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無題の関係 9 蓬莱の誕生日


 昨日の朝七時から、今日の午後八時まで、ずっと撮影だった。長時間になることは珍しくなくて、途切れない分集中できるから俺は嫌いじゃない。体力があるからかもしれないけれど、演技をしているときは全く苦しさを感じなかった。

 でも、家を見ると途端に疲れがやってくる。

 重たい身体をずるずると引きずるようにして、エントランスに入る。そこにはいつも優しげなお兄さんが立っていて、引き取っていたものを手渡してくれる。今日は手紙と荷物だった。いくつかのダイレクトメール、それから孝明さんからのエアメールと荷物。誕生日おめでとう、というバースデーカードと、贈り物。中身は何だろう? 孝明さんのこういうまめなところがきっと好かれる一因。たくさんいる孝明会の人たちの誕生日には毎回こうして何かを贈ってくれるのだ。
 そして、今日、十二月二十一日は俺の誕生日。

 嬉しく思いつつ、エレベーターで部屋に上がる。カードキーを差し、回数ボタンを押して暗証番号。こんな厳重なセキュリティ、いらないと言ったのに、事務所はどうしてもここに住めと言う。昨今、過激なファンも少なくないらしい。インターネットで簡単に動向が追えてしまうから、だとか。

 扉が開く。
 ひとつの階にあるのは二つのドア。俺の家の隣も芸能人で、他の事務所に所属するモデルさんらしい。会ったことはないけれど。時間が不規則なら顔も見ないのはよくあること。きれいな人らしい。

 もう一枚のカードキーと、エレベーターとは違う暗証番号を押して鍵を開ける。
 すると、暗いはずの玄関に灯りが点いていた。驚いて目を瞬かせていたら、足音。やってきたのは、まるで自分の家にいるときと同じ恰好の談くんだった。着ているのは俺のTシャツ、裾から伸びるすらりとした足。またズボン穿いてない。疲れた頭に痺れるような衝撃をもって目に入る談くんの足。うう、と目元を覆う。


「談くん、聞きたいことがたくさんある……」
「とりあえずお帰り」
「ただいま……」
「上がれよ」


 自分の家のような気楽さでそう言って、まるで家主のようにとことこ歩いて行く。足元はふかふかした灰色のスリッパ。冷えるならズボンなり靴下なりはけばいいのに……うう。
 リビングの椅子に座って、向かいにいる談くんと向かい合う。座ったときからお茶がほかほか湯気をたてていて、まるで帰って来るのを知っていたようだった。


「談くん、なんでいるの」
「マネージャーさんに鍵を預かって、帰って来るタイミングに合わせて来たから」


 にこにこ笑顔。可愛い。お風呂に入ったのか髪はふわっとしていて、黒いシャツに肌の白さやきれいさが際立つ。かわいい。とても。
 マネージャーは一言も言っていなかった。驚かせるつもり、だったのだろうか。


「なんでズボン穿いてないの」
「いつものことだろ?」


 きょとんとした顔。まるで俺が変なことを言ったみたいだ。別に変なことは言ってないはずなのに。当たり前のことのはずなのに、談くんがはっきり言うものだからおろおろしてしまった。


「あ、全裸で迎えた方がよかったか」
「なんでそうなるの」
「誕生日だから、お前が望む格好してやろうと思って。全裸になってやろうか」
「大丈夫だから!」


 がしっと襟首を掴んだ手を慌てて止める。立ち上がって、腕を伸ばして。
 今全裸になんてなられたら俺は疲れとかさまざまなことで頭がスパークしてしまう。多分。談くんがいれてくれたお茶を、席に着いて一口飲んだ。温かい。そしておいしい。俺が同じ茶葉を使ってもこういう味にはならない。談くんが上手なんだと思う。


「蓬莱、誕生日おめでとう」
「ありがと」
「直接言えてよかった」


 にこにこするのがとても可愛い。今日は笑顔が多いのも、俺が誕生日だからだろうか。お祝いができるのが嬉しいのだろうか。だとしたら、俺も嬉しい。
 簡単な料理を作ってくれていたので、それを食べる。優しい味の煮物とか、疲れていても口にできるようなもの。ケータリングになれた口にはとても安心した。油がきつくないし、味も強くない。


