お友だち(偽) | ナノ

無題の関係 7−3


 つい先ほど、期待していて、と言ったのに急に。談は穴が開きそうな勢いで鶴を見つめる。気持ち悪い鶴を。


「名前がつけられない、談くんとの、宙ぶらぶらな関係に疲れちゃったから……」


 なるほど。やめたい、と言うならばそれでもいい。談のなんでもない蓬莱は、他に誰かを探すのもいい。蓬莱が幸せならば、と、思う。談の本心だ。

 けれど次に蓬莱が口にしたのは。


「談くんとの関係に、名前が欲しいんだ……幼馴染み、じゃなくて、えっちな友だち、じゃなくて、可愛い年下、も、違う……」


 自分で可愛いと言ってしまうのもすごい、と談はなんとなく思ったけれど、真剣な顔のまま、蓬莱が言い淀んでいるらしい続きを待った。
 間を置いて、震えた声が聞こえた。


「談くんと、恋人関係に、なりたいです」


 今まで名前がつけられない関係だった。幼なじみと言うには親密で、セックスフレンドというのもまた違う。友人でもなければ、恋人でもない。誰が邪魔をしているわけでもない関係を続けたのは、談も蓬莱も、何も口に出さなかったからだ。
 無題の関係に名前をつけるならば、その名前がいい。というよりも、それ以外の名前など考えたこともない。
 談は笑った。ようやく、という思いはきっと、蓬莱も同じだろう。


「……談くん、あの、お返事……は?」


 返事は、と言われても、どう伝えたらいいのか。とりあえず電話でもかけたらいいのかと、傍らに投げ出された携帯電話を手に取る。


「談くん? あれ? もしかして聞いてくれてない? えっ、終わったと思って鶴しまっちゃったのかな……間、空けすぎちゃったのかな……だんくーん? もしもーし!」


 まだ電話をかけてもいない。
 談は鶴を凝視する。


「……ほうらい?」
「あっ、聞いててくれた?」
「何これ、どうなってんの」
「あの、俺のところからは生声なの。トランシーバー的な感じ、かな。皆さんの声は録音だよ!」
「双方向かよ……」
「うん。だからね? あの……さっきのやつも、聞こえたよ」
「さっきのやつ?」
「……俺のこと、いい男、って言ってくれた……よね?」
「ああ。いつも言ってるだろ」
「えへへ、嬉しい」
「くっそ……」
「談くん、泣かないで」
「泣いてねーよびっくりしてんだよ」
「あっ、ごめんなさい」
「……お前なぁ……」


 思わず深い深い溜息。談は思わず、呆れ顔で鶴を見る。蓬莱に見えるはずもないのに。


「さっきまで結構感動してたのに……決まらない男だな」
「得点力に欠ける系男子でごめんなさい……」
「しかたねーな……そういうとこも、好きだから」
「……えっ?」


 蓬莱の顔が浮かぶようだ。
 談は鶴に向かって、言う。いや、言うつもりもなく、口から自然に滑り出た。


「ちょっと抜けてて不器用で、優しくて優柔不断なわんこちゃんで、ドライブが好きでよく食べよく寝てよく動く。いつもオレのことばっかり考えてて、演技もできて愛されてて仕事熱心で、って、お前のほとんど全部、愛してるよ。てか、蓬莱みたいな男、愛さないなんて無理だから」
「談くん……」


 うるうる声の蓬莱。何度も何度も談の名前を呼んで来て、それに嗚咽が混じり始めた。


「だんぐん……っ……」
「ん?」
「すきだよ……談くん、ずーっとずーっと前から、談くんだけが好きで、それで」
「ありがとな」
「初恋だったんだよ……だんぐん……」
「……どうせすぐ近くにいるんだろ。隠れてないで来いよ。ぎゅってして撫でてやるから」
「談くんの彼氏力には勝てないよぉぉぉ! 抱いて!」
「いいぞー」


 濁点まみれで泣く蓬莱が、すぐにやってきた。談が玄関を開けるなり、涙でぐちゃぐちゃになった顔を押しつけるようにして抱きついてきて、その大きな身体を受けとめるのに華奢な方である談は二、三歩よろめいた。
 本当に俳優かと思うような顔で、でも可愛くて、いさぎよく感情を表せるところも素敵に思えるから不思議だった。

 誘導したベッドの上、談は蓬莱に後ろから抱き締められながら、蓬莱が泣きやむのを待った。何時間も、なんだか幸せな気持ちのままで。


「お誕生日おめでとう、だんくん」
「ありがと」
「生まれて来てくれて本当にありがとうぉぉぉぉ」
「どういたしまして」


 手をやって頭を撫でてやると、もふもふした手触りが心地良かった。泣きやんではまたじんわりとくるらしく、一向に落ち着かない。


「落ち着いたか」
「うっ……感動が、また」
「あんまり泣くと目が腫れるからもう泣くな。ほらほらちゅーしてやるから」
「ヴぅ……だんぐん優しい……」
「あ、逆効果だったか」
「だんぐん」
「……そういえばお前、撮影どうした?」
「監督が怪我したから一時中断……」
「……監督って怪我するのか」
「たまに」


 談は蓬莱に、冷たいタオルと温かいタオルとを交互に渡してやった。そうすれば腫れが早く引くと、非合法ホストクラブで働いていたときに学んだのだ。タオルは万能である。
 ベッドにぐったりと横になってタオルを目に乗せた蓬莱は、それでも談の手を握ったまま離そうとしない。談はベッドに腰掛け、その手を振りほどくこともなく、そうしている。


「談くんが恋人かー」


 嬉しそうに笑う口元。面白くてキスをすると、もう片方の手のひらに柔らかく後頭部を押さえられた。


「……談くん、髪さらさら。いい匂い」
「風呂入ったからな」
「珍しくズボンも穿いてる」
「寒いから」


 唇をほんの少し離して、その隙間で会話をして、また口づける。甘ったるい恋人のようなやりとりだ、と思って、ああ恋人になったんだった、と、談は微笑んだ。



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