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佐々木さんと思うこと




 ベッドの上でうつ伏せになり眠っている佐々木の姿を、着替え終えたシノはしばらく眺めていた。
 こうして見ると彫像のような美貌は無垢で純粋そうで、無害そうにさえ見える。顔が整っているというのは得だ。中身がどのようでも隠してくれるのだから。

 シノの父親は東道会という巨大な組織の頭で、シノも幼い頃からそれを構成する人間に囲まれて育ってきた。世間では「やくざ者」と呼ばれる、除け者たちだ。顔が怖かったり乱暴な口を聞いたりするが、シノには父親の関係か、みんな優しかった。そしてその人々が蛇蝎のごとく嫌う人間が、今シノの目の前で眠っている佐々木である。
 佐々木を知る人間はみんな口を揃えてこう言った。


「あいつは、人間じゃない」


 それだけ酷いことをして今まで生きてきているらしい。佐々木自身もときどきシノに対して「俺は悪い人だからねえ」と言うことがある。「悪いことばっかりシノちゃんに教えてしまう存在だからねえ」と。でもそんなに悪いことを教わっているような気もしないのだけれど。

 立っていたシノは、ベッドの脇に座って佐々木の髪をそっと撫でてみた。
 白い髪のあちこちに深緑が入っている。この色が赤になったり青になったりピンクになったり紫になったり、髪が死んでしまうのではないかと思うのだが、手触りは案外しっかりしていた。しかし作りもののような感触であることは確かで、それなりに傷んではいるらしい。
 片方の腕もベッドに乗せ、そこに顎を置いて佐々木の頭を撫でる。手を止めると微かに動いて、擦りつけるようにする。撫でろと言われているような気がして、また動かす。思わずふふと笑ってしまった。可愛らしい。

 寝室の窓を覆うブラインドはどれも遮光性が高いので、外が明るくなっても部屋の中は暗いまま。時計が無ければ何時かもわからない、ずっと夜のような部屋だ。佐々木はときどき、この部屋で一日過ごしているらしい。明るい場所より暗い場所だよね、と言う。シノは明るい場所が好きだから、全く合わない。
 食の好みも、服の好みも、価値観、年齢、体格……照らし合わせても何一つ重なる部分はない。それでもシノが佐々木を好きだと思うのは、意外と繊細で可愛らしいところがある人だからだ。
 シノが好きな佐々木は、とても可愛いのである。





 目を覚ました佐々木の目に、最初に入ったのは伏しているシノだった。ベッドに腕を置き、そこに右頬を押しつけるようにしてすやすや眠っている。一度起きて着替えたけれどまた寝てしまったのだろうか。もちもちの頬がむにゅりと変形している。ぶさいくどころか可愛い。
 自分が掛けていた薄い掛け布団をシノの身体に掛けてやる。
 むぐむぐ口を動かしすうすう息をしている、健やかな子どもであるシノ。大切にたいせつにしたい反面、自分なしではいられないようにしたくなる。甘やかして言うことを聞いて、可愛いかわいいと扱ってあげて、性的なことを教えこんで、自分好みに。

 しかし、自分も変えられている。
 さらさらの髪を撫で、キスをして、ベッドから立ち上がった。

 シノと付き合っているうちに、少しずつ自分が変化しているのを感じる。何がどう、というのは具体的にわからないのだけれど、例えば鬼島のこと。

 鬼島は佐々木の中の一番では有り続けるかもしれないが、今のように生活の中で最優先に時間を使っていくことは少なくなり、やがてなくなりそうな気がする。

 鬼島の傍にいるのは、想いはもちろん手を離されたらどう生きていったらいいのかわからなくなるからだった。
 生まれて初めて、手を取ってくれた人。
 鬼島も、そういう部分をわかっているから傍に置く。佐々木がひとりで暴走しないように。

 前は鬼島がいなくなるのが怖かった。でも、もし今、鬼島が手を離しても、もう片方の手がシノと繋がっている。
 鬼島が受け入れてくれたように、シノも自分を受け入れてくれる。だからきっと大丈夫。シノは優しくてしなやかで、甘やかしているつもりが甘やかされていることも多い。


 身支度を整え、着替えてからキッチンで牛乳を温める。シノが好きなココアを淹れてやるつもりだ。ココアの粉、ブランデーを少し、生クリームを少し。弱火でじっくりやっているうちに、寝室からシノが出てきた。目を擦りながらキッチンへ来て、佐々木の脇腹に抱きついてくる。


「おはよう、シノちゃん」
「んー。おはよう、おじちゃん」


 ごろごろ、猫ならば喉を鳴らしていただろう。そんな様子でシノは佐々木の傍を離れない。くっつけたままで食器棚の前に立ち、シノに声を掛ける。


「どれがいい? 今日のカップ」
「んー、おっきい黒いのがいいな」
「これね」
「おじちゃんのは、それ。黄色いの」
「これ?」
「そう」


 黒くて大きなカップと、丸いフォルムにパステルカラーの黄色がきれいなカップ。
 片方にはココア、片方には炭酸水。カウンターに置いてシノを連れて反対側へ。背の高い椅子に抱きあげて座らせてやると驚いたような目をして、それから笑った。

 熱いココアを冷ましながら、美味しそうに飲む。それを見ながら水を口に含んだ。


「おじちゃん、良く寝てたね」
「シノちゃんもね。頬にあとついてる」
「そう? どこ?」


 カップを置き、両手を頬に添えて佐々木を見上げてきた。
 丸くてふわふわの頬。佐々木が指を這わせると、そのへん? と言ったので、そっと口づける。甘くて特徴的な味がした。


「嘘だよ」
「……ずるい」


 顔を真っ赤にして睨むような目をする。笑いながら、まだ何か言いたそうな柔らかな唇をもう一度塞ぐと、ぱくぱくと動かしてきた。


「じっとしてよ」
「やだ」
「キスしたくない?」
「……したい」


 シノの手が、佐々木の手を取った。
 シノの目に映る自分は妙に表情豊かで、常に幸せそうな顔をしている。幸せなどと言う平凡そうな、その辺に転がっているのに自分の手元に来ないと思っていた物が自分のところに来るとは思ってもみなかった。

 何度かキスをしていたら、シノが笑った。


「何?」
「おじちゃんは、可愛いよね」
「そうかな」
「うん。あまえんぼ」


 シノの柔らかな手に撫でられると、なんとも言えない気分になる。否定できなさそうだ。
 この優しい目の子どもと一緒にいると、知らない気持ちがどんどん湧き出してくる。それをひとつずつ拾い上げて名前をつけたり収めたり、なかなか大変だけれど、生きているのが少しずつ楽しくなってきたような気がする。


「シノちゃん、今日はどこ行こうか」
「牧場」
「……牧場?」
「うんっ」


 どういうこと、なんで、と尋ねながら佐々木は、傍らにある携帯電話の電源を切った。



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