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佐々木がさらりと思い返す



佐々木が鬼島との出会いから高校生くらいまでをさらりと思い返している話。
さらり です。さらり。





 例えば、ひとりの人間に出逢って運命を感じたとしても、それが必ずしも永遠に一緒にいられる確約なわけではない。相手の運命の相手は自分でないということだってごろごろある。結局「運命」などというものは出会った瞬間の感覚に過ぎず、そこから引き寄せて手に入れるのは自分の力なりタイミングなりが必要なのだろう。


「鬼島さん、昼ご飯食べますか」
「え、何もうそんな時間?」
「はい。今日は何にしますか」
「んー……ハンバーグ食べたいよね」
「わかりました。予約取っておきます」
「え、どこの」
「想像してしばらく楽しんでください」


 オフィス街のど真ん中一等地に建っているおしゃれな八階建てビルはまるごと俺の持ち物で、一階が優志朗先輩の主な仕事場として機能している。と言っても、自分でも事務所を持っているからそっちにいっていたり、色々なのだけれど。今日はどうやらここで仕事したい気分だったようなので朝からずっといる。
 室外に出て、エレベーターホールで和牛専門のレストランの予約を取り、大体十分ほどで着くので用意しておいてくれと頼む。折り目正しい返事を聞いて電話を切り、戻るとすでに椅子から立ち上がってジャケットを羽織っていた。


「行く?」
「車回してきますので、眼鏡掛けて正面で待っててください」
「わかった」


 後部座席にしか乗らない優志朗先輩のためにいつもきれいにしてある車内、ざっとチェックして乗り込み、エンジンをかけた。


「ささきー、お前午後用事ある?」
「二時までは空いてます」
「俺も。ケーキ代くらいは払うけど」
「それは、一緒にどっかで休もうということですか」
「だめならいいけど」
「いえ、ぜひ」


 優志朗先輩からどこかに誘ってくれるのは、最近なかったことだからとても珍しい。柄にもなくハンドルを握る手に力が入った。

 薄暗い、肉を焼く香ばしい匂いが漂う鉄板焼きのレストランでぼんやり頬杖を突き、ハンバーグが焼けるのを見つめている優志朗先輩とは、もう二十年以上の付き合いになる。出会った時から飄々としていて歳にそぐわない妙な落ち着きを備えていた。


「死にたいなら余所行ってくれ」


 屋上から飛び降りようとしている十三歳の俺に向かって、十四歳の優志朗先輩はそう言った。長い前髪の隙間から俺を見ながら煙草を銜え、火を点けて煙を吐いて軽い口調で。
 一部の隙もなくきちんと着られた制服から真面目な先輩が多少の息抜きに煙草を嗜んでいる程度なのかと思ったけれどとんでもない。鬼島という名字の上を取って「鬼」と形容され、たかが中学生相手に大人さえ尻尾を巻くような絶対権力を手にして周りを自由に動かす。


「楽しいぞー人が自分の周りで勝手に遊んでるのは」


 くくっと、無邪気な笑顔で先輩は言う。そのときこの人にとって周りの人間はおもちゃと同じで自分の思い通りに動かすことのできる遊び道具なのだと感じた。そうでなければグループとグループを衝突させて流血事件を起こしたりしないだろう。煽りたてるのだって大変な労力がいるのにわざわざ。楽しみの為だけにそれができる人なのだ。


「俺は? 鬼島先輩にとってなんですか」
「お前? あー……なんだろう。顔が綺麗だし、まあまあ大切なほうかな。適当に扱ったらめんどくさそうってのもあるけど」


 出会った屋上で勇気を出して聞いたとき、優志朗先輩はそう言って俺の頭を撫でた。まだそのとき、先輩のほうが少し背が高かったことを覚えている。それからその後ろに、青い青い空が広がっていたことも、少し風が強かったことも。

 それまで人に反抗することなど知らなかった俺が目覚めたのはその直後。
 きれいだと言われた顔を守るためには相手を打ち倒す必要があったからだ。優志朗先輩の「大切なほう」であり続けたかった。傍に長く居続けるためには強くならなければ、とも思った。
 それに応じるように身体は成長し、暴力は止められないようになり、人が苦痛にもがいていることに悦びさえ覚えるようになった。


「やりすぎんなよ」


 優志朗先輩はそれしか言わなかった。いつだってどこだって。手を血塗れにして近寄ると怒るから、必ず洗ってから近付く。抱きつくのが許されるのは俺だけ。何かをして褒めてもらえるのも、俺だけだった。


「優志朗先輩」


 身長が大きくなった俺の頭を撫で、抱きしめると腰に腕が回る。その感触がなにより嬉しかった。


「とりあえず場所変えるか」


 絡んできた男たちが地面に倒れて呻く路地裏を抜け、ネオンで明るい街へ出る。
 その関係は中学を卒業しても続き、俺は優志朗先輩を当然のように追いかけて同じ高校へ進学。それから有澤譲一朗に出会い、なんとなく時間が合えば三人で一緒にいるのが当たり前になった。
 俺は、高校に上がったときにはもうはっきりと優志朗先輩が好きだった。


 今でこそ、あの頃と変わらず無表情に美味しいんだか美味しくないんだかわからないような顔で淡々とハンバーグを口に運ぶこの横顔を比較的冷静に見ていられるのだけれど、思春期はずっと欲情していた。

