跪いて歴代の老大やその家族、自らの兄弟、幹部、様々な人間の安らかなその後を祈り、長久の繁栄を願う。今朝もそうだ。真っ赤な建物内、位牌がびっしり並べられた祭壇の一際高い場所には細工も立派な金の大日如来像が奉られ、両脇には木や金銀玉などで作られた枯れない花が咲いている。
 石の床に敷かれた黒い敷布の上で両膝をつき、頭を下げて礼を尽くして祈る。
 維星はそれを後ろで見ながら見様見真似。どうか永進が今日も無事でいられますように、この家に災いがありませんように、と祈りを捧げた。

 食堂で遅めの朝食を食べさせてもらい、さてやることと言えばまずは維星の部屋で勉強のおさらいだ。
 永進が構えない間に何を学んだのか見て、質問したり問題を解かせたりする。
 同じ年頃の子と比べればその内容は遅れているが、熱心に学ぶのでじわじわ間を詰めつつあった。


「いい出来だ」


 漢字や英単語の書き取り、作文、計算、歴史についての質問など多岐に及ぶ内容を、ときおり苦労しながらも答えてみせる。その出来具合はほぼ満点。永進に褒められ撫でられ、維星は照れながらも笑う。いかにも嬉しそうな表情に、撫でるだけでは物足りなくて椅子から膝へ座らせ、抱きしめた。


「続けて学んで、偉いぞ。楽しいか」


 こっくり頷く。昨日までは知らなかったこと、できないと思っていたことが今日わかったりできるようになったりするのは楽しい。
 他にもできるようになると永進が褒めてくれて、こうして抱きしめてもらえるのが嬉しいから、という理由もある。これは永進には内緒だ。墨色の服に顔を埋めてぐりぐり、背中を撫でられて安心する。


「……こうやって維星を抱きしめるのも、しばらくなかったな」


 維星の頭に顎を置き、呟く。
 忙しいときは同じ屋敷にいて顔を合わせないこともある。ひたすら書斎で会議をしたり実際に現地へ飛んだり会食したりで、その間維星は龍や他の若衆と勉強したり遊んだり。
 寂しくて泣いていますよ、と出張先に連絡があるのはよくあることで、すぐ帰りたくなるのを我慢して電話で声を聞かせるに留まる。


「本当はいつも一緒にいたい。抱きしめてキスをして、維星と色んな時間を共有したい……」


 永進の言葉に、維星が顔を上げた。大きな目で見上げてくる。きらきらと透明な瞳。過去に傷つけられてもなお輝く宝石。
 その頬を撫でて手のひらで包み、そっと口付ける。柔らかな唇と触れ合うだけのそれを何回か繰り返して離れると、維星の頬がほんのりピンクに染まっていた。恥ずかしそうにもじもじ、それから強請るように、永進の首へ腕を回して引き寄せる。
 もちろん拒否する理由などない。細い腰を抱き、強請られるままに励む。頬にも鼻にも額にも髪にも。


「……ん、シャンプー変わったのか」


 艷やかな黒髪へ鼻を突っ込み、嗅ぎながら尋ねる。維星の髪からはほんのり甘い匂い。以前とは少々異なる。
 手を持ち上げて手のひらを合わせるように指を絡ませ、手の甲へ鼻を寄せて軽く嗅ぐ。こちらも前と違う匂いとすぐにわかった。ハンドクリームも変えたのだろう。


「龍が変えたのか」


 こっくり。


「いい匂いだな」


 こっくり。


「維星によく似合う」


 維星にぴったりの、花のような清潔な香りだ。
 口にすると恥ずかしそうに目を伏せた。そんな反応もたまらない。華奢な白い手を握り、星星、と呼んだ。何回呼んでも甘くなる声。


「可愛い。愛してる」


 唐突な告白に顔を真っ赤にして、口を開いたり閉じたり。それがまた永進を愛しさでいっぱいにする。維星はむにむに口元を動かし、握られていた手を離して永進の手のひらを開かせた。
 大きな手のひらに細い指先が文字を綴る。それは維星が永進に初めて見せたことばでの感情表現。メールはあったけれど、目の前でこうして書くのは初めてだ。
 そのことばは、永進が維星に向けたものと全く同じ愛のことば。


「星星」


 初めてはっきりと表された感情の威力は凄まじく、目の前にいる小さな可愛らしい子をどうしたらいいのかわからなくなるくらい、愛が溢れる。ことばひとつでは到底足りなくて、ただひたすら、好きだと重ねて言いたくなる。可能ならばずっと抱きしめていたい。ひとつ残らず伝わるまで。

 細い指先を持ち上げ、口付け、握り締める。維星は永進を見てはにかむ。


「……星星、これから、何がしたい?」


 少し考え、維星は力を抜いて永進の胸へ顔を埋めた。しばらくくっついていたいということだろうか。そう理解して、長い腕で抱きしめる。


「まだ一日はたくさんあるな」


 こっくり。


「何をするかな」


 答えはないが、維星が考えているのがなんとなく伝わる。永進は久しぶりに感じる穏やかな気持ちと大切な重みを感じながら、ぽつぽつ、提案を口にするのだった。
 ふたりの休日はまだ、始まったばかりだ。


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