お友だち(偽) | ナノ

焼肉屋さんにて


 
芸能人組』より筒井が出張中。
談と蓬莱、筒井といっしょに焼き肉へ行ったナツのお話。Twitter『ナツの秘密』より。





 煙が、網の上の排煙管にどんどん吸い込まれていく。
 肉が焼けるいい匂いに幸せを感じつつ、ナツは未だに正面を見ることができない。テレビ画面越しに見るときより更に輝いているような俳優二人。身を寄せあい、注文用の端末を操作して追加する肉を選んでいる姿さえ写真集に使えそうだ。
 はふ、と息を吐いたナツ。隣に座る、やはりきれいな男性ながらすっかり慣れた優しいお兄さんの談を見た。ナツのためにせっせと肉を焼いては皿に移す。


「談さん」
「はい」
「ありがとうございます……」
「いいえ。お肉どうぞ、冷めないうちに」


 にこにこ、優しく笑う。ありがたく箸をとり、皿に積まれた柔らかな高級肉を咀嚼する。

 本日、ナツは談に誘われて焼肉に来ていた。ただし思っていたのと随分違う。まず個室。そんな発想すらなかった。煙立ち込める小さな店がナツの中では焼肉屋さんだったのだ。そしてメンバー。談に誘われた時に何も言われなかったので二人きりかと思いきや、個室で先にきらきらした二人が待っていた。


「なつくん、せせり食べる?」


 顔を上げたのは、ショートカットの黒髪も艶やかなナツの前に座る男性、筒井八重蔵。黒縁の太い眼鏡、その奥にはきらきら輝くような大きな目がある。一見すると少年ぽいような印象を持つが、雰囲気はしっとりと落ち着いた大人の男性。背も高く筋張った手も黒い七分袖から覗く引き締まった腕も、とても魅力的に見えた。
 ナツは目を合わせてしまい、ぼふりと頬を赤くしながらも頷いた。その様子に、ぷるぷると潤った唇の両端を上げて笑う。


「なつくん、かわいい」
「八重蔵、あんまり見るとなつくん照れちゃうよ」


 くすくすと笑う筒井に言うのは、筒井の右側、談の正面に座る蓬莱。ナツにとっては比較的馴染みのある顔となった談の恋人だ。いかにもいい人穏やかそうな端正な顔立ちながら、最近は悪役として演じることも増え、色気をつけ始めたという評判もあるらしい。確かに最初に会ったときよりも少し変わったような気が、ナツもしていた。じっと見つめる。


「どうかした?」


 微笑まれてやはり体温が上がる。色っぽいとかはよくわからないが、どきどきさせる要素は確かに増えている。目つきや、言葉の端々から。
 そんな蓬莱はより甘い目線を自分の向かいへ向ける。焼きに使うトングをいったん置き、厚みのある牛タンにレモンと粒胡椒とごま油をつけて食べている談へ。


「談くん、おいしい?」
「うん」
「よかった。この前孝明さんに教えてもらって、絶対一緒に来たいなって思ってたから」
「ありがとな。タン追加で」
「喜んで!」


 すべての語尾にハートマークがつきそうな蓬莱の甘ったるい声、反対に淡々とした談の受け答え。一発でパワーバランスが見えるやりとりをいつも見ている。意外と談はお付き合いにドライなのかな? と思うナツだった。

 ナツは鳥せせりとしそハラミ、カルビと塩カルビを発注、談はタン塩とミノ、ホルモンとキムチを頼み、更に俳優二人が追加をする。すべては端末を通して注文が行われ、店員が運んでくるシステムだ。


「個室の焼肉屋さんは初めてです」


 改めて室内を見回すナツのことばに、筒井が「俺も」と言う。蓬莱も孝明から教えてもらい、予約を頼んだので来るのは初めてだった。


「他のお客さんに会ったりしないから、いろんな業界の人から人気みたいだよ。肉も美味しいし」


 オレンジの明かりが優しい室内、ふかふかしたソファ、木の温かみを持ったテーブルの真ん中に置かれた焼き肉セット。肉は基本的に時価であり、端末には値段が表示されない。そんなことも初めてで注文する手が震えたが、談が明るく笑って


「そこに二つ、いい財布がいるじゃないですか」


 とばんばん注文を入れた。尻込みするナツはもう端末は持たないことに決めている。しかし本当にどれもおいしい肉で飽きが来ない。いくらでも食べられそうだ。

 黒子のような店員が運んできた新たな肉。談が基本的に焼く。蓬莱は「触んな」と威嚇され、筒井はじっと見つめるのみ。ナツは「ナツさんは召し上がってください!」と言われて山積みにされた肉を吸い込むように食べている。


