お友だち(偽) | ナノ

配達員ナツ


 
パラレルです。
ナツが配達員として、下記お話の人たちへお届け物をする話。

『お友だち(偽)』鬼島
『白い男』バスマ、ハイズン
『あかいろの運命』秋芳、速
『拾った子の癖は』右京






 穏やかな晴れの日、平坦な田舎道を自転車でのんびり行く、緑色の制服を身に着けた細身の男の子・ナツ。二十歳より前だろう、少年と青年との中間に見える精悍な顔立ちは半分ほどが黒いマフラーに覆われている。頭には制服と同じ色の帽子。右腕には「はいたついん」と書かれた古めかしい腕章。自転車の後ろには網の掛かった四角い箱がくくりつけられ、その中には様々な物が入っている。手紙や小包、はがきなどである。
 黒い手袋をはめた手でハンドルを握り、きーこきーこ、ペダルを漕ぐ。途中で止まって胸元のポケットから小さなメモ帳を取り出した。そこに書いてあるのは本日配達すべき配達先の住所と名前。きょろきょろと辺りを見渡し、少し先にある厳めしい門構えの、明らかに堅気ではない様子の家へ目を留める。そこが最初の配達先だ。


「すみません、配達屋です」


 閉ざされた門の前へ自転車を停めて小包を取り出し、どんどんと木製の扉を叩いて言った。溌剌とした声がのんびりした道に響いた。


「はいはい」


 横の、小さな通用口をくぐって姿を現したのは渋柿色の着物を着つけた男。ナツを見下ろし、前髪とレンズとにごまかされて定かではない視線を向けた。


「可愛い配達員さんだね。いつもの人は?」
「あ、腰をやってしまったので代理です。いつもは違うところを配達してます。ナツです」
「ナツくん。今度からは君に来てもらいたいなあ」


 ナツは笑って、手元のメモと小包の宛先とを確認した。


「鬼島さんですか」
「そうだよ」
「お荷物です」


 小さくて薄い箱の割に随分ずっしりしている。お菓子、と書いてあるがそんな雰囲気でもない。首を傾げつつ、手渡した。


「ここにサインをお願いします」
「婚姻届?」
「いえ、あの、受け取り証明書です」


 なぁんだ、と、冗談とも本気ともつかない口調の鬼島に驚きつつ、差し出した紙へサインをもらった。確認をして、頭を下げて踵を返す。が、肘の辺りを掴まれ、再度振り返った。思いのほか近くに、鬼島の顔。


「ナツくん、お休みはあるの?」
「お休みは、明日です、けど」
「じゃあ鬼島さんと一緒にご飯でも。あ、おいしいスイーツでもいいよ? どっちがいい?」
「え、えと」
「連絡先教えて?」


 ぐいぐいとこられてしまい、思わず教えてしまった。鬼島さんは悪い人ではなさそうだし、と誰にともなく言い訳をしてサドルへ座ったまま、携帯電話の中に増えた「鬼島さん」という文字を見つめる。美味しいスイーツ、というのには惹かれる。じゅるり、よだれが溢れてくるのを覚えつつ、ハンドルを握って再びきこきこ漕ぎだした。配達範囲は広いのだ。


 続いて、向かったのはちょっと違う雰囲気の町。
 異国情緒溢れる白亜の宮殿が並び、聞こえてくる言葉も音楽も耳に馴染みのないものばかり。店先には果物や野菜が溢れ、品定めをしている人も売る人も、どこか違う顔立ちをしていた。
 ナツは数回来たことのある配達範囲。人で溢れた市場を横切る際には自転車を下り、引いて行く。おいしそうな果物や、肉が焼ける匂いにくんくんと鼻を動かし目を奪われつつ、配達先の家を目指す。
 市場を抜け、急に静かになった通り。舗装されていない土の上をきこきこ。似たような四角い白い家ばかりだが、その家だけは少し違う。まず大きさが半端ではない。宮殿かと思うほどの敷地と建物、門の中を何人もの使用人らしき人が行き交い、水の音も聞こえる。
 門の脇に立っている門番に、配達です、と告げると、中に入るよう促された。何度か来たことがあるのを覚えているらしい。
 自転車は門を入ってすぐのところへ停め、白い石畳みの上をとことこ、南国風味の木の下を歩き、玄関へ。
 チャイムを鳴らすより先に、大きな扉が勢いよく開いた。そこから飛び出してきた白い布が、ぼふりとナツに抱きつく。それは、布に包まれた男の子だ。頭にかぶったフードをどかしてあげると、豊かな黒髪の下にある顔がにこにこ笑って見上げてくる。


「なつ」
「こんにちは、バスマくん。ラシェッドさんか、ハイズンさんはいるかな」
「ハイズンがいるっ」


 ぴょこぴょこと飛び跳ねるような男の子のさらさらの頬を撫でる。この地域に住んでいる人のほとんどが褐色肌でくっきりと彫が深いが、彼は色白。目鼻立ちははっきりしているほうだが、深いというほどでもない。
 撫で撫でしていたら、ゆっくりと男が現れた。マオカラーの袖無し服、屈強そうな腕には色鮮やかな刺青が華々しい。髭を蓄えた大男だが、ナツを見下ろす細長い目はとても優しく見える。