「談くんは凄いな」
「ん?」
「なんでもできて」


 料理も、気遣いも、お茶の淹れ方も、話し方も。なんでも、俺が安心するようにしてくれる。服装は別として。
 けれど談くんは俺の言葉に、とても不思議そうに首を傾げた。


「別に意識してねぇし。お前がオレのこと好きだから、必要以上によく見えるんじゃねぇ? 特別なことしてるつもりはねぇけど」


 欲目だ欲目、と、にやにやしながら言う。
 あれ? もしかして俺、今なんだか恥ずかしいことを言ってしまったのでは?
 ぼふんと真っ赤になった俺を、にやにや見る談くん。


「見ないで……こっち見ないで……ッ」
「いやー可愛いなあお前。そうかそうか、そんなにオレが好きか。困っちゃうな。いや困んねぇけど。可愛い恋人でなによりだよ」


 談くんの言葉で余計に顔が熱くなる。手で煽いだり頬を手のひらで包んでみたり、ちらと談くんを見ると、楽しそうに笑っている。ますます熱くなった。ご飯の温かさだけではなく。


「人に愛されるっていうのは、いいもんだな」


 談くんが笑いながら、言った。
 少しの間、はっきり言い合うことが無かったから、宙ぶらりんと関係を続けてきた。そういえば、その間談くんはどう思っていたんだろう。辛かったりしたのかな? でも、なんだかそれを知りたいとは思わなかった。談くんが悲しい顔をしたら嫌だから。というのと、自分がはっきりしない時間が多かったことを思うのが嫌だったから。結局談くんに甘える俺。


「談くん、好きだよ」
「オレも。蓬莱が可愛くて好き」


 談くんが言う「好き」は特別だ。なんだかとても甘い気持ちになってきゅんとして、じわじわと何か、とても良いものが身体に広がる。もじもじしていたら談くんの手が伸びてきた。


「ん、なんかこの場所は不便だな」


 そんなことを呟き、隣へやってきた。ご飯を持って、椅子に座る。そして椅子を動かして、俺にくっつくように、肩が触れるほどの場所へ。座ると短い裾が引き上がり、太股がちらちらしてとても卑猥で、首がおかしくなりそうな勢いで目を逸らす。


「お、蓬莱のすけべ。今、太股見たろ」
「見てません」
「そうやって顔逸らすあたりがすけべなんだよなぁ」


 見せてんのに。そう言う談くんのえっちさには敵わない。
 ご飯を食べている間もわざとちらちらしてきてとても、なんていうか、なんていうか。思わず、上に着ていたシャツを脱いで膝に掛けたほど。それでまた「すけべ」と言われたけれど。


「おいしかった。ごちそうさま」
「はいはい」
「洗いものする」
「お願いします」


 洗っているとき、談くんが背中にぎゅっと抱きついてきた。肩の辺りへすりすりしてくる。手が、するするお腹の辺りを撫でる。それは珍しく……珍しくというのもおかしいのだけど、卑猥なものではなかった。単純に温かい。


「蓬莱」
「んー?」
「可愛い恋人に何をあげようか、考えてたんだけど何も浮かばなかった。オレが満たされてるせいかもしれねぇけど」
「満たされてるの?」
「ああ。毎日、平和に過ぎて行くしお前もいるし。お前が誕生日にいろいろくれたから何か返そうと思ったんだけど」
「談くんが幸せだって言ってくれれば、それだけでいいよ」
「しあわせー」
「それだけで十分でございます」


 談くんが傍にいてくれればいいというのは本当。他に望むものは特にない。ぎゅうっと抱きしめてくれたらそれで十分だ。手が届かなかった、どうしたらいいかと考えていた俺に飽きずに付き合ってくれた談くんが傍にいて、恋人になってくれた。幸せ。今年、いや、今まで生きてきて一番のプレゼント。


「お風呂入るー」
「オレもー」
「えっ。入ったんでしょ」
「誕生日だから、隅から隅まで蓬莱の身体をぴっかぴかにしてやるよ。オレに身体を預けなさい」
「えっ」
「悪いようにはしねぇぜ……天国に連れてってやる」
「お風呂で何するつもり」
「せっかくだから気持ちよくしてやる」
「なんか怖い」
「怖くない怖くない。オレに任せな、仔猫ちゃん。お前の好きな談くんの身体で洗ってやるよ」
「ひいい」
「お客さんこっちですよー」
「わああ」


 ずるずる、自分の家のはずの廊下を引きずられて行った。
 誕生日の夜は、それはもう濃くねっちょりと過ぎて行ったのでした……。うう、談くんのえっち。


「お、孝明さんからのプレゼントはすげえな」
「うん」


 翌朝、開いた孝明さんからの贈り物はさりげなくお高級な時計でした。



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