「なつくん、お肉美味しい?」
「はい……っ」
「よかったね」


 笑いかけられると肉の味がわからなくなる。なかなか慣れられない筒井のきらきらオーラ。


「ナツさん、そんなに緊張しなくてもいいんですよ。この八重蔵、爽やかなのは見た目だけですから。中身はもう……」
「談さん」
「なんだよ、本当のことだろ」


 ひひひ、と笑う談に困ったような顔をする筒井。ナツは首を傾げて「本当は?」と言った。しかし蓬莱が首を振る。


「なつくん、世の中には知らなくてもいいことがあるんだよ」
「? はい」


 ナツは素直に頷いた。
 肉が焼ける素敵な音、俳優二人は網から勝手に取り、ナツはそうする間もなく談によって投入される。


「談さん、食べてます?」
「食べてますよ。ご心配ありがとうございます」


 よく見ると談は蓬莱の皿から取って食べている。それを蓬莱も承知で、どうやら自分が食べないたぐいの肉も取ってキープしているらしかった。さり気なくらぶらぶなふたりの様子に微笑ましい気持ちになりつつ、筒井に尋ねる。


「あのう、筒井さんは恋人とか、いるんですか」
「いるよ。とっても素敵な恋人」
「おんなじ業界、とかですか」
「突っ込むねぇ」


 芸能人のプライベートに踏み込むのはいけなかっただろうか、と躊躇すると、それがわかっているかのように筒井はスマートフォンを取り出し、操作してナツに見せた。
 そこに映っているのはツーブロックの黒髪、がっちりむっちりな身体付きを惜しみなく晒して眠っているらしい男性の姿が。


「恋人。ダンサーなんだ」
「はわ……なるほど」


 納得する肉体美。実に嬉しそうに笑う筒井に、なんだか温かな気持ちになった。


「どこで出会ったんですか」
「ダンススタジオ。役作りで習おうと思って、評判いいとか上手いとかみんなが言うから行ってみたスタジオの先生がこの人だったんだ。すごく厳しくて、でもかっこよくて、すぐ好きになって告白した」
「考えたり、しないんですね」
「考えるより感じるタイプで。付き合ってそれなりに経ったけど、今も昔もすごく幸せ」


 そんなふうにいられたらいいな、と、ナツは思う。大好きな鬼島と、今も昔も幸せだと言える関係を築いていきたい。鬼島にも、ぜひ思ってもらいたい。


「鬼島さん、今どこにいるのかな」
「社長は今頃ホテルで会合ですね」


 さすが談、全ては頭に入っているので即座に答える。


「泊まりって、有澤さんと……?」
「東道会の方はほぼみなさん泊まりですよ。個室だと聞いています」
「そうなんですね」
「夜は親睦会という名の飲み会があるらしく、なかなか眠れないとぼやいてました」
「……」
「心配ですか」
「あ、いえ」
「お顔に書いてありますよ」


 談はナツの頬をそっと撫でて優しい眼差し。ナツは手のひらにすりすりして、ほんとに平気です、と言う。

 そんなやり取りを見ている蓬莱、すかさずスマートフォンを取り出して無音カメラで連写する。自分に向けるものとまた少し異なる表情を見せる談も残しておきたかった。
 真剣な眼差しでスマートフォンをがっちり固定している親友の様子に筒井は苦笑い。それから自分のスマートフォンを取り出してナツの写真を取り、メッセージアプリで送る。それから「可愛いこと浮気中です」とメッセージも。
 すると少しして返事が来た。


「それならおれもうわきちゅう」


 写真には、スーツを着た外国人と思しき男性に抱きしめられている恋人の相原の姿。今日は友人の舞台を見に行くと聞いていたが、これがそれだろうか。


「浮気はだめですよ」
「おまえもな」
「しません。俺には相原さんだけです」
「おれもー」
「本当ですか」
「ほんとー」
「嬉しいです」
「あいしてる」


 機械越しながら幸せに満ち満ちたやり取りをして、ふう、と顔を上げる。と、にやにやしながらこちらを見てくる談と蓬莱、ナツ。


「幸せそうな顔しちゃって。いい顔ですよ八重蔵くん」
「そういう顔を雑誌で見せたらみんないちころですよ八重蔵くん」
「恋人さんですか? 幸せそうですてきです」


 さて筒井はというと悠然と笑い「幸せですよ」ときっぱり。ふぅー、と煽る談、なにより、と肩を抱いてくる蓬莱、真っ赤になるナツ。

 しばらく肉を焼いてお話をして、やがてスープを頼んだり白米を頼んだりそろそろ締める方向へ自然と向かう。


「大盛りビビンバとたまごスープ大椀と、あ、梅クッパ小椀も」
「なつくんいくねぇ」
「えへ」
「談くんは?」
「あー、どうすっかな。蓬莱、なんか食う?」
「たまごキムチチャーハン食べる。大盛り頼んで分けっこする?」
「んー」
「じゃあそうしようね。八重蔵は」
「五穀米中盛りと野菜スープ小椀」
「はーい」


 掃除機のように締めのメニューを完食してほどよい満腹感ににこにこナツ、談はそれを柔らかく見つめ、そんな談を蓬莱が見つめ、親友の幸せそうな姿を筒井が見つめ。

 談によってアパートへ送られるナツは別れ際に筒井と蓬莱から頭を撫でられ真っ赤になってさよならをし、蓬莱の運転で筒井は恋人のアパートへ。
 結局談はナツのアパートに、蓬莱は筒井と恋人のアパートに泊まって一晩を過ごした。


「鬼島社長には内緒ですよ、今日のことは。そうしないと嫉妬してすねちゃいますから」
「はいっ」
「また内緒の行為、しましょうね……」
「はわわ、えろてぃっく」
「ふふ、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」



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