 だから、他の人間からもたらされた優志朗先輩に関する噂にいても立ってもいられなくなって本人に聞いたこともある。
 俺が十六歳になったばかりの冬。譲一朗が当時ひとりで住んでいたアパートの狭い部屋で鍋を囲んでいた時だった。


「優志朗先輩」
「あ?」
「飯奢ったらやらせてくれるって本当ですか」
「……おめぇバカか、カズイチ」


 溜息を吐いたのは、向かいに座っていた譲一朗。そのあと立ち上がり、俺の後ろにある台所でごそごそ。その間優志朗先輩は読めないいつもの無表情で否定も肯定もしなかった。その代わり質問してきたのだ。


「そうだよって言ったらお前、飯食わせてくれるわけ?」


 俺も、否定も肯定もしなかった。否定すれば嘘になるし、肯定すれば拒否されてしまうかもしれない。どちらもが怖かった。特に後者。
 優志朗先輩はじっと俺を見つめた。ピンで前髪が上げられていたから遮るものは何もなく、鋭い眼差しが直接降り注ぐ。嘘を許さない、まっすぐさで。心を読まれるのではないかとひやひやどきどきした。
 譲一朗が戻って来てから、すぐにそちらを見た。鋭い目が与えてきていたプレッシャーから解放されて息を吐く俺。知らず知らずに詰めていたようだ。


「譲一朗は?」
「は? 鬼島先輩とやりたいとか全然思わないし、飯代がもったいないんで絶対ないですね」
「そうだよねー、ジョーには巨乳のお姉ちゃんが黙ってても寄って来るもんね」
「いやそれ関係ねぇから、カズイチ」


 ほぼ毎日一緒にいたのに、それが叶わなくなったのは俺が人を殴って殴って殴り過ぎてとうとう起訴されたからだった。傷害やら殺人未遂やら、なんだか大層な罪状が並んでいたと思う。少年刑務所へ行くのは免れたけれど更生施設へ送られることとなった。


「優志朗先輩、卒業とかですよね。これからどうするんですか」


 透明な板ごしに、話をする。傍にいて体温を感じられないというのはひどくもどかしかった。それだけでも罰のような気がした。全然反省する気はなかったけれど。


「あー、どうしようかね。別にやりたいこともないし、とりあえずふらふらする」
「ジョーは」
「元気だけど、相変わらず性質の悪い感じで女引っ掛けちゃー遊んじゃーって感じだな。病気が心配」


 全く心配していなさそうな口調で言う。そのときで一緒にいて五年ほど経っていたのに、一向に先輩の表情から口調から、真実を拾い上げることはできなかった。好きな相手の真意がわからない。


「……先輩」
「ん?」
「俺がここから出たら、一緒に暮らしてくれますか」
「別にいいけど、お前家事全部しろよ」
「先輩のパンツなら喜んで洗います。手で」
「……あえてパンツ選んでくるあたり、気持ち悪いぞお前」


 優志朗先輩が笑うとそれだけで嬉しくなる。犬だったら激しく尻尾を振りたくっていることだろう。いっそ犬だったら、もっと簡単に傍に置いてもらえたのかもしれない。透明の板に仕切られ、体温を感じられないことにうんざりするようなこともなかっただろう。


「……犬になりたい」
「貝になりたいだろ」
「犬が良いです。先輩に可愛がってもらいたい」
「俺は猫派だ」
「じゃあ猫で」
「統一性のない奴だな」
「先輩に可愛がってもらえればなんでもいいんです」


 そこで先輩は不思議そうに首を傾げた。


「今でも結構可愛いよ、お前。ときどき気持ち悪いけど」
「……本当ですか」
「ああ。顔も態度も結構気に入ってる。でも黒髪似合わないから、ここ出たら染めろよ」
「何色にでもします」
「似合う色、選んでおいてやる」


 選んでもらったのが、この白っぽいアッシュ。青や緑や、気に入った色をその都度入れている。色を変えるたびに優志朗先輩は今でも何かしら感想を言ってくれたりするのだ。

 優志朗先輩はハンバーグを食べ終え、フォークを置いた。


「優志朗先輩、美味しかったですか」
「うまかったよ」
「そうですか」


 うまそうな顔には一切見えなかったのだけれど。お勘定を終えて外に出て、斜め向かいの昔ながらの喫茶店へと足を向けた。静かで、クラシックなどが流れているアンティーク色した店内。あずき色っぽい窓ガラスの傍のソファの席へ座る。


「お前今日ぼーっとしてるね。仕事忙しいの」


 勝手にココアをふたつ頼み、優志朗先輩が興味なさそうに言う。


「そう見えますか」
「なんとなくね」


 昔の事を思い出しているからです、なんて言ったら先輩はどんな顔をするのだろう?
 嫌がるだろうか、それとも思い出話をしてくれるのだろうか。後者は絶対にない。むしろその頃の事を後悔すらしていそうな気がする。そう聞くのは、いくら俺でも嫌だ。


「……ちょっと疲れてるんです」
「嘘つけ。先輩の目をなめんなよ」
「先輩、俺のことわかるんですか」
「さすがに疲れてるかどうかくらいわかるわ」


 ふんと鼻を鳴らす。そうか、髪色以外の事も見てくれているのか。仕事に差しさわりなど出るからだとも思うが、普通に嬉しい。
 優志朗先輩はじっと俺を見て、それから呟くように、言った。


「……そうやって、普通に笑ってりゃ可愛いと思うんだけどな」


 鬼島優志朗という人間はずるい。



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