お友だち(偽) | ナノ

佐々木さんと恋人の父


虎谷 上弦(とらたに じょうげん)


『佐々木さんの恋人』と関連したお話。
虎谷は『お友だち(偽)』にもちょこっと出てきています。





 平日は毎日一緒に昼食を摂る鬼島が今日は不在。そのため時間に気を配る必要がなく、なんとなく書類に没頭していたら昼をかなり過ぎていた。二時では、ランチタイムも終わってしまう時間だ。佐々木は食べるか食べまいか悩み、とりあえず会社を出ようとふらり、席を立つ。

 エレベータで一階へ下り、そのまま普段の癖で鬼島の作業室に足を運んでしまった。ドアノブへ手を掛けて、ああ今日はいなかった、と改めて思い出す。踵を返し、玄関から外に出た。

 春とは思えないほど強い陽射し。歩いているスーツ姿の人々は手を顔の上に翳したり上着を脱いでいたりする。佐々木は何かを考えるように軽く首を傾げたが、やがて足を踏み出した。
 オフィス街で佐々木は目立つ。髪色、顔立ち、服装、どれをとっても浮いている。そのためか大通りを歩いていると振り返る人間はたくさんいる。見られ慣れている佐々木は脇目も振らず、どんどん進む。
 まっすぐ、交差点を左へ、横断歩道を渡り、またまっすぐ、踏切を越えて右へ曲がって左へ曲がって。細い路地を抜けるとマンションが立ち並ぶ住宅街。美容院、スーパー、文房具屋、小学校の前を通り過ぎ、また路地。
 そうして辿りついた緑に囲まれた神社の隣、人気のない公園へ入り込んで足を止め、ベンチへ座った。


「ねえ、誰。心当たりはたくさんあるんだけど、追いかけてくるなんて不気味すぎだから」


 振り返ることなく、独り言のように言う。目の前にはシーソーやブランコ、定番の遊具が並ぶ。
 やがて隣に人が座った。
 気配は後ろにあるとわかっていたけれど、隣に動いてくるものは感じなかったので少々驚いた。が、その横顔を見てなるほど納得。この人ならば気配がないのは頷ける。


「追いかけまわして悪かったね。昼ご飯はいいのかな」
「ええ、いりません」
「そう。じゃあここでこのまま話をすることにするね」


 和服を乱れなく着つけた相手は、顔に笑みを貼りつけて佐々木を見る。一見穏やかそうな顔つきの男前。しかしその目は冷徹に佐々木を上から下まで観察している。


「初めまして佐々木くん。虎谷忍の父親の、虎谷上弦です」


 広域指定暴力団、東道会。随一の傘下団体数をほこり、その行動範囲はすさまじく広く、構成員数もとんでもない数。中には外国人もいるらしい。それらを束ね、末端に至るまで行き届いた指示を飛ばしていると言われるのが国家からも一級監視対象指定に置かれている総長・虎谷上弦。アジアを中心にした黒社会の人間などとも親交がある人物である。
 佐々木の身の回りで言えば、鬼島と有澤が属している。そのため馴染みはあるが、一応堅気の世界に身を置いている佐々木は総長と直接対面したことはなかった。
 シノの父親であることは承知していたけれど、まさかこうして自分から会いに来るとは。


「佐々木一々です」
「いつも忍がお世話になってます」
「いえ、こちらこそ、ご子息を連れ回して外泊させてすみません」
「謝罪は心があってこそだよ」


 にこにこしたまま言う。その低い声は重く、強い。見た目は佐々木などと同じ年かそれよりも少し若いくらいに見えるが、三十代の息子がいるというから少なくとも五十前後であるはず。その年齢から考えれば、声の印象も頷けた。


「虎谷さん、いえ、お父さんとでも呼びましょうか」
「死んだって呼ばれたくないね。君みたいな男を息子にするのは嫌だ」
「そうですか。では虎谷さん、何の御用でしょうか。わざわざ会社から出て来るまで待って散々つけてきて、挨拶だけしに来たわけではないでしょう」
「当然だ。しかし用事は簡単だよ。忍と別れてくれないかな、というお決まりの話をしに来ただけ」
「嫌です」
「そうか。言うと思った」


