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有澤とナツと昔のお写真


 鬼島さんの家の庭でぼんやりしていたら、珍しく木戸を押し開けて有澤さんが入ってきた。いつもは正面からしか入ってこないのに。しかもラフな私服姿で、スーツのときよりもずっと若く見える。
 おれを見て、眦を下げた。


「おはようございます、ナツさん」
「おはようございます。今日はいつもと違いますね」
「休みですので」


 近くまで来て立ち止まる。それからきょろきょろ。


「あの、鬼島さんは?」
「今、お客さんが来てます。なんか……中国服で黒髪で色が白くて杖を持った、優しそうな人」
「……ああ、わかりました」
「鬼島さんが会うなって言うので、ここに」
「会わないほうがいいでしょうね。なにされるかわかりませんから」


 こんなやりとりをすると、ああそういう世界で生きている人なのだな、と思う。有澤さんも鬼島さんも、談さんも優しそうな普通の人に見えるのに。
 ……いや、確かにスーツ姿の有澤さんは確実にその筋の人だし、鬼島さんはもう雰囲気も目つきも違うし、談さんはホストっぽい。佐々木さんは只者じゃない雰囲気出しすぎ、か。
 全然普通の人ではなかった。


「有澤さん、どうしたんですか」
「実家を掃除していたらこんなものが出てきたので、鬼島さんと佐々木に見せようかと思って」


 小脇に挟んでいたのを掲げる。白いアルバムだった。


「見ます?」


 見ないわけがない。


「……鬼島さん、って、この年からもう鬼島さんなんですね……」
「明らかに普通の人じゃないですよね。こんな子どもがいたら俺は嫌です」


 縁側に座った有澤さんとおれの間に、アルバム。開いた早々、鬼島さんと有澤さんと佐々木さんの写真があった。古びた写真だ。全員学ランを着ているので中学か高校か、三人とも体格が良すぎてよくわからない。
 たずねると、鬼島さんは高校生で佐々木さんと有澤さんは中学生だった時代の写真なのだそうだ。完成されすぎな中学生。


「……鬼島さんって、どんな人だったんですか、むかし」


 写真の鬼島さんは今よりもっと目つきが鋭い。髪が短く、表情もない。もしこの時代の鬼島さんが目の前に現れたら絶対泣く。カツアゲされたら埃まで全部出すと思う。


「どんな人……うーん、言ったら怒られそうなので」
「……じゃあ、佐々木さんは?」
「佐々木、ですか。ええと……今よりずっと、問題がありましたね。大人になって落ち着いたと思いますよ。恋人ができたことも関係しているのかもしれませんが」
「……有澤さんは?」
「自分は、同じですよ。全然変わらないです」


 苦笑する。昔からこんなに落ち着いた人だったのだろうか。今度鬼島さんに聞いてみよう。
 写真は色々な場所で撮られていた。昼夜関わらず、学校、川べり、山、海、神社、お祭り。一枚だけずいぶん自然豊かな雰囲気で祭り感満載だった。これは、とたずねると、有澤さんのふるさとだと言う。


「自分は、もっと山奥の田舎出身なんですよ。時間が流れているようないないような雰囲気の、のんびりしたところです。山神信仰が盛んで、夏の祭りはとてもにぎやかで」
「……行ってみたいです、そういう場所」
「ナツさんさえよろしければいつだってご案内します……いや、ナツさんと鬼島さんさえよければ、ですね」


 穏やかに笑う有澤さん。こういう格好をしていると、頼りがいのありそうなお兄さんという感じだ。鬼島さんよりずっと年下に見える。スーツ姿のときは年上に見えるくらいなのに。服装とは不思議だ。


「有澤さんはどうして……その、極道やさんになったんです、か……って、聞いてもいいんですか」
「はは、構いませんよ。そうですね、鬼島さんと佐々木の影響はもちろんなんですけど、ある人との出会いでしょうか」


 そう言って、優しい目でおれを見る。引きあがった目元、凛々しい顔つき。野球部などにいそうである。


「出会い……?」
「言ってしまえば、自分も鬼島さんも佐々木も、クズでしたからね。あのまま生きていたら、早晩誰かに殺されていたと思います。今は真っ当になったとは言いませんけど、少なくとも誰かを直接傷つけることはしなくなりました」
「……そうなんですね」


 有澤さんが持ってきたアルバムはどれも、学生時代の写真だけだった。後半は剥ぎ取られている。誰か他の人の写真でもあったのだろうか。
 写真をさらに覗き込んだら、有澤さんと額がぶつかった。すぐ傍に凛々しい顔がある。


「……すみません」
「……ナツさんのそういうところが、きっと鬼島さんが好きなところなんでしょうね。素直で、たいへん愛らしいです」


 赤くなってしまった頬へ手のひらが滑る。顔の近さは変わらないまま、有澤さんが微笑う。


「あーりん、何してるのかな? ナツくんのほっぺたに誰が触っていいって?」


 有澤さんの頭に指が生えた。嘘、生えていない。
 鬼島さんが掴んでいるのだ。笑顔で。


「ねえあーりん、何しようとしてたの。ちょっと出来心でキスとかしようとしてた?」
「してませんよ」
「ふーん? その割にはいい雰囲気出してたけどね」
「出してませんよ。鬼島さんの見間違いでは?」


 あっそ、と手を離す鬼島さん。
 上から覗き込み、アルバムを目にして眼鏡の奥の目を細める。


「あらら、ずいぶん懐かしいものみてるじゃない。どう、ナツくん。若い鬼島さん。出会ってたら惚れちゃう?」
「……あの、こういう鬼島さんもいいですけど、今の鬼島さんのほうがいいかなーって……」
「え、そうなの。なんか照れちゃう」


 鬼島さんが前向きな人でよかった。


「あのう、この写真、一枚もらってもいいですか」
「いいですよ。どうぞ」


 若い鬼島さんと佐々木さんと有澤さんの写真を一枚剥がす。
 三人、煙草片手に並んでどこか遠くを見ている写真だ。なんとなく好きだと思った。


「その代わり、今度ナツさんと高牧くんの写真をくださいね。制服姿と私服姿希望です」


 有澤さんの目を、初めて怖いと思った。





「……非常に愛らしいですね、ナツさんも高牧くんも」
「あーりん、目がやばい」
「制服姿って写真で見るとまた、なんていうか、違いますよね」
「あーりん、呼吸がやばい」
「自分といるときと違う雰囲気の高牧くんに、興奮します」
「あーりん落ち着いて。本人が目の前にいるってこと忘れないで」

「……有澤さん、いい人なんだよ?」
「うん、知ってる、だから大丈夫。泣かないで満和」



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