お友だち(偽) | ナノ

25 幕間


 なんだか久しぶりに晴れた気がした今日。
 長い雨が続いていて、今朝起きて快晴の空を見たときには嬉しくなった。鬼島さんの家で寝起きする休日にも慣れたけれど、目が覚めてすでにもう姿が無いことにはまだ慣れない。少し寂しい。

 でも、大丈夫だ。
 鬼島さんの家に来るようになってから、たくさんの人とお話をするようになったから。


 例えば、鬼島さんのお家にいるお兄さんたち。鬼島さんのお家の門をくぐるとすぐに小さな家があり、そこにいつも入れ代わりで三人から四人くらいのお兄さんたちがいる。普段、鬼島さんの家の周りや庭、門、玄関を掃除したり、鬼島さんの代わりに用を果たしたりしているとか。
 話してみると気さくな人ばかりで、お昼ご飯のあとに庭を掃除しながらお話をした。


「鬼島さん、お話ししたりするんですか」
「しますよ。でも社長はあまりたくさん話す方ではないので、必要最低限のことしか言いません」
「……そうなんですか」
「ええ。社長は、ナツさんとはたくさんお話しになると思いますが、仕事の面ではあまり多くを話さないのですよ」


 さかさか、落ち葉を掃きながら考える。
 鬼島さんはたくさんのことを話してくれるし、いろいろな顔を見せてくれる。談さんともよく話している。でも確かに、お兄さんたちと多くの言葉を交わしているところを見たことが無かった。会社でもそうなのかな。


「ナツさん。たくさん落ち葉が集まりましたね」
「あ、談さん」
「乾かして、焼き芋でもしましょうか」
「やきいも!」


 甘くてきれいな黄色を思い浮かべるだけでよだれが出そうになる。談さんはおれの横に立って頭を撫でた。と思ったら、髪についていた松の葉をとってくれた。甘い笑顔にはどきどきもするし、安心もする。小さな声でお礼を言うと、「いいえ」と優しい声が答えた。


「談さん、俺たちは失礼しますね」
「うん」


 お兄さんたちがお部屋に帰って行く。談さんとおれは縁側に座って、青空の下でぽかぽか日光を浴びた。集めた葉っぱは半分を新聞に包んで乾燥中、半分は袋に入れたまま。


「今日も鬼島さんは忙しいんでしょうか」
「そのようですね」
「……心配です」
「大丈夫ですよ」


 談さんの「大丈夫」には力があって、おれを宥めてくれる。
 頷いて、縁側にごろりと横になった。日光と、いい匂いのする縁側と、談さんの隣。居心地がとてもいい。うとうとしていたら、顔のところに影が差す。


「おやおや、これは大きいねこさんですね。撫でてもいいでしょうか」


 いかにも艶のある低い声に身体が飛び起きる。
 今日も黒髪を撫でつけ、黒い長袖シャツに黒いスラックス姿で立っていた男前の男性。普通にしているとやや鋭さのある目元を和ませて、おれを見下ろしていた。


「こんにちは……北山さん」
「こんにちは、ナツさん」
「ナツ」


 遅れてぴょこぴょことやってきたのは満和だった。家で着ている和服姿、手に持っている箱を差し出してきた。


「満和、これなぁに」
「北山さんの恋人さんから送られてきたお菓子。たくさんあったから一緒に食べようと思って」
「お茶、お入れしますのでどうぞ」


 談さんは、焼き芋はまた明日ですね、と笑って台所へ。おれは満和と北山さんに座布団を出して座ってもらい、開けられた箱に整然と並ぶ可愛らしい包のお菓子に目を輝かせた。ひとつひとつが手のひらサイズでとても美味しそうだ。こういうお菓子を送ってきてくれる恋人さんは、一体どんな人なんだろう。
 顔を上げ、満和の上着を丁寧に畳んでいる北山さんを見てみる。


「あのう、北山さんの恋人さんって、どんな人なんですか」
「気になりますか」


 深い響きを持つ声に尋ねられると、なんだかどきどき。こくりと頷くと、そうですね、としばらく黙った後、答えてくれた。


「少し、満和さんに似ています。小柄で、可愛らしくて、優しくて……よく笑う、素敵な人ですよ」
「北山さん、恋人さんのことが大好きなんですね」


 満和が言うと、ええ、と頷いた。


「世界で一番、大切に思っています」
「そうですか……いつか、会ってみたいです」
「ぜひ」


 満和の言葉に微笑む北山さん。満和に似ている、という恋人さんを思い浮かべても満和になってしまって上手にできなかった。恋人さんに似ているから、満和のお世話をしているのだろうか、なんて考えてみる。


「お茶ですよー」


 満和、北山さんに出してからおれと自分のところへ置く。座った談さんを、北山さんはじっと見つめた。


「……なんか、談、雰囲気変わったな」
「そうでしょうか」
「ああ。幸せそうだ」


 まあまあです、と答えて苦笑いする談さん。満和に目を移す。お菓子の包みを開けてしげしげ眺めている満和を見て、


「満和さんも、今日はとても体調がよさそうですね」


 と言った。
 きなこたっぷりのおもちのようなお菓子を食べたばかりだった満和はゆっくりもぐもぐして、飲みこんでから頷く。


「はい。今日は元気です。散歩にも行きました」
「そうですか。お天気が良いですもんね」


 まったり、という言葉がよく似合うお茶の時間。北山さんから若いときの鬼島さんと有澤さんの話を聞いたり、談さんから鬼島さんと有澤さんのことを聞いたり、おれと満和が知らない二人の一面をたくさん聞くことができて面白かった。

 夕方になって戻って来た、鬼島さんと有澤さん。前もって連絡をしていたのか、二人一緒にやってきた。のんびりお茶を飲む北山さんを見て嫌な顔をする。


「……何か余計なこと、話したりしてませんよね、北山さん」
「さあな。何か話されたくないことでもあるのか」


 鬼島さんはぎりぎりしながら、談さんが譲ったおれの隣へ座り、北山さんが立ち上がったので入れ代わって有澤さんが座った。


「高牧くん、今日はいい一日だったみたいだな」
「なんでわかるんですか」
「顔色がいい」


 有澤さんに撫でられて心なしか嬉しそうな満和が可愛いと思った。それを見ていたら横から視線。ちらりと見ると鬼島さんが「鬼島さんも撫でてあげようか」と言ってくる。なんだか恥ずかしかったので丁重にお断りをした。


「ナツくん、ご飯何がいい?」
「お茶をたくさん飲んだのでお腹がたぷたぷです」
「どれどれー」


 わざわざシャツの下に手を潜り込ませてさわさわされ、ぴゃ、と驚くと有澤さんに笑われてしまった。恥ずかしい。


「高牧くんは? なにか食べたいもの」
「……特には」
「そうか」


 どうやら四人で一緒に食べるつもりのようだ。あれやこれやと話をしているうちにいつの間にか談さんと北山さんの姿はなくなっていて、話が終わる頃にいつの間にか現れていた。


「談、このまえ行った店に個室予約入れといて」
「はい」
「北山、車」
「わかりました」


 休みの日でも、人とたくさん話す一日。知らないことを聞けたり、明日の楽しみが出来たり、毎日とっても楽しく過ごすことができている。



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