「こんにちはハイズンさん」
「こんにちは」
「これ、お届け物です」
「いつもありがとな」


 手慣れた様子で、太軸の万年筆が受け取り証へサインをする。達筆過ぎる漢字のサインだ。


「バスマも、バスマも」
「お願いします」


 バスマはハイズンから万年筆を受け取り、ハイズンの名前の脇へ、異国の文字でサインをした。受取人はラシェッド、代理人はハイズンになっているのでバスマに貰う必要はないのだが、サインをして嬉しそうな顔が可愛いので良しとした。


「ナツ、これ持ってけ」


 差し出してくれたのは、変わった形のフルーツが入った袋。バスマが目をキラキラさせて「あまくておいしい」と言う。


「ありがとうございます」
「皮は剥いて、中の白いとこだけ食えよ」
「はい」
「気をつけてな」
「もういく?」
「うん、またねバスマくん」


 ふにふにと頬を撫で、ハイズンへ頭を下げて自転車へ戻った。小包を二つ配達して空きが出たので、そこへ果物を収める。
 そしてまたきこきこ、走りだした。



 続いて配達する場所は、静かな住宅街の中。一見陰気にも見える洋館だ。花に囲まれて重々しく鎮座する古びた建物。薔薇の蔓が門にも絡み、ぱっと見るとどこから入っていいのかわからない。が、一部だけ蔓が刈られて通れるようになっているところがある。そこから、自転車を押してポーチへ入った。
 りんごん、チャイムを押すと鐘のような音が鳴る。
 いないのかと思うほど長い時を費やして出てきたのは、色の白い男性。きれいな顔立ち、マネキンが動きだしたのかと思うような男性である。少々気押されつつ、微笑みかけられるとナツはぽっと頬を赤くした。


「こんにちは、あのう、椛秋芳さんは」
「ああ、今連れてくる」


 そう言って一度中に引っ込んだ男性。やがて戻って来たときには、その腕に細い男性を抱えていた。ぐったりと、体調が悪そうにも見える。


「お手紙です」


 三通、どれも違う宛先から。ナツが手渡すと細い手で受け取り、差出人を見て嬉しそうに笑う。


「誰からだ」
「姉さんたち」
「そうか」


 よかったな、と笑い合う男性。どちらも笑うとお花が咲いたみたいに美しく、思わずぼんやり見惚れてしまう。


「ありがと」


 腕に抱えられた男性にお礼を言われ、はっとしてナツはぺこりと頭を下げ、ぱたぱた小走りで戻った。かっこいいひとを見るとどきどきしてしまう。はふ、と息を吐き、スタンドを蹴って自転車を動かし始めたところで、後ろから声を掛けられた。


「これ、秋芳から」


 いくつもの色が鮮やかな薔薇の花束。匂いがするけれどきつくはない。果物の脇へ置いて、きこきこ動きだした。



 最後の配達先は、町中。駅の方から行ってしまったので、だらだらとした坂をえっちらおっちら漕ぐ羽目になった。坂の上に着いたときにはもう太股がぱんぱんである。うう、と唸って、角を曲がってマンションを目指す。
 豪奢だけれどうるさくない、近代的な建物。エントランスの中の自転車停めへ自転車を置き、はがきと手紙と小包を抱えてエレベーターのボタンを押す。階段で上がるには上過ぎるのである。
 目的の階で降り、部屋番号を確認しながら廊下を歩く。
 灰色のドアの前で立ち止まり、玄関チャイムを押した。


「こんにちは、配達です」
「……こんにちは」


 中から顔を出したのは、同じほどの年頃の男の子。猫のような目をして、いかにも艶やかな黒髪に紅い唇、白い頬。陶器のような艶を帯びた美少年。じいっとその目を注がれ、ナツは頬を染めて目を逸らした。


「あの、お届け物です」
「ありがとう」


 白い手が受け取りざまに、ナツの手を一緒に包んだ。ほわりと温かな手のひらが、ナツの手の甲へくっついてあたふたする。すると微笑んで、かわいいね、と言う。


「お名前は?」
「……ナツです」
「なつ。可愛いね、なつ」


 ふわりと良い匂い。頬が頬へくっついたのだとわかったのは離れてからのこと。


「なつ、お茶でも飲む?」
「あ、いえ」
「上がっていかない?」
「そういうわけには」
「なつと話したいな」


 じいっと見つめられると、もごもごとしか言えなくなる。鬼島の家でもそうだったけれど、押しには弱いのだ。わたわたしているナツの帽子を取り、マフラーへ指を引っ掛けてくいっと押し下げる。露わになった顔に、やっぱりかわいい、と、頬を撫でた。


「あわわ」
「なつ、ちょっとだけ、ね?」


 猫目の少年に誘われて中に引き入れられたナツ。
 外に出たのは、辺りが暗くなって同居人だという男性が帰ってきてからのことだった。乱れた制服を直しつつ外に出たナツは、鬼島からの電話に出ながらエレベーターに乗った。




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