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佐々木さんとストーカー


ちょっと物騒な感じです注意。
佐々木が怖めです。





 今日のシノちゃんはおかしかった。
 シノちゃんが大好きなショップを渡り歩いて服を見て買って、アイスを食べて、食事をして、観たがっていた映画を観た。それから食材を買ってマンションへ帰ってきたのだが、ずっと表情が冴えず、沈んだままだった。それが緩んだのはマンションのエントランスへ入ってから。後ろを振り返ったり気にしたり、そわそわしていたのも嘘のようになくなった。今は安心しきったようにソファでうとうとしている。

 原因は、聞かなくてもわかる。ずっと誰かがついてきていたからだ。

 俺と待ち合わせ場所で会ってからマンションに入るまで、ずっと。気配丸出しなあたり、シノちゃんの父親関係の誰か、ではないのだろう。もしかしたらシノちゃんの魅力的な肉体に惹かれたそこらの人かもしれない。
 ソファに柔らかく広がる、明るい茶色のボブヘアを撫でる。この子に触っていいのは俺だけ。他の人間には、絶対に触らせない。シノちゃんが許しても俺が許さない。


「そうだよね、シノちゃん」


 いつから俺はこんなに心が狭くなったのだろう。付き合い始めた頃とはまったく違う心持ちに自分が戸惑う。いや、心が狭くなったわけじゃない。本当に好きになれたからだ――ということにしておこう。
 柔らかなガーゼ生地の夏掛けを身体にかけてあげて、俺はキッチンに立った。今日の晩ご飯はシノちゃんが好きなオムライスにする。それから、ごまとレモンのパプリカたっぷりサラダとコーンスープ。これで不安な気持ちが少しでも消えるといい。

 シノちゃんが怖がることはない。だって「ついてくる気配があった」なんてことは明日には「気のせい」になっている。
 何日か続いていたのだろうそれは、気のせい。すぐ忘れてもいい事柄のひとつ。





 あの短いスカートでいつも俺のことを誘っている、かわいい子。
 今日は違う男と歩いていて、やっぱりそういう子なのだと思った。誰とでも簡単に遊ぶような子なんだ。俺が手を出しても、きっと喜ぶ。
 マンションを見上げ、このどこかにいることを確信して笑う。
 明日は平日。きっとここから学校へ行くのだろう。もうどこの生徒なのかも確認済み。電車の中で目が合ったあの日から、ずっと調べているのだから。
 隙だらけだから、いつでもどうにでもできる。あの魅力的な身体を。


「……あんたが、あの子のこと見てたの?」


 暗闇に小さく響いた低い声。
 聞いた瞬間、全身に得体の知れない鳥肌がたった。ただ声を聞いただけ。けれど、なぜか後ろを向くことができない。身体がそれを拒否している。


「どうして、とか、そんなのどうでもいい。きっと勘違いしちゃった、ちょっとあれな奴だと思うから」


 想像はついてるんだよね。大体だけど。
 軽い口調、だんだん近付いてくる声と足音。嫌な汗が背中を伝う。


「俺は、自分の大切なものに近付かれるのも好きじゃない。それが見知らぬ奴ならなおさらだし、怯えさせたらもう、失格。ここまでついてこなければ見逃してあげたんだけどね。せっかくの休日を潰されて不愉快になっちゃったから、そういうわけにはいかなくなった」


 こつ
 こつ

 硬いものが地面を叩く音がする。逃げなければ。そう思うのに、足が動かない。


「危険は徹底排除する。そう先輩に教わって今までやってきたから、あんたにもそうする」


 ようやく首を動かし、後ろを見た。
 闇に浮かぶような白い肌の、人形のような顔。紅い唇の両端が吊り上がる。まるで誰かが暗闇から操っているような人間らしさのない笑みだった。目元が動かないせいだとは、すぐには気付くことがなかった。


「命は取らないから。今はね」


 痛みは感じなかった。ただ強い衝撃と、鋭い光のような感覚を受けただけ。
 倒れ付した地面は熱くて、視界に入ったのはつま先。白い指が剥き出しの普通のサンダルで、あの音はなんだったのかと思う。そして、もう一度振り下ろされて、理解した。
 あの音は――。





「おじちゃん」
「ん? なーに、シノちゃん」
「昨日の夜、シノがお風呂入ってるとき、どっか行ってた?」
「うん。ゴミ捨てにね」
「夜に捨てちゃいけないんじゃないの?」
「うちのマンションは二十四時間いいんだよ」
「そうなんだ」


 そんなやり取りをしながら車で通り過ぎた、マンションの前のごみ置き場。ちらりと見ると昨晩捨てた鉄パイプは既に回収された後だった。


「昨日は、ごめんなさい。おじちゃんとお出かけするの、楽しくなかったわけじゃないんだよ」
「わかってる」


 髪を撫でてあげると、嬉しそうに笑った。やっぱりこういう明るい、不安などない表情が一番かわいい。
 学校の正門の、少し離れた場所に車を停める。


「今日の放課後もお迎えに来てあげようか」
「うんっ」
「そのままどこかにご飯食べに行く?」
「行くー!」
「じゃあ考えておくね。行ってらっしゃい」


 小さな頭を引き寄せ、額に口づける。頬をピンクにしたシノちゃんはにこにこして「いってきます」と元気に出て行った。途中、足を止めてきょろきょろしたものの、気配がないと知ったのか安心したような顔になり、こちらを振り返って手を振る。それに振り返して、門をくぐって敷地内に入るところまで見送った。

 さて、もうひとつのごみのほうはどうしようか。

 トランクに詰め込んだそれをどう処分するか、ハンドルに手をのせ顎をのせて考える。もう二度と誰かをつけ回すことのないようにしてやるか、触れられないようにしてやるか、物色できないようにしてやるか。

 まずは人目につかない場所に行くとしよう。ごみの処分は街中でやるべきではない。周りの迷惑になるし片付けも面倒だ。

 エンジンを掛け、鼻歌混じりにハンドルを握る。
 とりあえず、いつもの山の廃工場でいいか。



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