 ふふ、と笑う虎谷。もし忍の父親でなければ口説きたいくらいだと佐々木は思った。意志が強く腹が黒くしたたかな男は嫌いではない。それに顔も男の理想形のような整い方。悪くない。


「佐々木くんは、優志朗がいいって聞いたけど。なんで忍と付き合うの」
「シノちゃんが好きだからですよ」
「本当は?」
「本当に」
「百歩譲って信じたとして、恋人がいっつも優志朗優先でないがしろにされているのを見るのは心が痛むなぁ。父親として」
「……別れろ、というのはそれが理由ですか」
「それも理由だよ」
「それ、も、理由」
「君の経歴を考えてみたらどうかな。可愛い子どもが君みたいな男と付き合うことに賛成する親がいると思う?」
「いませんね」


 過去まで調べ上げ、何もかもが気に入らないのだと言っているようだ。そう言われてしまうと返す言葉が見つからない佐々木に虎谷は続ける。


「忍は君も知っている通り、君と出会うまで今までろくに外に出たことが無かった。上の息子たちはどれも俺似で危険に対処する力があったから何でもさせていたけれど、あの子は――母親に似て、優しくてね。そうじゃなかったから家で育てていたんだ。それなりの年齢になったら出すつもりでいたけれど、予定よりずっと早く、君が来て外に興味を持ってしまった。
 二年近く君と忍を放し飼いにして監視させてもらったよ。でもね、君はあの子にとって有害でしかないと思うんだ。忍が可愛いと思うんだったら別れてほしい」
「……俺は俺なりにシノちゃんを大事に思ってますし、大切にしていますよ」
「別れる気はないんだね」
「ありません。申し訳ありませんが」
「そう言うならもっとわかりやすく大事にしてもらわないと困るな」
「シノちゃんと話し合います」

「……総長、お時間です」


 またも気配無く後ろに立っていた男が声を掛けてきた。頷いて虎谷が立ち上がる。


「また会いに来るね」
「ええ。お気を付けて」


 虎谷が去っていく。見送ること無く、佐々木も立ち上がって公園を出た。
 自分が父親だったら確かに、自分のような人間と子どもを付き合わせたいとは思わないかもしれない。友だちと紹介されても考えた方が良い、と説得に入るレベルだ。
 もしもシノに「別れてくれ」と言われたらどうだろう。佐々木は想像してみて、なんともいえない苦い気持ちになった。相当嫌なようだ、と、感想だけは他人事のように離れた場所から持つ。
 パンツのポケットからスマートフォンを取り出し、むにむに弄って耳に当てる。
 この時間だからもう出られるはずだ。


「もしもし、おじちゃん?」


 華やいだ声。耳に心地の良い恋人の声だ。
 どんなに有害だと言われても、離れろと言われても、ちょっと手放せそうにない。とても効く魔法の薬のように、佐々木のささくれた心を穏やかにする優しいクリーム。


「シノちゃん、授業は?」
「もう自習だよー」
「……本当に自由だね。お坊ちゃま学校は」
「ちゃんと勉強してるもん! ほらぁ!」
「いや、残念だけど見えないから」


 あっ、そっか。そう言ってふふふと笑う。虎谷と似たような笑い方なのにちっとも嫌じゃない。
 来た道を戻りながら佐々木はシノに尋ねられ、今日の仕事が終わる時間を告げた。会う約束はしていないけれど、また電話をしたいのかもしれない。


「ねー、おじちゃん」
「ん?」
「なんかあったでしょー」
「わかる?」
「うん。いつもと違うよ」
「そっか」
「どうしたの、って聞いても教えてくれないからー、大丈夫だよ、って言っておくね」
「無責任だね」
「シノしか言えないでしょ、そういうこと」


 シノは子どもだ。
 でも、どんどん成長している。心も、身体も、懐も。寄りかかられていたはずがいつの間にか寄りかかるようになっていた。重たくないのか、尋ねてもシノは笑って首を横に振るだけ。


「シノちゃん」
「なーに?」
「好きだよ」
「うん。シノも好きー!」


 どうやったら手放せるのだろう。
 むしろ教えてもらいたい。そんなに俺が有害だと言うのなら、この毒がシノちゃんに回る前に。



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